第1話『偽りの学校生活-1』
「全てが嘘だったのか――」
建物が崩壊し、太陽が消え、灰と化した世界で少年は頭を抱えてもがき苦しむ。
「何もかも――」
偽りの日常を思い出す。
「この世界は――――偽りだった――」
「――きろ!」
暗闇の中で誰かの呼ぶ声がする。
「――い!」
いったい誰が呼んでいるんだ……?
「おい! 起きろ、蒼霧条!」
名前を呼ばれて反応し、飛び上がったように起き上がる。
「おい、蒼霧、中学二年に進級して最初の授業で居眠りとはいい度胸だな。この問題、解いてみろ」
俺、蒼霧条は席を立ちあがり、黒板の前で四十は確実に過ぎている眼鏡をかけた先生から一切の汚れのない新品の白いチョークを渡され、問題の書かれた黒板の前に立つ。数式の書かれた黒板、教科は数学か。
「この問題は――」
すらすらとチョークを走らせ、答えを書く。先生も生徒もこの教室にいた者全てが驚愕に満ちた顔でこちらを見ていた。
「――こうですよね、先生」
「…………」
先生は絶句し、数秒間、教室の中で誰も話す者はいない。そして、その沈黙の中で先生が声を出す。
「……全く、違うぞ。蒼霧」
先生はメガネを右手で上げて輝かせる。
「…………」
逆に今度はクダリが絶句する。
俺は確かに思いついた答えを書いた。この範囲の問題は寝ていたからわからなかったので、勘で書いたが。当然、わからない答えを書くなど不可能だといいうことは重々承知の上だ。だが、確率はゼロパーセントではない。いや、ゼロパーセント、なのかもしれない。うん、ゼロパーセントだな。
「ぶっ、あはははは!」
あまりにかけ離れた答えに教室中が笑いに溢れた。
「……蒼霧、後で職員室に来い」
先生が眼鏡を輝かせてドアの方を親指で差す。
そして、昼休みになり、職員室に行ってひどく怒られて帰ってきた俺は自分の席で寝ていた。
「あ、クダリ、また怒られて帰ってきたの?」
苗字の蒼霧ではなく名前の条の方で呼ぶ者など俺は二人しか知らない。
「アイリ、か」
その一人は、朱空愛莉、俺の幼馴染でクラスメイトだ。
「まあ、仕方ないよね。授業を聞いていたならともかく、全く聞かずにずっと寝ていたんだから」
「クダリ、聞いたぜっ! またやらかしたんだってな!」
そして、金髪のいかにもチャラそうな見た目をした男がクダリのことを名前で呼ぶ。彼がそのもう一人、黄坂輝斗が教室のドアを開けてクラス中に聞こえる声で言う。
「なんだよ、コウト。お前、隣のクラスだろ、なんでこっちまでわざわざ来たんだよ」
クダリの席まで高速で駆けつけてきたコウトは嬉しそうに言う。
いつもと変わらず騒がしいやつだ。
「ああ、そうだ。お前、知ってるか? 今日の昼休みに転校生が来るらしいぜ」
「昼休み? それはまた珍しいな」
普通は朝の時間に来てそこから授業に参加するものだと思うのだが、昼休みとは中途半端な時間だな。
「でさ、その転校生がすげー美人らしいんだよ! ああ……俺のクラスに来てくれないかなあ……」
「ふーん……」
俺はそんなの話をされても全く興味がわかなかった。そんな美人が集まってしまったら他のクラスのやつらがこのクラスに押し寄せてきてうるさくなるだけだ。
チャイムの音がそんなコウトの熱弁を止める。
「お、もう時間か。じゃあ、俺は自分のクラスに転校生が来ることを願ってるよ! じゃあな!」
ようやく嵐が去ったと思い、クダリは安堵のため息を漏らす。
コウトが教室を出たと同時に、俺たちの担任、先ほど俺を職員室に呼び出した眼鏡の教師と転校生を連れて教室に入る。転校生を認識した途端、教室が騒がしくなる。
「よーし、みんないるな? えー、実は、このクラスに転校生が来ることになった。じゃあ、後は転校生に挨拶してもらうから静かに聞くように!」
転校生が教卓に立つ。教室中が静まり返る。
髪は柔らかな桃色で腰まで乱れずまっすぐ伸ばされ、白い羽飾りを身に着けている。
「カイナです、よろしく」
呆気ない自己紹介にみんなは言葉を失っている。
「えっと、カイナさん。自己紹介はそれで終わり……ですか?」
あのいつも厳しく、堂々とした先生もなぜか敬語を使うほど動揺している。
「……? はい」
疑問の後に発した二文字の返答に先生は珍しくあたふたしている、みんなもそれを笑うほどの余裕が残っていない。たかが、ちょっと喋らなかったくらいでああまでなるものか。よほど理想と違ったのだろう。
「え、じゃ、じゃあ、カイナさんの席は蒼霧の横だ、です」
もはや、「だ」と「です」の区別がつけられていない。
そして、教室の左後ろという隅の席の右横と言われて驚く。横の席が空席だったから落ち着けたのに残念だ。俺は美人の転校生が隣でも全く嬉しいとは感じなかった。
転校生は自分の席の前に立っても座らず、クダリの方を冷徹な目で凝視している。
「ど、どうしたんだ、蒼霧の方をみ、見て。何か問題でもありったか?」
「ありましたか」と「あったか」が混ざっているということはこの際無視しておいて、なぜ、俺の方を見ていたのかは気になる。
「いえ、何でもありません」
「そ、そうか。じゃあ、俺は別のクラスで授業があるから、みんなも次の授業の準備をしておいてくれ」
先生が去った後も沈黙は続く。誰も席を立とうとする者はいない。
「おい、聞いたぞ、クダリ! まさか、転校生がお前のクラスだったなんてな!」
この沈黙の空気を破るのは相変わらず騒がしいコウトだ。
「で、転校生って誰だ?」
クダリは右手の親指で隣の席を指す。
「あ、君が転校生? 俺は黄坂輝斗、気軽にコウトって呼んでくれて構わないぜ! それより、聞きたいことあるんだけど聞いてもいいかな?」
一人騒がしく話すコウトに群がるようにクラスメイトが転校生を囲む。唯一、転校生の方に行かなかったのはクダリとアイリだ。隣の席に生徒が集まっているせいか、妙に人口密度が高い。
「転校生、人気だね」
「騒がしくなるだけだけどな」
「そうやって冷たくしてるから友達が私とコウトぐらいしかできないんだよ?」
「……余計なお世話だ」