第四話 9
ドアを開けると、そこに笑顔の祐樹が立っていた。
「どうしたんだよ、ニヤニヤして」
「あー、あのね、今、隼人が来たんだよ。だから、カフェでまたみんなで飲もうよ」
そう祐樹が言ったので、そんなに隼人が来たのが嬉しいのかと思って、カフェのドアを勢いよく開けたら、何故だか目の前に優菜の姿があり、その後ろには車椅子の美帆の姿があった。そして、横を向くと、カウンターに一人で座って、驚いた表情で美帆を見つめている隼人の姿があった。さては、祐樹が仕組んだのだなと僕は一瞬で悟った。しかし、隼人はともかく、美帆の表情は硬い。久しぶりに会ったのに、美帆にはカウンターに座っている男が、すぐに隼人だと分かったらしい。そして、美帆は「私、急に用事を思い出したから帰る」と言い、くるりと車椅子の踵を返して帰ろうとした。すると、優菜は「待って!」と叫んだ。
「せっかく久しぶりに菊池君と会えたんだから、話くらいいいじゃない」
「そうだよ。久しぶりに会えたんだから」
祐樹が言った。祐樹にまでそう言われて、美帆は渋々その場に居残ったが、やっぱり居心地が悪そうだった。隼人もただ黙ってカウンターに座っている。
祐樹と優菜はカウンターの中でかいがいしく動き、酒の肴と酎ハイを作ると黙って座っている隼人と美帆に渡した。そして、祐樹は場を持たすために、天気のことやら、この間見た映画の感想やら、一人で訳の分からないことを話していたが、暫くして隼人は、祐樹のその言葉を遮るように口を開いた。
「考えたら、十八で別れて、あれから二十二年も経ってて、随分昔のことなのに、なんで今も自分は引きずってるんだろうと思うよ。正直、美帆と別れてから、色んな女性と付き合ったし、結婚もしたけど、結局うまくいかなかった。やっぱり、俺はどこか欠陥があるんだと思った。この間、偶然優菜に出会って、別れた当時、美帆の家が大変なことになっていたことを聞かされてびっくりした。でも、美帆と連絡が取れなくなって、音信不通になってしまったのは、きっと俺のせいなんだと思った。我儘だし、自分勝手だし、きっと、俺が気付かないうちに、美帆に最低なことをしてしまったんだと思った」
すると、美帆が突然「違うよ」と叫んだ。
「違うよ、隼人のせいじゃない! 全部、私のせい……。私、こんな身体だから、隼人のお荷物になるのが嫌だったんだよ。外交官になるのが夢だった隼人について、海外に行くなんて出来ないと思ってた」
「でも、隼人は外交官にならなかったじゃん。大学も東京だったんだろ?」
祐樹が言った。
「うん、東京の大学に通ってたら、いつか美帆に会えるかと思ってたのに一度も会えなかった」
「何言ってるの! 会えたじゃん! ちょっと時間がかかったけど。美帆、私、もういい加減、美帆に幸せになってほしいと思ってる」と優菜が言うと、美帆は「え?」と驚いた。
「美帆は私なんかより美人でいっつもモテてて、男なんか選り取り見取りだったんだよ。それなのに、いつもうまくいきそうになったら、自分でぶち壊してたのを私は知ってる。なんでそんなことをするんだろうって思ってた。でも、その理由が今日はっきり分かった。菊池君のことがずっと忘れられなかったんでしょ? いつも美帆が私に言ってたじゃない、花は人を幸せにするから、花が好きなんだって。だから、自分は花の仕事を選んだんだって。でもね、人を幸せにしたいのだったら、まず自分が幸せにならなくちゃダメ!」
優菜は美帆に向かって、そう叫んだ。美帆は、ただ、黙って顔を歪め優菜の顔を凝視している。
「あのぉ、お取込み中のところ、申し訳がないんだが、あの手紙には一体何が書かれてたんだ? 俺はあの手紙が、すごく大事なものだったんじゃないかと思って、気になって仕方がなかったんだよ」
「え? あの手紙って何の話?」
「俺が預かった美帆宛ての手紙」
「はぁ?」
「高校生の時に神戸にお前に会いに行ったことがあっただろ? 六甲山で美帆に渡しといてくれと言ってた手紙のことだよ。俺さ、あの後、横浜に帰って美帆の家に行ったんだけど、ピンポンを鳴らしても誰も出なかったから、ポストに入れておいたんだよ」
「ええっ! 亮ちゃん! 美帆んちは亮ちゃんが神戸旅行に行く前に引っ越してたんだよ!」
「え、じゃあ、やっぱり美帆はあの手紙を受け取ってなかったんだ!」
僕がそう言うと、その場にいた僕以外の人間全員が、はぁああと大きなため息を吐いた。その後、散々みんなに責められたが、祐樹が「それで手紙には、なんて書いてあったの?」と隼人に問うた。
「美帆に留学するつもりなのかと訊かれてたから、東京の大学にしたと返事を書いたんだ。でも、美帆からは何の返事もなかったし、あの後に送った手紙も返送されてきてたから、俺、てっきり美帆にフラれたんだと思ってた」
「えーっ! 私もよ! 返事がないから私もフラれたんだと思ってた!」
「もうっ! 亮ちゃん!」
優菜が叫んだ。優菜に責められて、流石の俺も少し凹んだ。
「俺ってバカだなぁ。亮じゃなくて、祐樹に頼めば良かった……。実はあの時、悪い予感がしてたんだ」
「そうだよ! 僕に頼んでくれれば良かったのに! でもさ、やっぱり運命だったんだと思うよ。だって、結局、美帆の会社と取引することになったんだから」
「そうだな。でも二十二年もかかってるけどな」
「あの時の隼人は熱かったなぁ。美帆じゃなくて俺のほうがゾッコンだって言ってたものなぁ。バラしたら殺すって言われたけど、バラすよ」
そう言って祐樹は笑った。
結局、あれから二十二年も経ったのに、相変わらず五人は仲が良かった。その晩は、まるで二十二年の空白を取り戻すかのように、五人で昔話をして盛り上がったのだった。




