第三話 7
それから、意識が数日後に飛び、場面が変わった。僕は、いつものように商店街を通り抜けて自宅へ帰ろうとしていた。そしたら、太蔵爺ちゃんに呼び止められ、駄菓子屋の中に引き込まれた。そして、太蔵爺ちゃんと会話していた。
「爺ちゃんはいいな。なんにも悩みがなさそうで」
「そんな風に見えるか?」
「うん。だって、一日中、店番して居眠りこいてるだけだろ。早苗おばちゃんも福田のおっちゃんもそうだ。ちゃんとみんな店があって、普通に働いてりゃ食っていけてるじゃん。俺なんかお先真っ暗だぜ」
「いい若いもんが何を言う? お前の未来は前途洋々じゃないか」
「優菜や美帆はそうかもしれないけど、俺はアホだからな、出世したってたかが知れてるよ」
「実を言うと俺もな、お前くらいの年頃の時は、無茶をやっててな、しょっちゅうお袋さんを泣かせたもんだ」
「へー、爺ちゃんが?」
「おう。お前、七つの大罪って知ってるか?」
「なんだそれ? そんなもん知らねぇよ」
「七つの大罪とは、暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬だ。俺は、若い頃、自慢じゃないが全部持ち合わせていた。ヤクザの子分をやってたことがあって、博打で一儲けして、それからは自分が何か偉い者にでもなったかのような振る舞いをしていた。この辺じゃ、俺を知らない者はいないようになっていた。お前なんかな、やることがちっちぇえんだよ。たかが原付泥棒だろ? そんなもん、すぐに返せる」
「うん、まぁ、返せないことはない」
「お前、一晩で三千万稼いだことがあるか? あの当時でこの額だから、今だったら億いってるだろうな。俺はな、一晩で三千万稼いだんだよ。イカサマ博打だけどな!」
そう言って、太蔵爺ちゃんは「はははは!」と声高らかに笑っていたが、すぐに神妙な顔付きになった。そして、また静かに自分の半生を語り出した。
「俺はな、生まれ育ったこの貧乏くさい商店街が大嫌いでな、碌に学校も出ずに、十代でこの街を出た。俺は絶対に成功してやるんだと思って、色んな危ない商売に手を出した。水商売や売春まがいの商売や儲かると聞けば、何でも手を出した。その結果、それなりに成功したが、出る杭は打たれるってヤツで、商売が成功すればするほど、俺のことを妬む者も増えていった。鈴木万太郎って知ってるか? あの日本最大の指定暴力団、山下組の組長だ。俺の属していた大川組は山下組に比べりゃ規模は小さい。だから、万太郎は目障りな俺を潰しにかかりやがった。しかし、俺は絶対に負けなかった。いつも先手を打って、アイツの無能な手下を全部闇に葬った。アイツは地団太踏んで悔しがったよ。ざまあみろってんだ」
「へー、爺ちゃんはそんな怖ろしいヤツだったんだ」
「しかしな、ある日、思いも寄らぬことが起こった」
「え? 何が起こったんだ?」
「虎次郎が死んだんだよ」
「虎次郎って?」
「俺の幼馴染みだ」
「幼馴染み?」
「幼馴染みであり、桜木トメの旦那だ」
「えーっ、もしかして祐樹の祖父ちゃん?」
「そうだ」
「虎次郎さんもヤクザだったの?」
「違う! アイツは最初からカタギだ。息子が生まれたばかりだったのに、俺が巻き込んじまったんだ……」
「そうなんだ……」
「万太郎は、卑怯なヤツだ。虎次郎が俺の幼馴染みだということを知り、ダンプカーで店に突っ込んで虎次郎を轢き殺した」
「えーーーっっっ!!!」
「アイツは何にもやってねぇのによ……。俺のせいで死んだんだ……。アイツはまだ、二十二だったんだ……」
太蔵爺ちゃんは、そう言って溢れ出る涙を手で拭った。
「俺は、本当の馬鹿者だった。俺はな、食いたい物を食いまくり、女も買いまくって、荒稼ぎをし、俺の邪魔をするヤツは絶対に許さず、安い賃金で他人をこき使い、何でも思い通りにして、ライバルを潰して来た。自分一人で頑張って金持ちになったんだという自負があった。そして、それが自分にとって最高の幸せだと思っていた。それなのに、虎次郎が死んでから、すべてが変わったんだ。俺と違って虎次郎はな、誰にでも親切で偉そうに振る舞うことなど一度としてなく、いつも人に感謝して生きていた。誰よりも真面目に働き、人に親切にする虎次郎のおかげで、傾いていた商店街の結束は固くなったし、売り上げも徐々に上がりつつあった。俺は虎次郎から色んなことを学んだ。自分は、自分一人じゃなく色んな人間に助けられて金持ちになったし、金が有り余ることが人間の幸せのすべてではないとな。それに気付いたのは、虎次郎が死んでからだったんだけどな……。虎次郎が死んだ時、近所中の者が、虎次郎の遺体にすがって泣きじゃくっていたよ」
「だから、爺ちゃんは、いつも俺に、年寄より先に死ぬなと言ってたんだな……」
「おう、そうだよ」
「爺ちゃんはそれでヤクザを辞めたんだ……」
「そうだ。馬鹿は俺だけでいい。お前はまともに生きろ。その方が幸せになれる。お前には、早苗も福田もお気楽そうに見えるのかもしれないが、アイツらも苦労はしてるさ。早苗は田舎から嫁に来て、慣れない商売を全部任されて、若い頃はよく店の裏で泣いてたのを見かけたもんだ。福田のコロッケ屋もだ。アイツも意地張って、昔から全然値上げをしてないだろ? それなのに、お前みたいなクソガキが、かっぱらっていきやがるからな。百円のコロッケにどれだけの利益があると思ってるんだ?」
「ああ、ごめん、ごめん。でも、爺ちゃん、それ、小学生の時だけだから! 今はやってないから!」
「当たりめえだ!」
「でも、爺ちゃんにそんな過去があったなんてな……」
「自分一人で生きていると思ったら大間違いだぞ! この商店街のヤツラ全員に世話になって育ったんだろうが! お前は色んな人間に生かされてるんだ。分かったか!」
「おう、分かったよ」
「分かったんなら、それでいい」
そんな会話をして、僕は駄菓子屋を出た。




