第七話 3
そしてまた次の日の朝、携帯を見ると、美帆からラインで返事が来ていた、僕が美帆に会って、事故当時のことを聞かせて欲しいと頼んでいたからだった。美帆は今日の午後なら時間が取れるという。僕は電車に乗り、美帆の会社に向かっていた。会社に着いて、美帆の顔を見るなり、「いつも忙しいのに悪かったな」と謝った。
「別にいいけど、亮君が私と二人きりで話がしたいだなんて、何かあったのかと思ってびっくりしちゃったよ」
「うん、まぁ、優菜抜きで話をしたかったから」
「ふーん。で、事故当時の何が知りたいの?」
「優菜自身のこと」
「優菜のこと?」
「うん」
「優菜のことで私が知ってることって、亮君と大して変わらないと思うけどな」
「いや、それが、俺、自分が腎臓移植を受けてるだなんて知らなかったんだよ」
「ええっ!? マジでっ!?」
「一昨日、祐樹に言われて初めて知ったんだ」
「そうなんだ……。まぁ、事故があった日は、本当に大変だったわよ。あの日、優菜は品川のホテルで仕事をしててね、亮君が事故に遭って病院に運ばれて、しかも重症だって聞いたもんだから、優菜は慌てて会社の車でそのまま病院に向かったのよ。でも、ああいう時って、車を運転したらダメよね。ぼんやりしてて、ブレーキを踏むのが遅くなって急ブレーキをかけたらしいの。そしたら、後ろの車に追突されて、むち打ちになってた。どれだけ料金がかかってもいいから、タクシーで行けって言ってあげればよかったと後悔したわ。今でも時々、首が痛いみたい」
「ええっ?」
「それと、腎臓移植のことだけど、亮君、事故直後、出血多量のせいで昏睡状態になって、しかも腎不全にもなって危篤状態になってたの。身体の色んなところに損傷があったから、発見が遅れたのかもしれないわ。本当に命を落としそうになってたのよ。透析を行って応急措置はしたけど、腎臓の機能は回復しなくて、それで優菜は移植を希望したの。腎臓移植したほうが、亮君が回復するのにいいと思ったんでしょうね。もし昏睡状態から目覚めたとしても、一生人工透析はしなきゃいけなくなってたから」
「はぁ」
僕はうな垂れ、大きなため息を吐いた。美帆はそんな僕を見て、「そりゃ、ため息を吐きたくもなるわよね」と言った。
「でも、無茶だろ! 俺が目覚めるかどうかも分からないのに、腎臓提供するなんて! 俺みたいなヤツが、死のうが生きようがほっときゃ良かったんだよ!」
「そりゃ、みんな無茶だと思ったわよ。でも、亮君の家族は優菜だけなんだもの。優菜が決めたことなんだから、誰も止めることなんか出来なかったわ。それに、勘違いしてるんだと思うんだけど、亮君が死んだら悲しむ人は、優菜だけじゃなくて他にもいっぱいいるわよ」
「……」
「無事、手術が成功したんだから良かったじゃない。でもね、それからも結構色々あったのよね」
「色々って?」
「優菜のフラワーデザインを気に入ってくれたクライアントがいてね、物凄く良い条件で彼女を引き抜こうとしてたのよ。でも、全国を飛び回る仕事だったし、自分も腎臓提供してしばらく入院してたし、亮君も入院してたから、考える暇もなく速攻で優菜は断ってた。勿論、私の会社にいたいからと言ってくれたけどね。だけど、どう考えても断るのは勿体無いような仕事だったのよ」
「そうなのか……」
「それとね、優菜に求婚してた人もいたわね」
「えっ?」
僕が驚くと、美帆は「ふっ」と笑った。
「びっくりした? もちろん、優菜はすぐに断ってたけど。『私は既に結婚してます!』って。左手の結婚指輪を相手に見せて、滅茶苦茶怒ってたわよ。まぁ、それは、今もしょっちゅうあることなんだけど」
「……」
「知らなかったの?」
「うん」
「でも、モテるのは知ってるでしょ」
「うん……」
「亮君はね、優菜に愛されてるのよ、すごーくふかーくね」
美帆はそう言って笑った。




