第六話 11
「それはそうと、昨日のライブは凄かったな。新曲もなかなかの出来だったし、お前、歌詞なんていつ書いてるんだよ?」
「昼間、カフェで書いてるよ」
「そうか。それにしても、最初とはえらい違いだ」
そう言った後で、しまったと思ったが、祐樹は「最初とはすごい違いってどういう意味だよ?」とすかさず突っ込んできた。
「いや、あの、さっき、催眠療法を受けてたから。ちょうど、祐樹の初ステージの頃に記憶が遡ってたんだよ」
「ふーん、だいぶ記憶戻った?」
「いや、順番に思い出してるから、まだ十九歳までしか思い出せてない」
「なんだ、まだまだじゃん」
「うん」
よかった、話が逸れた、と思ったのに、祐樹はまた元に戻した。
「そっか、僕が荒れてた時の記憶が戻ったんだ」
「……」
「あの頃、結構きつかったな」
「そうだったのか……」
「うん」
「今は?」
「今はそれなりに幸せだよ。カフェもバンドもなんとか上手く行ってるし」
「そうか、なら良かった」
「うん」
「なぁ、祐樹」
「ん?」
「お前、あれから彼女とかできなかったのか?」
「できたよ」
「そうか!」
「でもすぐ別れた」
「……」
「今はね、これでもファンの人もいっぱいいるし、前より充実してるよ」
「結婚は考えてないのか?」
「考えてるよ」
「そうか! 好きな人は?」
「んー、今は特にいない」
「あのなー、お前の生活見てるとな、パターン化してるじゃんか」
「パターン化してるのは亮ちゃんもそうじゃないか」
「そ、そうだな……いや、俺のことはいいんだよ。問題はお前だよ」
「僕のことを問題にしてるのは亮ちゃんだけだよ」
「そうか……いや、こら、話を逸らすな!」
「だから、僕のことは僕でちゃんとやってるんだからほっといてよ」
「ま、まぁそうだな……」
そんな堂々巡りの会話を祐樹としていて、それで僕が祐樹に本当に訊きたい肝心なことは何一つ訊けないのだった。仕方がないので、バーを出て帰ろうとしたら、いつもより飲み過ぎた祐樹が、ふらついてまともに歩けなくなっていて、気付いたら半グレ集団に絡まれていた。なんだか今日、催眠療法で見た記憶とそっくりの光景が、またもや目の前で展開されていた。祐樹一人で数人にボコボコにされかかっていた。僕は飛んで行って、半グレの一人の腹にパンチを食らわした。軽く殴っただけなのに、みぞおちにヒットしたらしく、そいつは腹を抱えて地面に蹲っていた。そして、他のヤツらにもパンチを食らわしてやろうと身構えていたら、突然祐樹が「やめろっ!」と叫んだ。
「コイツらは僕に絡んでるんだから、僕がやっつけるんだよっ!」
祐樹はそう言って、ヤツらに突進していった。しかし、身体も弱く非力な祐樹が勝てる訳がない。祐樹はあっという間に、顔面を殴られ、口から血を流していた。それなのに何度も敵に向かっていった。しかし、僕は、そのまま傍観するわけにもいかず、祐樹を庇いながら蹴りを入れて、あっという間に半グレ集団をやっつけてしまった。しかし、祐樹は庇っていた僕の手を振り解き、僕の顔を睨み付けながら、「なんでなんだよっ!」と叫んでいた。
「なんでいっつも亮ちゃんなんだよっ!」
「え……」
「なんでそんなに強いんだよっ!」
「……」
「僕だって努力してるんだ! これでも身体を鍛えてるし、バンドだってカフェだって、それなりに頑張ってきた! だけど、いっつも亮ちゃんなんだよ! 亮ちゃんは、子供の頃から、盗みだって喧嘩だって平気でやってた! それって、非難されて当然のことだよね? だけど大して問題にもならず、いつも周りの人に可愛がられてた! 優菜もそうだ! 子供の頃から、優菜が見つめていたのは、僕じゃなくて亮ちゃんだったんだ!」
「いや、それは違う……」
「何が違うんだよ! 現に結婚してるじゃないか!」
祐樹にそう言われて、僕は酷く困惑し、ただ黙って祐樹の顔を見つめていた。言葉を返そうにも、結婚した時の記憶が失われたままなのである。
「あの事故が起こった日、何が起こったのか覚えてないんだよね? だったら、僕が教えてあげるよ。あの日、亮ちゃんは事故で頭と全身を強く打って、昏睡状態に陥った。その後、腎不全になり、命まで落としそうになっていた。昏睡状態の上に腎不全になってしまって、あのままだったら、本当に亮ちゃんは亡くなっていたと思う。透析で命を繋ぐことも出来たけど、でも、亮ちゃんのためになるならと優菜は手術を希望した。亮ちゃんの背中には傷があるだろう? その傷、腎臓移植した痕なんだよ」
「えっ?」
「やっぱり、知らなかったんだ」
「……」
「腎臓提供をしたのは、優菜だよ。優菜が亮ちゃんの命を守ったんだ。優菜が自分を傷付けてまで守りたいのは亮ちゃんなんだ。僕は、やっぱり亮ちゃんには敵わないんだよ!」
僕は、祐樹にそう告白されて、言葉もなく、その場に佇んでいた。




