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トワイライト 第三版  作者: 早瀬 薫
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第八話 13

 僕は親父さんに了解を取って、午後五時を過ぎても工房に残って仕事をしていた。今日仕上がる予定の女性物の指輪が仕上がっていなかったからである。大体の形は夕方までには出来ていたので、後は磨くだけだった。普段使いできる物をと思い、丸みを帯びた凹凸のないシンプルな形にしていた。しかし、遊び心も欲しいと思い、中央に埋め込む小さなダイヤモンドは、真ん中の石だけを少し大きめのピンクダイヤにし、そのピンクダイヤを四つのダイヤモンドで取り囲み、花の形に見えるように配置した。女性物の指輪を作るのは随分久しぶりだったが、出来上がりは上々だった。僕は、完成した指輪をズボンのポケットに無造作に落とし込むと、工房を後にし約束の場所へ向かった。

 今日、僕は、駅前のホテルの最上階にあるフレンチレストランで、優菜と待ち合わせをしていた。こんな気取った店を予約するのを最初はためらっていたのだが、芳子さんに相談すると「絶対ここがいいから」と勧めてくれたの決めたのだった。優菜は仕事を終えた後に電車に乗って帰宅するということで、駅前のほうが都合がいいということもあった。僕は、約束の時間より一時間も早く到着してしまい、ホテルの周辺で時間を潰す羽目になっていた。ホテルは駅前にあるが、目の前に海もある。僕は、海際の鉄柵に寄りかかり、退役して展示されている日本丸やイルミネーションで煌めく大観覧車をただぼうっと眺めていた。すると、後ろから誰かに肩をトントンと叩かれ、僕はびっくりして振り返った。目の前に笑顔の優菜がいた。

「この時間に、亮ちゃんとここにいるのって、すごい久しぶりだね」

「そうだっけ?」

「うん」

「いつ来たっけ?」

「ちょうど十年前」

「そうだったんだ……」

「あ、亮ちゃん、記憶を失くしたから覚えてない?」

「うん、ごめん」

「そっか」

「じゃ、まだ時間が早いけど、もうレストランに行く?」

 僕は、腕時計を見ながら言った。

「うん、と言いたいところだけど、キャンセルしちゃわない?」

「えっ? なんでだ?」

「だって、十年前と同じことをしたいから」

「でも、俺、なんにも覚えてないよ」

「大丈夫、私が覚えてるから」

 優菜がニコニコしながらそう言うので、僕は携帯を取り出し、レストランの予約を取り消した。僕は優菜に手を引っ張られ、大観覧車のある遊園地に向かった。チケットを購入し、最初は鏡の館に入って大笑いしたかと思うと、次はお化け屋敷に入って優菜にしがみ付かれ、その次にはレーザー銃で化け物退治をした。その後、優菜は色んなアトラクションに片っ端から乗り始めた。優菜によると、出鱈目のようでちゃんと乗る順番が決まっているのだという。僕は、優菜に引っ張られるままにメリーゴーランドやサイクルモノレールに乗り、そして乗り物は、どんどん過激になっていき、僕たちは恐怖のあまり、年甲斐もなく声を出して騒ぎながら乗っていた。そして、残す乗り物は後一つだけになった時、優菜は「休憩、休憩」と言って、フードコートへ僕を誘った。

 フードコートには、遊園地によくあるお決まりの食べ物しかなかった。僕と優菜は、ホットドックとフライドポテトを食べコーラを飲んだ。

「あのさ、夕飯がこれじゃ、淋しくない? ホテルのフレンチレストランのほうが良かったんじゃないか?」

「ううん、私はこれがいい。でも、亮ちゃん、大食漢だからこれじゃ足りなかった?」

「量は別にいいんだよ。いっぱい食べればいいんだから。でも、この間、優菜が言ってたじゃん、たまにはフレンチを食べたいって」

「そうだね、たまには食べたい。でも、今日はこれがいい」

「十年前の今日も、これを食べたから?」

「うん、そう」

「そうか、俺、残念だけど思い出せないや。催眠療法をやらないと無理かもしれない」

「そうなんだ……」

 優菜は少しがっかりしたようだった。

「あの日は本当にびっくりしたんだよ」

「え、そうなのか」

「うん。だって、亮ちゃん、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出して、サインしろって言ったんだもん」

「?」

「今ね、あの時と全く同じ場所に座ってるんだよ」

「ふーん」

「それで、このテーブルの上で、私はサインしたの、婚姻届に。しかもプロポーズされる前に」

「えーーーっっっ!!!」

「ねー、びっくりでしょ。それからね、最後にあれに乗ったのよ」

 そう言って、優菜は大観覧車を指差した。僕は「じゃあ、今からあれに乗ろうか?」と僕が笑顔で言うと、優菜は「うん!」と元気良く返事した。

 大観覧車は約十五分で一周する。観覧車に乗って、横浜の夜景を優菜と二人で言葉もなく眺めていた。

「高校生の頃、祐樹と二人で夜景が見たくて『港の見える丘公園』に行ったんだけど、ここから見る夜景のほうがよっぽど綺麗だな。なんであの時、思い付かなかったんだろうな」

「なんか亮ちゃんらしいなぁ」

 そう言って、優菜は笑った。そして、僕たちの乗っているゴンドラが天辺に来た時に、僕はおもむろにズボンのポケットから指輪を取り出して優菜の指に嵌め言った。

「優菜、これからもずっと俺と一緒に笑っててくれ」

 すると、どうしてだか急に優菜の顔は歪み、涙を滲ませながら、びっくりすることを言った。

「亮ちゃん、ずるいよ! 十年前と全く同じことを言ってるよ! 記憶喪失だなんて嘘でしょ?」

 僕は、優菜のその言葉を聞き、優菜の顔を見て、ただ笑っていた。


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