第六話 5
僕が、午後の一時過ぎに電話した時は、芳子は随分興奮していて、「それどころじゃないわっ!」と突然切れて断られたのに、午後三時頃に今度は芳子から謝りの電話があって、クリニックに来てよいとのことだったので、僕はまたクリニックのベッドに寝転んで、催眠療法を受けていた。
目を閉じると、目の前に金髪の祐樹がいた。どうやら意識は、きちんとこの間の続きの場面に飛んでいるようだった。祐樹は自分の部屋でヘッドフォンをして曲を聞きながら、ヘアブラシをマイク代わりにして、歌の練習をしていた。一ヶ月後に、大学のロック連のコンサートが行われるらしく、先輩のバンドが参加できなくなったので、急遽祐樹のバンドが参加することになったらしい。しかし、祐樹は小中高とこれまで合唱部にいたわけでもなんでもなく、ロックを聞くのは好きだったとはいえ、歌うことに全く慣れていなかったので、耳を塞ぎたくなるような下手くそな歌声が辺り一帯に充満しているのだった。僕は、祐樹の部屋で祐樹の歌声を聞きながら、祐樹がヘッドフォンをしているのをいいことに「やかましーーーいっっっ! だまれーーーっっっ!」と叫んでいた。祐樹は、僕が何か喋っているのを目にして、ヘッドフォンを外し、「え? なに? なんか言った?」と訊いてきたので「いや、なんでもない。なんにも言ってない」と返していた。
祐樹の部屋は二階にあるので、たまに下の台所に降りていくと、祐樹の母がお菓子やジュースを提供してくれて、僕がそれを持って部屋に帰ろうとする途中、台所のすぐ隣りの部屋のトメ婆ちゃんを見やると、トメ婆ちゃんは縁側でうとうとしていた。さすが、トメ婆ちゃんは強者だな!と思っていたら、よく見ると耳に耳栓をしているのだった。とにかく、家族や身近な者は、祐樹の歌声のせいで地獄を見たのだが、それでも一ヶ月も経つとだんだんと上達し、どんどん聞きやすい歌声になっていった。
そして、そのコンサート当日、僕は会場になっている大学のホールに向かっていた。なぜなら祐樹にチケットを買わされていたからだった。すると、その会場で偶然優菜に出くわした。優菜は彼女の通う女子大の友人二人と一緒だった。何でも、その優菜の友人たちは、この間の合コンで二人とも祐樹のファンになったのだという。「今日、初めて祐樹君のコンサートが見られるから、すごく楽しみなんです!」とはしゃいでいた。あれ?合コンに来た女の子に総スカンを喰らって、それであの後、祐樹の機嫌が悪くなっていたのかと思っていたのに。しかも、合コン当日は、祐樹の容姿は豹変する前だったはずということを思い出していた。だから、僕が想像していたのと全く違った状況だったので、少し驚いていたのだった。
ホールの座席は早い者勝ちの自由席だったので、僕は優菜の隣りに座って、祐樹のバンドを鑑賞していた。しかし、祐樹は、初めてのコンサートで緊張していたのか、一曲目の歌詞が全部ぶっ飛び、無言でマイクの前に立っていた。見ているこっちのほうが、胃が痛くなる状況に陥っていた。隣りに座っている優菜を見ると、彼女も顔を両手で覆っている。しかし、リーダーと思われるギタリストが、バンドのみんなに両手を振って演奏を止めさせ、マイクで「すみません、もう一回最初から行きます」と祐樹のピンチを救ってくれたのだった。それで吹っ切れたのか、祐樹はさっきとは全然違って、ノリノリでロックを歌い、そして最後まで盛り上がり、初めてのコンサートは大成功したのだった。




