第七話 13
優菜は、明日の早朝からの仕事に備えて、早目に帰宅していた。今日は、亮の好きな料理を作ろうと張り切って台所に立っていた。野菜嫌いな亮のために、優菜は、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、トマト、ブロッコリーなど冷蔵庫にある目についた野菜を全部取り出して、煮立った湯の中に放り込み、煮あがった野菜を潰してペースト状にし、そこにコンソメ、牛乳、生クリーム、塩コショウを入れ、ポタージュスープを作った。メインは鶏のから揚げで、キノコの甘辛ソースを作って上からかける。そして、ほうれん草を入れたキッシュも作った。優菜は、夕飯を作りながら、ダビデの森で箱を掘り返した時のことを思い出していた。箱を掘り返さなければならないと気が付いたのは、芳子と同じように、トメ婆ちゃんに言われて思い出したことではあったが、病室で芳子の願いが叶った話を聞いて確信し、今こそ掘り返すべきだと思っていた。どうしても今、自分の願いを叶えたいと思ったからである。十歳の時に書いた自分の願いとは、「亮ちゃんとずっと一緒にいられますように」というものだった。幼い十歳の自分が書いた願いは、ただその時の自分の願いを書いた無邪気なものだった。しかし、長じて亮と結婚し、幸せな結婚生活を送っていたはずなのに、愛する夫は、事故に遭い、昏睡状態に陥り、今もなお命の危険にさらされていた。亮とずっと一緒にいるという願いが叶えば、きっと彼は昏睡状態から目覚めるだろう、そう思ったのである。そして、その願いは叶い、亮は目覚めたのだった。当時の苦しくて不安で、しかし亮が目覚めた時の天にも昇るような高揚した気持ちを優菜は思い出していた。そして、箱の中に入っていた亮と祐樹の願い、二人の願いは、胸が締め付けられるようなものだったことも同時に思い出していた。優菜は、その二人の願いを見た時、思わず涙を零していた。しかし、その願いも箱を掘り返したことで叶うだろう。亮の願いは、まだ叶ってはいないが、近いうちに必ず叶うだろうと思う。
夕飯が仕上がってテーブルに並べると、ちょうど亮が帰宅した。優菜は、「お帰りなさい!」と笑顔で亮を迎えた。亮はテーブルに並んだ料理を見て、「わぁ、ご馳走だ!」と喜んだ。二人で向かい合って夕飯を食べる。なんでもない日常の光景だと思うが、亮が事故した当時のことを考えると、こんな時間が持てるのは、本当は奇跡のように幸せなことなんだと優菜は実感していた。
「さっき、コロッケを立ち食いしたけど、コロッケを食べてても、今日の飯はいくらでも食べられるな」
「えーっ? 亮ちゃんて、ご飯前にそんなことをしてるんだ。子供みたい」
「いやいや、だって、福田の親父の揚げたてのコロッケって美味いじゃん」
「うん、それは否定しない」
「ところで、早苗おばさんとあれから話をした?」
「うん、でも、お店を再開するかどうか迷ってるみたい」
「そうだろうな……。でも、今度商店街に八百屋ができるじゃん」
「あー、祐樹君に聞いた、聞いた! 坂元君と金石君で八百屋をやるんでしょ?」
「うん。八百屋が成功したら、お客さんも増えるだろうし、他にもみんなで色々考えてるから、早苗おばちゃんの店も持ち直すんじゃないかな」
「そうよね! でも、八百屋ができるのは嬉しいな。私も買い物に行こうっと」
二人でそんな会話をして夕飯を終え、食器を洗い、ソファーに寝転んでテレビを見ていたら、僕はいつの間にか寝入ってしまっていた。優菜は僕に毛布を掛け、先にお風呂に入ってしまおうと思っていた。明日は、早朝出勤だから、早目に寝なければならないからである。そして、湯張りができ、脱衣所で服を脱ぎ、キャミソールに手を掛けた時、後ろで扉を開ける音がした。僕が優菜が中にいることを知らず、誤って脱衣所の扉を開けたのだった。
「あ! ご、ごめんっ!」
僕は慌てているのに、優菜は「夫婦なんだから別にいいよ」と言った。けれども、僕は、優菜の背中に目が釘付けになっていて、黙ったまま呆然とその場に立ちつくしていた。しかし、暫くして僕は口を開いた。
「優菜、その背中の傷、腎臓を取った痕なんだろう?」
「う、うん……」
優菜がそう返事すると、僕は優菜に近寄り、力強く優菜を抱き締めた。




