第七話 4
坂元俊輔と金石裕太郎は、商店街の空き店舗に入店するべく準備をしていた。二人で話し合って、やはりコンビニではなく、百円均一の八百屋を経営することにしたのだった。先日、坂元俊輔は金石裕太郎と共に、田舎の祖父を訪ねたのだが、祖父は「野菜ならたんまりあるぞっ! はっはっはっ!」と高笑いしていた。協力を求めて近所の農家を祖父と共に訪ね、歪んだものやサイズの小さいものなど普通なら廃棄になるようなものでいいからと協力を要請すると、大歓迎されたのだった。
二人は、店舗の中を掃除したり、リサイクルショップで格安で手に入れた陳列棚を二人で搬入したりしていた。すると、その様子を興味深げに太蔵爺ちゃんや本郷のおじさんや福田の親父やそこら辺の暇な商店街の人たち大勢が見物していた。太蔵爺ちゃんは坂元俊輔を呼び止め、「ここは何屋になるんだ? コンビニになるのか?」と訊ねていた。坂元俊輔は、太蔵爺ちゃんに「コンビニはやめて百円均一の八百屋にすることにしたんですよ」と答えた。それを聞いていた商店街連合会会長の本郷のおじさんは、「あっ、みんなに報告するのを忘れてた!」と叫び、商店街のみんなに謝っていた。しかし、商店街初の八百屋ということだし、出て行く者が多い中で入って来る者に対しては無条件で歓迎するというムードが、商店街には漂っているようで、「百円均一か、なかなかいい考えだな」と口々にみんなが喋っていた。営業開始は来週からになるという。しかし、気になるのが早苗おばちゃんの洋品店をはじめ、被害のあった店で、太蔵爺ちゃんは、シャッターの閉まった店を睨み、腕を組んで難しい顔をし、「万太郎に早急に話を付けねばならん」とぼやいていた。
坂元俊輔と金石裕太郎の二人は、店舗の準備を終えた後、祐樹のカフェを訪れていた。カフェのドアを開けた途端、今回も祐樹が「いらっしゃいませ」と元気良く答えたが、祐樹の顔が絆創膏だらけになっていたので、二人は驚いていた。しかし、カウンターにのんちゃんとサラリーマンの男性、木村さんが座っていて、木村さんは祐樹の顔の絆創膏が気にならないのか、普通に喋ってコーヒーを飲んでいた。木村さんは「この間、積年の恨みを晴らしてやろうと思って、会社を辞める覚悟で思いっきり力を込めて上司を殴ったら、向こうがビビってたので、逆にこっちがびっくりしました」と笑顔で祐樹に話していた。祐樹は「木村さんが大人しいから舐めてたんですよ。その調子! その調子!」と木村さんを励ましていた。そして、木村さんがコーヒーを飲み終え、カフェから出て行くと、祐樹は、坂元俊輔と金石裕太郎にもコーヒーを淹れた。
「祐樹も結構忙しそうだな。でも、その顔の傷、どうしたんだよ」
「いや、ちょっと、知らないヤツにからまれたんだよ。でも、もうだいぶ良くなったから大丈夫。今日はもしかして店舗に引っ越してきたの?」
「今日は陳列棚だけ入れて、来週、開店予定」
「そうなんだ。開店したら、是非行かせて貰うよ。でも、手伝うことがあったら、なんでも言って」
祐樹がそう言うと、坂元俊輔は、「祐樹は子育てもあるから遠慮しとくよ」とカフェの隅に置かれているゆりかごの中で眠っている光を眺めながら笑顔で言った。金石裕太郎もゆりかごの中を覗き、「祐樹にそっくりな可愛い赤ちゃんだな」と言った。すると、祐樹は、「違うよ! 僕の子供じゃないよ! 姉の子供だよ! でも、甥なのに僕とあんまり似てないとよく人に言われるから嬉しいかも」と言うと、「そうかぁ? 似てるじゃん」と金石裕太郎が言うと、祐樹は満面の笑みになった。
その後、二人が「田舎の名物の土産を持ってきたんだけど、良かったらお婆ちゃんに食べて貰って」と言ったので、祐樹は、またもや二人を連れて、トメ婆ちゃんの部屋へ案内した。そして、二人から貰った土産物の包みをおやつカゴに投入した、……けれども、何も起きなかった。仕方がないので暫く待ってみた。しかしやっぱり、トメ婆ちゃんは縁側で眠りこけたままである。いつもはすぐに反応するのにおかしい。二人に貰ったお土産は、手のひらサイズの大きさの物が数個だったので、最初におやつカゴに入れた包みを取り出し、今度は違う包みを入れてみた。しかし、やっぱり何も起きない。祐樹はしかめっ面をし、他の包みもとっかえひっかえおやつカゴに入れてみたが、何度試してみても、トメ婆ちゃんは居眠りから目覚めないのだった。祐樹は、「包みを開けていい?」と坂元俊輔と金石裕太郎に訊ね、二人も無言で頷いたので、紙包みを開けたのだが、中を開けてみたら、それはそれは美味しそうな色んな種類の煎餅やおかきだった。祐樹は、「ごめん。多分、うちの婆ちゃん、甘い物が好きなんだと思う。でも、煎餅は僕の大好物だから、僕が貰っていい?」と訊いたら、二人は「どうぞ、どうぞ」と頷いたのだった。
そして、坂元俊輔と金石裕太郎がカフェを出て帰って行こうとしたその時、「こんにちは~」とカフェに入ってきた男性がいた。その男性は坂元俊輔と金石裕太郎に気付き「あ、遅くなってごめん、ごめん」と声を掛けていた。坂元俊輔は祐樹に「山本拓朗だよ」と紹介した。
「山本君か! 久しぶり!」
「もっと早く来ようと思ってたんだけど、ご挨拶が遅れてしまって」
「え? 山本君も八百屋をやるの?」
「いや、手伝いだけ」
山本がそう言うと、坂元俊輔が「コイツ、長年の夢がやっと叶って、ついこの間、司法試験に合格したんだよ」と言った。
「えーっ!……ってことは、弁護士になったの?」
「うん。もしかしたら、新しく弁護士事務所を開くかもしれないから宜しくお願いします」
「あ、じゃあ、商店街に空き店舗がいっぱいあるから、そこで弁護士事務所を開けば?」
祐樹が冗談めかして言うと、山本拓朗は真顔で「それもいいかも」と言った。
「え、マジで?」
「弁護士事務所というとみんな敷居が高いイメージがあるらしくてね。でも、実際は色んな身近な相談に乗ってるんだよ。商店街に事務所があったら、気軽に入って貰えるかもしれないよね」
「そうかもしれないね」
「まぁ、今の事務所には色々お世話になってるし、なかなか辞められないとは思うけど。でも、何かあったら、遠慮しないで相談して」
山本拓朗はそう言うと、懐から名刺を取り出して祐樹に差し出し、祐樹も「うん、ありがとう」と言って受け取った。そして、坂元俊輔、金石裕太郎、山本拓朗の三人はカフェを後にした。




