最終話 10
僕は、長い長い夢を見ながら、涙を流していた。夢を見たおかげで、忘れていた記憶が一気に蘇った。事故した時にも同じ夢を見ていたのだと思う。けれども、あの時は泣けなかった。それなのに、今回、どうしてだか涙が止まらないのである。
優菜、ごめん。僕は君のことを誤解していた。君だけは、悲しみを知らない幸せな人間なんだとずっと思っていた。だけど、妹を失った悲しみを知っていたからこそ、子供の頃から今まで僕をずっと心配して見守ってくれていたんだね。僕は、どうしてこんなに大事なことを忘れてしまっていたんだろう? ダビデの森の願いを叶えられるのは、本当の悲しみを知っている人間だけだったんだ。きっと神様が、可哀想な人間を憐れんで、願いが叶うチャンスをくれたのだろう。
優菜、今までありがとう。優菜に巡り会えて本当に良かった。でも、僕を見守ってくれていたのは、優菜だけじゃなかった。優菜の他に一体、どれだけ多くの人が、とるに足りない僕のために、無償の愛を注いでくれたのだろう? 僕はそのことに気付かず、今まで生きていたのだ。きっと、この世には、誰にも気付かれず見過ごされてしまった愛が、たくさんあるに違いない。電車の中でお年寄りに席を譲ろうかどうか迷っている若者、病気と闘っている友人を励ましたいのに他に言葉が見つからず「頑張って」と声を掛けることを躊躇っている人、痛ましい事故や事件のニュースに心を痛めている人達、そんな日常の光景の中にだって、本当は人を思いやる愛情に満ち溢れているじゃないか。
僕は、夢から覚めることが出来ず、ずっと目を閉じたまま、涙を流してベッドに横たわっていた。