偉大なるジョニー~人食い竜討伐~
偉大なる英雄の話をさせてくれ。
彼の名前はジョニー・ザ・グレート。木刀一本でどんな困難も切り開く奇跡の男だ。
二メートル近い長身に、鍛え抜かれた筋肉の鎧を身にまとった大男だ。くすんだ金髪に、野獣のようなルビーの瞳。どんな環境でもボロボロのジーンズとシンプルなシャツだけで過ごすのは、彼のポリシーらしい。よくわからないこだわりだが、英雄というのは一般人とはどこか違うのだろう。
本日話すのは、彼が人食い竜からとある村を救った時の話だ。
◆
その日、気持ちよく寝ていたジョニーは、物音で目が覚めた。
偶然見つけた小さな村の、オンボロ宿だ。寝床さえあればどこでも眠れるジョニーは、そんな安宿に好んで泊まる。
もともと荷物の少ない気ままな一人旅をしている身の上だ。荷物を盗まれたとしても、大した被害もない。そもそも彼から何かを盗むなんて事は不可能に近い。
気ままな一人旅をしているジョニーにとって、夜の支度もお手の物だ。安全な場所の確保、周囲の警戒など、ジョニーは鼻歌交じりでこなしてしまう。それほどジョニーは旅に慣れており、それほどジョニーの感覚は凄まじい。
そんな彼の感覚に、小さな物音が引っかかった。
泥棒か? そう思った彼だが、どうも違う。何かを漁っているような音は聞こえない。
代わりに聞こえてきたのは、何かを引きずる音だ。ズリズリと、外から聞こえてくる。
荷物でも移動させてるのだろう。そう思った彼は、気にせず眠ることにした。
それが間違いだったと、ジョニーは眠ったことを後悔することになる。
次の日の朝、事件は起こっていた。
農家のベルの所の次男が、右手だけを残して姿を消していたらしい。
ベルの家の近くには、大きな足跡があったそうだ。それを見てジョニーは、人食い竜だと確信した。
人食い竜とは、なんでも食べる肉食の竜のことだ。全長は二十メートルにもなるだろう。強靭な後ろ脚で立ち、鋭い爪を持つ前脚で獲物の命を刈り取ってしまう。長い尻尾を薙ぎ払えば、小屋の一つや二つはボールでも投げたように吹き飛ばされる。
人食い竜はどこにでも生息している。森の中でも、平野でも、草原でも、どこでも生きていける。
そして、人食い竜の食欲は凄まじい。いつも何かを食っている。おまけに頭もいいから、人間が集まる場所には近づかない。
人食い竜と言われているが、実はそれほど人が食われた被害は報告されていない。いや、人が食われることがあるのは事実だが、名前ほど被害は多くない。人食い竜にとって、人は餌じゃなくて、警戒するべき対象なのだ。
そんな人食い竜が人の集まる村に来るってことは、ほとんどの場合、餌が見つからない時だ。餌がない時、人食い竜は食うために何でもする。
人を食うというのは、その典型だ。その際、人食い竜はこっそり人の住む場所に近づいて、誰にも気づかれずに人を食ってしまう。でかい図体をしながら警戒心まで持ち合わせているのだから、たまったものじゃない。
だから、今回の事件も、人食い竜の仕業に間違いないとジョニーは確信した。舌打ちを一つしたジョニーは、すぐに村長のもとに向かった。人食い竜について聞くためだ。
人一人を食った程度で、人食い竜が満足するはずがない。更なる犠牲が出ることは間違いないと言ってもいい。早い内に対処しないと、被害者は増える一方だ。それを防ぐためにも、行動は早い方がいい。
「村長、いるかい?」
「おや、旅人さん。如何なされた?」
ジョニーが村長の家を訪ねた時、村長は若い男と何か話しているようだった。今回の事件のことについて話し合っているのだろうと、ジョニーは思った。
「今回の事件、人食い竜の仕業だな? あいつらはどこにいる?」
「旅人さん、心配なさるな。人食い竜については、騎士に討伐を依頼しますから」
「その必要はないと言ってるんだよ。この俺が討伐してやる。村長、あんたは宴の準備をして待ってればいい」
ジョニーの言葉に、村長は言葉を失う。こんなことを言ってきたのは、ジョニーがはじめてだった。
ありえないと、村長は即座に思った。人食い竜を一人で討伐できる人間など聞いたことが無いと。
だが、ジョニーの余裕が村長の思考を鈍らせる。この人に任せればと、そう思ってしまう何かがジョニーにはあった。
ジョニーが人食い竜を討伐できる保証はない。しかし、騎士団に依頼したとして、村にたどり着くまでどれだけかかるかわからない。そして、その間に村人にどれだけ犠牲が出るかもわからない。
思考の迷宮に迷い込んだ村長だったが、そんな村長に村人が声をかけた。村長と話していた若い男だ。息を荒くした若い村人は、勢い良く村長に詰め寄る。
「待て、村長。俺はこいつを信用できない。人食い竜を討伐するなんて言いながら、逃げられたりしたらどうするんだ?」
なるほど、その心配ももっともだ。偉大なるジョニーにしてみれば、人食い竜は兎のような獲物にすぎない。しかし、若い村人からすれば恐ろしい怪物だ。恐怖で足がすくみ、食われることしか出来ないだろう。
「おいおい、そんなことするわけないだろ。自分から言い出しておきながら逃げるなんて無様なことはしないさ」
そんなジョニーの軽い様子も、若い村人の不安を煽るのだろう。深刻な問題も軽く言ってのけるジョニーの余裕が、トラブルを呼び込んだのは一度や二度ではない。だが、そんなトラブルも鼻歌交じりで乗り越えてしまうのがこの男である。質が悪いにもほどがある。
「信じられるわけがない」
「信じていいぜ、駄目でも俺が食われるだけだ」
「クロッソよ、やめろ。旅人さんも申し訳ない。あなたの手を煩わせることはありません」
「へぇ……なら、信用があればいいのか? 倒したと証明すればいいかい? 首でも持ってこようか?」
「いいや、いらん。俺がついていく。あんたが人食い竜をぶっ殺すところを、俺が見届ける」
若い村人――クロッソの宣言に、村長は目を見開き、ジョニーは口笛を軽く吹く。そして、面白そうにクロッソを見つめた後、笑いながらこう答えた。
「そうかそうか、いいね、よろしく頼むよ」
「俺の目が黒いうちは、あんたは逃さない。もし逃げたら、どこまでも追いかけてあんたを殺した後、世界一の詐欺師だと国中に喧伝してやる」
「ますます面白い、是非やってくれ」
こうして、ジョニーとクロッソの二人は、人食い竜を討伐することに決まったのだった。
勝手に決めた二人に対して、村長は頭を抱えることしかできなかった。
村長から人食い竜のことを聞いたジョニーは、木刀一本を持ってすぐにその場所に向かった。ジョニーに食いかかった村人のクロッソも、その後を追う。
人食い竜は群れを作るが、人の姿を見ると逃げていく。人に近づいてくるのは、人を餌と思っている人食い竜くらいだ。つまり、ベルの次男を食った人食い竜くらいだということである。
人食い竜が生息している森までは、人の足でおよそ四時間。そこに行って近づいてくる人食い竜を討伐すれば、他の人食い竜は自然に逃げていくはずである。凶暴な人食い竜だが、それに似合わない警戒心も持ち合わせているのだ。
クロッソは猟師をしているらしく、いつもは人食い竜の生息地から少し離れた森で狩りをしているらしい。そのため、片道四時間の道を息一つ切らすことなくジョニーについてきた。
「元気だな、頼りがいがある」
「言ってろ、あんたのことをこの目で見定めてやる」
そんな軽口を叩きながら、少し早いペースでおよそ三時間半。彼らはその場所にたどり着いた。
森の直ぐ側にある平原。それが、人食い竜たちの生息地だ。
「いつもはそこの森で狩りをしている。人食い竜も普段は森の中に入らない。近くにあるが、実はそれなりに安全だ」
もちろん、それなりであって、危険がないわけではない。森の中から人食い竜を見つけたのも一度や二度ではないそうだ。
ふと、ジョニーはそれに気がついた。足元にある赤い液体。鮮やかなその液体は、見る限りつい最近落ちたもののようだ。
ここは、人食い竜の生息地である。となれば、その液体が何なのかは、言うまでもない。
「近くにいるな」
「なんだと?」
ブルリと震え、クロッソが後ずさる。勇敢なクロッソだが、命の危険が目の前まで迫っているとなれば、穏やかな心境ではいられない。
猟師の性だろうか。もしくは、平原よりは安全だと思っているからか。クロッソが森の方を見る。今にも走り出しそうだったが、どういうわけかその足を止めていた。
その理由を、ジョニーは既に気づいていた。
「……なあ、あんた」
「わかってる」
猟師として長い間森と共にあったからだろう。クロッソは森の異変をすぐに察した。ジョニーは森について全く詳しくないが、森の方から発せられる強烈な殺気が突き刺さることで、森の中にそれがいることを感知していた。
不敵にジョニーが笑う。探す手間が省けたからだ。ウロウロと平原を彷徨ってそれを探すなど、ジョニーはゴメンだった。
「さあ、来な。トカゲ野郎」
それが合図となったのだろう。
物理的な衝撃を伴う咆哮が、二人を襲った。
クロッソは尻餅をつき、ジョニーは咆哮の聞こえた森をまっすぐに睨む。来る、という直感があるのだ。そして、それは間違っていない。
弾丸のように飛び出してきたのは、人の数倍はあろうかという巨体だった。二メートル近い長身のジョニーだが、その二倍も三倍も大きい。
人食い竜である。
木々をなぎ倒しながら飛び出してきた人食い竜は、自慢の鋭い爪をジョニーに振るう。ジョニーを障害と認識しているのだ。腰の抜けたクロッソは、人食い竜にとって餌にすぎない。餌にありつく前に、まずは障害を排除する必要があると、人食い竜は考えていた。
鋭い爪は、どんなものでも紙のように切り裂いてしまうほど強力なものだ。人間程度であればかすっただけでミンチになってしまうが、残念ながら大振りすぎる。皮一枚で避けるほどの余裕がジョニーにはあった。
だが、もう片方の爪がジョニーを襲う。これを避ければ今度は噛みつきが待っている。爪と同じように、人食い竜の噛みつきはどんなものでも噛み千切る。いくらジョニーと言えど、噛まれれば一巻の終わりだ。
しかし、ジョニーは焦り一つ見せることなく、人食い竜の動きを見切っていた。
「フッ!」
鋭い呼気とともに一閃。狙うは振るわれた前脚だが、ジョニーには人食い竜と力比べをする気はない。ジョニーの木刀は狙い通り、正確に人食い竜の前脚の末端、その爪を直撃した。
人というのは、それほどの一撃を叩き出せるものなのか。ジョニーの強烈な一撃は、何と人食い竜の動きを止めてみせたのだ。一瞬動きを止めた人食い竜の隙をジョニーが逃すはずもなく、一撃、二撃、三撃とさらに木刀を叩き込んでいく。
そして、五回も叩き込む頃には、人食い竜の自慢の爪はボロボロに破壊されていた。しばらくはその爪で獲物を狩ることはできないだろう。
更に追撃。高く跳んだジョニーは、人食い竜の間抜け面に対して、木刀を鋭く叩き込んだ。
グラリと巨体を揺らす人食い竜。牙も何本か中を舞う。人食い竜がたたらを踏むが、その巨体を揺らしただけで倒れることはなかった。
窮鼠猫を噛む。その言葉通り、追い詰められた獣は何をするかわからない。追い詰めたわけではないが、ジョニーの攻撃は人食い竜を怒らせるのには十分だった。
再度の咆哮。そして噛みつき。人食い竜は怒りで痛みを忘れ、更に攻撃の勢いも激しさを増している。下手に手を出せば、攻撃を食らいながらジョニーの身を引き裂くだろう。
だから避ける。人食い竜の攻撃をモロに食らってしまえば、ジョニーとてただではすまない。人食い竜のリズムを読み、反撃の隙を探し出す。
噛みつき、爪、尻尾による薙ぎ払い。人食い竜の猛攻を避け、防ぎ、流し、亀のように守りを固め、冷静に人食い竜を観察する。
そして、見つけた。狙うのは薙ぎ払い。人食い竜の長い尻尾がジョニーを捉えるその瞬間、ジョニーは跳び、人食い竜のはるか上空へ舞った。
避けられたと判断した人食い竜がジョニーの方へ体を向けるが、そこに既にジョニーの姿はない。人食い竜がジョニーを見失っている間に、勝負は決した。
重力を味方につけた、上空からの隕石のような一撃。それは正確に人食い竜の頭部に命中し、人食い竜の頭蓋骨を破壊し、頭蓋骨に守られていた小さな脳も破壊し尽くした。
一秒か、二秒か。そのくらいだっただろう。立ち尽くしていた人食い竜の体がグラリと揺れると、人食い竜は静かにその身を横たわらせた。
「よし、終わり」
いい運動でもしたと言うように軽く言うジョニーだったが、それを見ていたクロッソは言葉を失っていた。
人食い竜は恐ろしい怪物だ。討伐できるわけがない。クロッソは、子供の頃からそう思っていた。子供の頃、人食い竜を遠目で見たあの時から、そう思い続けていた。
だが、いるのだ。人食い竜を討伐できる英雄というのは、存在するのだ。
鼻歌交じりで人食い竜を討伐した男の名前はジョニー・ザ・グレート。この男こそ、英雄と呼ぶに相応しい男に違いない。
もっとも、見るからに軽そうな男である。賞賛することはできるが、尊敬という感情を持つことはできそうにないと、クロッソは頭を振った。
ともあれ、これで目的は完了した。ジョニーは見事に人食い竜を討伐したのだ。
この周辺に群れを作っていた人食い竜も、ジョニーが戦う姿を見て逃げていったようだ。しばらくこの周辺に人食い竜が姿を表すことはないだろう。
食われたベルの次男の敵も取った。農家のベルも、きっと喜んでくれるだろう。
そして、帰ったら村を上げての宴が開催されるはずだ。小さな村だったが、オンボロ宿で食べた食事が美味かったことをジョニーは鮮明に記憶している。
「敵は取ったぜ、少年」
少しの間瞑目したジョニーは、小さく呟くと、村に向かうために踵を返した。
さあ、村に戻ったら宴が待っている。盛大に騒いでやってこそ、供養になるというものだ。
◆
これが、ジョニーの英雄譚の一端だ。楽しんでくれたなら嬉しいね。
え、彼がどこにいるのか? さあ、知らないよ。私は彼の友人だが、会いに来るのはいつも彼の方からだ。私は彼の居場所を知らない。
そのうちひょっこり来るんじゃないかね。彼はいつもそうだ。自由気まま、風のように、彼は人々を救いながら世界を旅して回っている。
彼に会えたら、酒でも奢りながらこう言うといい。偉大なるジョニーの話を聞かせてくれってね。
きっと、彼は上機嫌で話してくれるだろう。
じゃあ、さよならだ見知らぬ友人。ジョニーと会えたら、トーカーが会いたがっていたと伝えてくれ。




