第一話 16
それからどうなったのか、全く覚えていない。どうやら僕は記憶を失ったらしい。しかも、目が覚めた時、知ってるような知らないような人間ばかりが僕の周りを取り囲んでいて、ある人間は僕にしがみ付いて泣いていた。その人間が僕に向かって言った。
「よ、良かった! 目が覚めたのね! 私が誰だか分かる?」
僕の顔を泣きながら覗き込んでいる中年の女性が僕に言った。母かと思ったがどう見ても母ではない。僕は誰なのか分からず、しかめっ面をして、その女性の顔をじっと見つめていた。
「優菜よ!」
「え、優菜?」
「そう、優菜」
「優菜って、もしかして生島優菜?」
「う、うん……」
「ええっ!?」
「じゃあ、僕は? 僕は誰だか分かる?」
これまた中年の男性が僕に訊いた。僕はやっぱり誰だか分からなくて、ゆっくりと首を振った。
「桜木祐樹だよ」
僕が知っている祐樹と似ても似つかない人間の顔がそこにあった。僕は、暫く考え込んでいたが、もしかして!と思い「鏡を見せてくれる?」と言った。優菜だという女性はベッド脇のサイドテーブルの抽斗の中から鏡を取り出し、僕に差し出した。僕は鏡の中を恐る恐る覗き込んだ。するとそこには、昨日まであった十七歳の自分の顔ではなく、見知らぬ中年の男の顔があった。僕は「うそーーーーーっっっっっ!!!!!」とその鏡の中の顔に向かって叫んでいた。