第六話 4
坂元俊輔が帰るのと入れ違いに、今度は芳子が外から帰宅した。休憩時間に外で昼食をとっていたらしい。しかし、妙に興奮していて目がギラギラしていた。祐樹はまた何か起こりそうだと一瞬嫌な予感がしたのだが、祐樹のその悪い予感は的中した。芳子は診察室に入ると柔道着に着替え、工房にドスドスと足音を立てて向かって行った。そして、芳子の夫の佐藤渉の作業着の襟をいきなりつかむと「本当のことを言いなさいよおおおーーーっっっ!!!」と雄叫びを上げていた。佐藤渉は、そんなことをいきなり妻から言われても何のことだか分からず、唖然とした表情をしていた。しかし、柔道経験のない彼は、芳子に引っ張られるまま、和室に連れ込まれた。そして芳子は簡単に彼の懐に潜り込み、「うりゃあああああ」と大技の巴投げをかけ、佐藤渉は飛んで行って襖に大穴を開けたのだった。
しかし、今日の芳子は、いつもより随分と興奮していた。祐樹の父と母ものんちゃんも光を背負った祐樹もその様子を呆然と見ていたのだが、しかし、光には両親の非常事態が分かるのか、ふがふが言い始めたのだった。
「嘘は許さないからねっ! 怒らないから正直に言いなさいよっ!」
「お、怒らないからって……もう、怒ってるじゃないか……」
佐藤渉は、肩でぜぇぜぇと息をしながら必死で答えている。
「あの女は一体あなたのなにっ?」
「は?」
「駅前の花屋の女よっ! さっき、花屋でデレデレしてたでしょっ!」
「み、見てたのか……」
「見てたわよっ! 正直に言いなさいよっ! 嘘を吐いたら許さないからっ!」
「別に何でもないよっ! ただ、買い物してただけだよっ!」
「買い物? なんであなたが花屋で買い物をするのよっ!」
そう言って、またもや芳子が技をかけようとしたので「ちょ、ちょっと待てーっ!」と佐藤渉は叫んで逃げ、夫婦の部屋へ飛び込んで、またすぐ舞い戻ってきた。そして、特大のピンクのバラの花束を芳子に差し出した。そして「結婚五周年、おめでとう!」と言った。芳子は、その花束を手に暫く呆然と突っ立っていたのだが、やがてオイオイ泣き始めた。祐樹の背中の光も芳子が泣いているのを見て、「ぎゃーっ」と泣き始めた。トメ婆ちゃんは大判焼きを食べながら、「一番大変なのは渉だね」と呟いた。




