第九話 13
僕はその手紙を読み終えると、優菜のいる病院へ向かった。優菜の目は、まだ見えないままだった。しかし、検査の結果、網膜剥離の恐れはないということで少し安心した。
優菜は僕が病室に入ると笑顔になった。僕は、美帆に用意して貰った優菜の花の白い薔薇、レディユーナをを花瓶に飾った。
「あ、レディユーナだ」
「え、匂いでわかるのか? すげーな」
「職業柄、わかっちゃうのよ」
「そっか。これ、優菜の花だって美帆が言ってたよ」
「同じ名前だからね。亮ちゃん、ごめんね、今日も忙しかったんでしょ。いや、そうでもないよ。仕事が暇だったから、また芳子さんに催眠療法をやって貰ってた」
「どうだった? いっぱい思い出せた?」
「うん、まぁ……」
「また、祐樹君が出てきて、亮ちゃんを怒り飛ばしてたの?」
優菜は、笑いながら、僕にそう言った。
「いや、今日は祐樹はほとんど出てこなかった。お袋が出てきたよ」
「そうなんだ……」
「お袋の葬式の時、俺より優菜のほうがずっと泣いてて、ありがたかったよ」
「亮ちゃんだって、泣いてないだけで、悲しんでたよ。私より悲しんでた。当たり前じゃない」
「……」
「亮ちゃん、お母さんが書いた手紙のあるところ知ってる?」
「うん、催眠療法で思い出したから、さっき読んだよ」
「そう。お母さん、亡くなる少し前にね、病室で色んなことを私に話してくれたの。その話と同じようなことが手紙に書かれてるって教えてくれたの」
「お袋は幸せだったんだろうか?」
僕は、手紙に同封されていた二十二歳の母と六歳の僕と三歳の秀の三人で笑顔で写っている写真を見ながら、そう呟いていた。優菜は僕のその言葉を聞き、「幸せだったと思うよ」と言った。
「秀は、今どこにいるんだろう?」
「お母さんが亡くなるまでは、ちゃんと手紙が届いていたの。でも、お母さんが亡くなってから音信不通になってしまったのよ。手紙にあった住所を訪ねてみたけど、引越したみたいで、違う人が住んでた」
「優菜、もしかして捜してくれたのか?」
「うん。だって、箱を掘り返して中を見てしまったんだもの」
「箱?」
「うん、ダビデの森の箱」
「そうか、やっぱり優菜が掘り返したんだな」
「ごめんなさい。私、嘘吐いてた。どうしてだか、掘り返したって言えなかったの。でも箱を掘り返したから、きっと亮ちゃんの願いは叶うと思う」
「……そうだな。優菜、色々ありがとう」
三十年前にダビデの森に埋めた僕の願いごととは、「弟に会いたい」というものだった。
「優菜、祐樹の願いごとは何だったんだ?」
僕がそう言うと、優菜は、神妙な顔になり黙っていたが、暫くして口を開いた。
「おじいさんになるまで生きていたい」
優菜はそう言うと、また黙り込んだ。僕もその言葉を聞いて胸が詰まった。しかし、「箱を掘り返したんだから、祐樹の願いは叶うよな?」と僕は言った。すると、優菜は「勿論、叶うと思うよ」と笑顔で答えた。そして、僕はまた優菜に質問した。
「優菜の願いは?」
「……」
優菜は、またもや黙り込んでいる。
「こら、黙ってるなんてずるいぞ」
僕がそう言うと、優菜は「亮ちゃんとずっと一緒にいられますように」とぶっきらぼうに言うと、優菜は身体の向きを変え、目を瞑って寝たふりをした。僕は、優菜のその言葉を聞いて唖然としたが、幸せな気持ちに一人で浸っていた。