第五話 4
祐樹は、これから出掛けようとしていたが、トメ婆ちゃんのおやつカゴの中に大福餅を投入していた。すると、トメ婆ちゃんは「米田!」とだけ叫んだ。祐樹は念のため「山田さんじゃなくて本当に米田?」と確認すると、トメ婆ちゃんは「そうじゃ!」と言い大福餅に食らいついていた。だから、今日は、祐樹は山田さんではなく米田を追っていた。今日は、渉さんの仕事が休みの日なので、のんちゃんと光の面倒は渉さんに任せていた。米田を追うということは、もしかしたらトラブルが発生する事態になりかねないということで、光を背負っていないほうがいいという予感が働いていた。
祐樹は、保険会社から出てきた米田の後ろを彼女に気付かれないように尾行していた。しかし、この米田という女性、さっきからずっと尾行しているが、営業活動をする気がないのか、建物の前で立ち止まって中に入らず外で眺めていたり、写真を撮っていたりした。しかもその建物は、銀行だったり、飲食店だったりと様々だった。しかし、漸く本気で営業活動する気になったのか、あるビルに意を決したように入って行くと、その後長時間出てこず、やっとのことで出てきたと思ったら、急にスマホを取り出して電話し、真っ赤な顔をして電話の向こうの相手と大喧嘩しているのであった。米田を追う途中、山田さんが現れたらどうしよう?と思ったのだが、夕方になったので、今日は山田さんを待ち伏せする気はないようだ……と思ったら甘かった。タオルケットを被った山田さんが、さっき米田が出てきたビルから現れ、米田は山田さんの後を付け始めた。そして、大通りの角を曲がって狭い路地に入った途端、山田さんに「待ちなさいよっ!」とまたもや声を上げていた。祐樹は、身構えた。自分の胸の調子と相談しながら、出来るだけ速足で米田に近付いた。そして、米田の肩を後ろからポンポンと叩き、「何をしているんですか?」と声を掛け、米田が振り返った途端、山田さんに、「山田さんっ! 今のうちに逃げてっ!」と叫んでいた。すると、米田は驚いた顔をし、「なんで邪魔するのよっ!」と祐樹をキッと睨み付け、逃げる山田さんを追おうとしたが、祐樹は米田の手首をつかんだまま離さなかった。
「あなた何者っ!? どうして私の邪魔をするのっ!?」
米田は恐ろしいほどに怒り狂った表情で、祐樹を睨み付けている。
「あなたこそ何者なんですかっ! なんで山田さんを脅してるんですかっ! 山田さんが病気になったのもあなたのせいじゃないんですかっ!」
「はぁ? 病気ですってっ? あの女が病気だっていうの?」
「そうですよ!」
「仮病に決まってるじゃないのっ!」
「仮病なんかじゃないっ! 彼女はクリニックに通ってるんだっ! 心の病なんだよっ! だから、タオルケットを被らないと外を歩けないんだろうっ!」
狭い路地に入っているのに、大声で言い合いしているせいか、だんだん人が集まって来ていて、その中の一人が驚いて叫んだ。
「美由紀! ここで何をしているんだ!?」
スーツを着たダンディな四十過ぎと思われる男性が、米田に向かってそう叫んでいた。顔見知りの男性だったのか、米田はその男性の顔を見て、「あ……」と言って急に黙り込んでしまった。しかし、米田はすぐに気を取り直し、その男性に向かって「今はあなたには関係ないわ!」と叫んだ。けれども、その男性も黙っていない。
「とにかく、こんなところで大声で喧嘩してるなんて、尋常じゃないだろう?」
「尋常じゃないのはあなたも同じでしょ!」
「どういう意味だ?」
「私がこんな風になってしまったのはあなたのせいじゃないの!」
「誤解だと言っているだろう! とにかく、こんなところで話すことじゃない。取りあえず、そこのカフェに入って話そう」
そして、その男性は祐樹のほうに振り向き「あなたも来ますよね?」と言ったので、祐樹は無言で頷いた。




