第三話 5
出来上がった料理は、カフェの壁際に設置された細長いテーブルの上に置かれ、他のテーブルは邪魔になるので中庭に運び出されて、カフェには椅子だけがずらずらと並んでいた。夕方になると、どっからこんだけ人が湧いてくるのかというくらい、カフェの中は大勢の人間で賑わっていた。洋品店の早苗おばちゃんもコロッケ屋の福田の親父も駄菓子屋の太蔵爺ちゃんも、その他商店街で都合の付く人間全部を呼び寄せているらしかった。店の中はジジイとババアの比率が高かったが、ステージ前の最前列の椅子は若い女の子が十人くらい陣取っていた。今週はチケットも販売されていなかったのに、どうやら祐樹がこれからライブをするらしいという噂が広まって、ファンの子たちが急遽駆けつけたらしい。
僕は、商店街の老人たちに囲まれ、「お前よく生きてたな!」とか「傷を見せてみろ」とか「何日寝てたんだよ?」とか質問攻めにあっていたが、やがてカウンターの横の扉が開くと、薄化粧をして全身黒づくめの物凄くカッコつけた祐樹とバンドのメンバーが現れ、その姿を見たファンの女の子たちは「ぎゃあああああっっっっっ!!!!!」と割れんばかりの歓声を上げた。僕と老人たちは、思わずしかめっ面をして耳を塞いだ。祐樹はマイクを持つと、「今日は、ルシックのライブに来てくれてありがとう!」と言うと、太蔵爺ちゃんは「こらあっ! 違うだろうがっ!」と叫んだ。
「というのは冗談で、今日は我が相棒、野崎亮の退院をみんなで祝いたいと思います!」
祐樹がそう言うと、どこからか「せーの!」と掛け声が掛かり、「退院おめでとう!」とみんなで叫んでくれたのだった。生まれてこの方、クズ同然の扱いしか受けてこなかった僕は、初めて自分がヒーローになった気がして妙に照れくさかったのだった。僕は、ただ、立ち上がって深々と礼をして椅子に座った。
やがて、祐樹はルシックのシングルメドレーを歌い始め、僕もしんみり聞き入った。祐樹の書いた歌詞は、随分とロマンティックだった。ガキの頃、鼻を垂らして泣きながら僕の後ろを付いてきたヤツが書いたものとは到底思えないような歌詞だった。いつの間に祐樹は、こんなにカッコよくなったのだろう? そんなことを考えていたら、隣りに座っていた太蔵爺ちゃんが僕に「お前、もうあんまりみんなに心配かけるんじゃねぇぞ」と話し掛けてきた。
「別に俺一人が死んだところで、他のみんなに何の影響もない気がするけどな」
「そんな訳がないだろうが」
「そんな訳があるだろうよ」
「おのれっ! まだ言うかっ!」
急に太蔵爺ちゃんが烈火のごとく怒りだしたのでびっくりしたのだが、優菜がまた話に割って入ってきて「亮ちゃん! ダメだよ! 謝って!」と叫んだ。優菜に言われた通り、僕は素直に「爺ちゃん、ごめん……」と謝ると、太蔵爺ちゃんの怒りは漸く収まった。
それから、一時間くらい経った頃、退院祝いパーティーは、無事お開きになった。片付けは、明日またみんなでやろうということになって、そのまま優菜と二人で帰路についた。
家に帰って、二人で食卓に向かい合ってコーヒーを飲んでいて、僕が「でも、どうして太蔵爺ちゃんはあんなに怒るんだろう?」とぼやいていたら、優菜は「ちゃんと理由があるのよ」と言った。
「どんな?」
「太蔵爺ちゃん、若い頃、色々あったみたい」
「そんな風に見えないけどな」
「まぁ、そうだよね。太蔵爺ちゃんも訳ありの人生なのよ」
「ふーん……」
「亮ちゃん、十七歳の時に、祐樹君と二人で原付に二人乗りしてて、その後、海に落ちたことがあったでしょ? それは覚えてるんだよね?」
「うん、そこまでは覚えてる」
「その後のことは覚えてないの?」
「うん……」
「あの後ね、太蔵爺ちゃんが亮ちゃんに説教したんだよ。その時に、自分の若い頃の話も亮ちゃんにしたみたい。私が亮ちゃんに話してあげてもいいんだけど、今度、芳子さんに催眠療法で、太蔵爺ちゃんの話を思い出せるように頼んでみたら?」
「そうだな……、この間、事故のことを思い出した時、結局記憶は全部戻らなくて、俺も思い出すなら、最初から思い出すほうがいいと思ったんだよな」
「そうなんだ。そのほうがいいかもしれないね」
「うん」
その晩、僕と優菜はこんな風な会話をしていたのだった。




