第一話 2
僕の母、野崎由美は十六歳で僕を産んだ。未婚の母だった。母は妊娠が分かっても一度も産婦人科を受診したことがなく、産気づいてから初めて、近所の人の手によって病院に担ぎ込まれたというあり様だった。小さな病院の中では、母が緊急入院したことで、医師、看護師、他の入院患者やその家族で騒然としていた。
待合室では患者の女性と、生後一ヶ月半の赤ん坊を抱えた女性が噂話をしていた。
「あの子、まだ十六歳なんだそうですよ」
「え? 今、分娩室に運ばれていった子?」
「ええ」
「お知り合いなの?」
「私が直接知ってる訳じゃないんだけど、主人の知り合いがよく行くレストランで働いてたらしくて、つい最近までお店に出てたらしいです」
「臨月でも働いてたってこと?」
「そうみたい」
「そうなの。大変だったわね」
「そうですねぇ。でも、良い子らしいですよ。だから、生まれてくる子もきっと良い子に育つんじゃないかな」
「そう言えば、あなたのお腹の子も後二ヶ月で生まれるんでしょう? 彼女の子と同級生になるわね」
「あ、そうですね」
「この子も同級生になるわね」
お包みの中で、すやすやと寝ている我が子を笑顔で見守りながら、その女性は言った。
「可愛い……。気持ちよさそうに寝てますね」
「そうねぇ。よく寝る子で助かってるわ」
「男の子さんですか?」
「ええ」
「私のお腹の子は女の子なんです」
「そうなのね。うちはこの子の上に五歳年上のお姉ちゃんがいて、私にも赤ちゃんの世話をさせろって大変なの」
「ふふ、いいじゃないですか。女の子って可愛いですね。弟が出来て嬉しいんでしょう」
「そうだと思うわ。私も主人もね、この子が家に来てから、救われたような気がしてるの」
「?」
「でもね、この子、ちょっと病弱で……。だから、今日は大きい病院で診てもらうために、ここの先生に紹介状を書いてもらいに来たの」
「そうなんですか……」
「元気になったら、みんなに遊んでもらわなくちゃね」
「そうですね。同級生なんだから、みんなで仲良くしなくちゃ」
「そうね。仲良くしなくちゃね」
病院の待合室で二人の女性がそんな会話をしていた時、分娩室で「おぎゃー」と赤ん坊が産声を上げた。医師や看護婦の「おめでとうございます!」と言う声が辺りに響いた。二人は顔を見合わせて笑った。