第五話 10
暫くして隼人と美帆が現れた。しかも隼人は美帆の車椅子を押している。僕と優菜はその光景を見て目を丸くし、顔を見合わせて笑った。
「それで、あれからどうなったんだ?」
優菜と美帆は女二人でテーブル席で話が盛り上がっていたので、僕と隼人は二人でカウンターに座り、僕が隼人に訊ねていた。
「最初からやり直し」
「そうか!」
「この歳で、高校生みたいなことをやってるよ」
「メールとかLINEとか?」
「そう、メールとかLINE」
「そうか、今度は頑張れよ」
「お前なぁ、誰のせいで二十二年もすれ違ってたと思ってるんだよ!」
「そうか、ごめん、ごめん。でも、ここ最近の一番嬉しいニュースだな」
「そう言ってくれて、こっちも嬉しいよ」
隼人はそう言って笑った。
そんな話をしていたら、カフェのドアが開き、どんどんライブの客が訪れ始めた。優菜はチケットのもぎりの役を買って出ていた。
祐樹とバンドのメンバーは、奥の自宅スペースで衣装替えや化粧を終え、観客でごった返すカフェに現れた。その途端、割れるような歓声が沸き上がった。今日は新曲を披露するらしい。観客の間でも、ライブが始まるまでその話題で持ち切りだった。そして、ライブが始まり、熱気も最高潮に達した時、祐樹は自分で作詞した新曲を披露し、観客はその歌に聞き入っていた。その感激も冷めやらず、次々と祐樹は曲を歌い上げた。そして祐樹は、曲と曲との合間、観客にあおるように話し掛け、その度にあちこちから「キャーッ!」と声が上がっていた。伸びのある歌声や仕草も完璧にプロだった。バンドのボーカルらしい祐樹の容姿も今でこそしっくり馴染んでいるが、最初は違和感がありまくりだったんだなと、僕は、さっき催眠療法で見た記憶を感慨深げに思い出していた。僕はカフェの最後列に、隼人や美帆や優菜と並んで座っていた。初めて見る祐樹のライブに隼人も驚きながら、楽しんでいるようだった。そして、その隼人の隣りに座っている人物にふと目が釘付けになった。なんと、タオルケットを頭から被った山田さんと思われる人物が座っていたのである。しかも山田さんは、驚いたことに僕の目の前でタオルケットを脱ぎ全貌を現した。山田さんは長い髪をくるくるとカールし、いくつも可愛らしいリボンを付け、服装も女の子らしい花柄のワンピースを着た見目麗しい女の子だった! いつもトレーナーにジーンズだったのに! 僕は思わず彼女に話しかけていた。
「や、山田さんだよね!?」
「はい、そうです」
「山田さん、今日の恰好、いつもよりすごくいいと思う」
「そうですかぁ? なんか恥ずかしいなぁ。でも、念願叶って祐樹さんのライブに来られて、すごく嬉しいです! 私、ずっと祐樹さんのファンなんです!」
「ええっ!」
僕は山田さんのその告白にぶっ飛びながらも、タオルケットを取り去った山田さんを眩しく見つめていたのだった。
そんな感動に浸っていたのに、急に僕の携帯が鳴った。角田圭吾からだった。僕は慌ててカフェの外に出た。
「大変です! 今からヤツラがそっちに押しかけるそうですっ! 亮さん、注意してくださいっ!」
「ええっ?」
角田がそう言った途端、目の前に愛川の乗った給水車が現われ、大量の水を浴びせかけられた。
「おい! その薄汚れた顔が奇麗になって良かっただろ?」
愛川は運転席から僕の顔を見ながら、ゲラゲラ笑っていた。
「ちっくしょうっ!!!」
そう叫びながら、路地へ逃げ込んだのだが、角田の電話の声は「遅かったですか……」とぼやいたが、次の瞬間、「でも、亮さん! 俺、今から仕返ししますから!」と叫んだ。
「ええっ? 仕返しって何するんだ?」
「地上げ屋のビルにバッキュームカーで糞尿をばら撒くんですよ!」
「はぁ?」
「ざまあみろってんだ!」
アメリカのトランプ元大統領のゴムの被り物をかぶった角田は、地上げ屋の高層ビルの玄関前にバッキュームカーを横付けすると、ホースで勢いよく糞尿をまき散らした。ちょうど、玄関から大挙して外に出ようとしていた地上げ屋軍団達は「この野郎! やりやがったなっ!」と口々に叫びながら、パニックに陥っていた。




