表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワイライト 第三版  作者: 早瀬 薫
102/133

第九話 5

 そして次に、若かりし頃の母が現れた。母は疲れているのか、それとも病気にかかっているのか、フラフラと寝床から起き上がると、パジャマを着たまま、冷蔵庫から食材を取り出し、調理を始めた。僕と弟は、もうすぐご飯が食べられるということで、その弱々しい母の後姿を不安と期待を込めた気持ちで眺めている。母は、茹でて潰したジャガイモやキュウリや林檎やゆで卵や缶詰のコーンやツナやマヨネーズを使ってポテトサラダを作り、その後、人参と玉ねぎや鶏肉と冷や飯とケチャップでチキンライスを作った。それで終わりかと思っていたら、冷蔵庫から卵を取り出し、チキンライスを薄焼き卵で包んでオムライスを作ってくれた。母は、出来上がったポテトサラダとオムライスを前に「あーあ、これで食材が全部無くなっちゃった」と言って笑った。いつもインスタントラーメンやレトルトのカレーライスなど、簡単なご飯しか食べたことがなかったので、僕も弟もご馳走を目の前に驚いていた。そして、小さなテーブルで三人で笑いながら食事をした。弟は余程嬉しかったのか、スプーン片手に部屋の中を笑いながら、走りまくっている。僕も調子にのって、弟を追いかけていた。母は「スプーンはダメ! 持って走ったら危ないでしょ!」と怒り、弟から取り上げた。そして、「これからお出掛けするから、秀君はこれに着替えなさい」と言って、タンスから真新しい洋服を取り出し、弟に着せ始めた。僕にも新しい洋服があるかと思ったので、「僕のは?」と母に訊いたら、「ごめん。亮君はいつもの洋服で我慢して。お母さん、貧乏だからお金がないの」と言ったので、仕方がないかと思って、自分でタンスから洋服を取り出して着た。そして、母は驚いたことに、小さな子供用のリュックの中に、お菓子をいっぱい詰めてそれを弟に背負わせた。弟はそのリュックを背負って、さっきより喜んではしゃいでいた。僕も嬉しくなって、走り回る弟をまた追いかけ回していた。母もパジャマを脱いで、いつもより少しだけおめかしをしている。みんなが着替えたので、僕は「さぁ、出掛けよう」と言ったら、母は「違う違う、迎えに来てくれるの。だから、もう少し待ってて」と言った。僕は「誰が迎えに来てくれるの?」と訊いたが、母は黙ったままで、答えてくれなかった。そのうち、玄関のチャイムが鳴り、見知らぬ五十代くらいの女の人と夫婦とみられる四十代くらいの男の人と女の人が訪ねてきた。この人達を見た瞬間は、ニコニコしていて優しそうな人たちだなと思った。弟は、この人たちに会ったことがあるのか「あ、おじちゃんだ!」と言って、喜んでその男の人に飛びついていた。そして、弟は真新しい靴を履き、母も僕も靴を履いて外に出た。外には、白いワンボックスカーが停まっていた。そして、女の人二人が先にその車に乗り込み、男の人は嬉しそうに弟を抱え上げると、女の人が待つ車の中へ弟を降ろした。僕も一緒に乗り込もうとすると、母が「亮君は違うのよ!」と言って、僕を引き寄せた。そして、母は、僕が身動きが取れないほどに、後ろから僕を力強く抱きしめた。僕は、その痛いほどの母の抱擁に酷く動揺していた。僕は、「えっ? なんで?」と言って、母の顔を下から眺めていたが、母はグッと唇を結んだまま、僕の質問に答えてくれない。そして、白いワンボックスカーの扉が閉まり、エンジンがかかった。母は「秀をどうかよろしくお願いします!」と泣きながら叫んでいた。車の中の男の人は顔をしかめ、女の人二人は母同様泣いている。秀までもがびっくりして泣いていた。そして、自分を抱いている女の人の手から逃れようと暴れはじめた。それを見た母は、深く頷いて男の人に合図し、男の人も母に深く会釈して車を発車させた。その瞬間、僕は、母の手を振りほどき、白いワンボックスカーを追いかけていた。どこまでもどこまでも追いかけた。引き離されて、車の姿が見えなくなってもずっと追いかけていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ