第八話 2
「親父さんと奥さんは、結婚してどのくらいになるんですか?」
僕は祐樹の母に向かって訊いていた。
「え、どうしたの、急に?」
「いや、いつも仲が良くていいなと思って」
「え、そう? 喧嘩もいっぱいしてるわよ。えっとね、結婚して何年になるのかしら? 結婚して二年後に芳子が生まれたから、ああそうか、今年で四十七年だわ」
「四十七年! そんなになるんですか!」
「そうね、いつの間にか四十七年経っちゃったわね」
「俺んとこなんか、まだまだひよっこですよ」
「そりゃそうだよ。年季が違うもの」
「まぁ、そうですよね。奥さん、俺が結婚した時のこと、覚えてます?」
「勿論、覚えてるわよ」
「俺、記憶を失ってるから、あんまり覚えてないんですよ」
「そうか……」
「俺みたいなヤツがどうして優菜と結婚できたのかなと思って。優菜の両親も、よく許してくれたなと思います」
「まぁね、結婚って、本人同士だけじゃなくて、家族も関わってくることだからね。でもね、優菜ちゃんのお母さんが私に言ってたのよ。あの子の子供なら大丈夫って」
「え?」
「亮君が生まれた時ね、私も優菜ちゃんのお母さんも偶々病院にいたのよ。亮君と優菜ちゃんと祐樹は同級生になるから、仲良くしなくちゃねって話していたの。あの時から、四十年も経ったんだね……。私も年を取るわけだ……」
「そうだったんですか……」
「多分ね、あなた達三人は、巡り会うべくして巡り会ってるのよ。固い絆で結ばれてるのね」
「そうなんですかね……。無意識に祐樹を傷付けたり、優菜には無理させたり、自分でも時々、俺、何をやってるんだろう?と思うことがあるんです」
「でもね、亮君、あなたの喧嘩相手って、いつも悪ガキだったわよ。大人しい子には一度も手を上げたことがない。それを優菜ちゃんも、優菜ちゃんのご両親も分かってた。それにね、亮君は、優菜ちゃんのご両親に『もう暴力は絶対に振るいません、優菜さんを幸せにします』と言ったらしいわよ」
「えーっ、そうなんですか……、結婚のお願いに行って、そんなことを言うなんて、もっとマシなことを言えばいいのに……。でも、本当にお目出度いヤツというか、俺はやっぱり、馬鹿野郎なんですね」
「え、どうして?」
「この間、祐樹が半グレに絡まれた時、俺はソイツらを殴ったり蹴ったりしたんですよ。平気で約束を破ってる……」
「それは、例外なんじゃない? 向こうが悪いんだから。寧ろ祐樹の母親として、息子を守ってくれてありがとうと私が亮君に言わなくちゃいけないことだと思うけど」
「でも、約束したんだから、もう絶対に暴力は振るわないようにします」
「そうね……そのほうがいいわね。争い事には関わらないほうがいい。亮君にまた何かあったら、優菜ちゃんが泣くわよ」
「俺は、何にも知らないで生きてたんですね。子供の頃から、ずっと一人で生きてきて、俺のことがどうなろうと、周りの人間は無関心だろうと思ってました。でも、本当はそうじゃなかった……。お袋だって、優菜の両親だって、勿論俺を雇ってくれた親父さんや奥さんや芳子さんや渉さんやトメ婆ちゃんだって、商店街のみんなだって、美帆や隼人や祐樹や優菜だって、いつだって僕の味方でいてくれた。いや、多分、俺に何の関係もないその辺を歩いている人だって、俺が困ってたらきっと助けてくれると思うんです。俺は、そのことに気付かずに生きてきたんですよ」
「今、気付けたんだから良かったじゃない。でも、みんなそんなものかもしれないよ。子供の頃は特にそうだと思うよ。ずるをして逞しく生きることも時には必要なんじゃないかと悩んだりすることもあるけど、でもね、本当はそんなものは必要じゃないの。人に優しく誠実に生きることが何よりも大切で、それが幸せなんだって、大人になるにつれて実感するものなんだよね」
「そうですね……」
「亮君、亮君にとって優菜ちゃんは何にも代えがたい宝物だと思うけど、優菜ちゃんにとっても亮君はそうなんだよ。だから、腎臓移植のことは気にしなくていい。優菜ちゃんにとって、亮君が生きてることが幸せなんだから」
僕は、その言葉を聞いて、胸が詰まった。




