奴隷といっしょ
本日、奴隷を買いました。
処分品で、多分誰も買わなきゃ廃棄されるような、そんな奴隷を。
「生きてる?」
小さぁーく胸が動いて呼吸はしてるけど、ガリガリに痩せていて動かない。そして汚い。
洗……ったらそのまま死にそうなので、とりあえずベッドへ新しい敷物を敷いて寝かせてみた。
掛け布団は汚れそうなので剥いで、お湯で濡らしたタオルで体を拭いてやる。
手足に擦り傷が沢山。小さく膿んでるものもあった。
消毒してたらカタカタ震えているのに気づいて慌てた。熱がでてる。布団、もっと布団!
もっこもこにした後で、何で掛け布団剥いだのかを思い出してへこんだ。こりゃ明日は寝具一式買いに走らねば、と。
「う……ぅ」
「お、起きた?」
返事が無い。呻いただけだったか。
医者を呼びたいが、奴隷を診る医者はいないので、出来る限り不眠不休で看病してみよう。ダメなら諦めて新しい奴隷を買おう。
三日三晩、呻き声ひとつ聞き逃さず看病してたら、瞬きした瞬間落ちた。
「……ぬ、ぅう……うを!」
ベッドに上半身を預けて眠りこけていたからか、起きると目の前に奴隷の顔がドアップになっていた。目が開いてる。
「おは、おはよう」
「……っ……あ……」
パクパク口を開閉しながら掠れて理解出来ない声を出す奴隷に、水に浸けたガーゼを咥えさせてみた。おお、飲んでる。
噎せそうになる度に休憩して、またガーゼを濡らしては口元へ引っつけていると、なんだか親鳥のような気分になった。
皮と骨になった手に指を握らせてみると、弱々しく握り返される。うん、生きてる。
「君を買ったんだけど、分かるか?」
キュッと握られる。
あぁ、もしかして返事のつもりかな?
「気分は悪い?」
指は握られない。うん、やっぱり返事のつもりらしい。
良かった、と呟きながら坊主にされた頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じた。
男も女も、愛玩奴隷以外の奴隷は丸坊主で哀愁が漂う。
邪魔にならないようになんだろうけど、髪くらい好きにさせてやるばいいのに。頭を撫でるとザリザリして触り心地が悪いんだよ。
よし、ウチの奴隷は髪を生やしてお洒落させよう。愛玩用じゃないけど、奴隷に拒否権は無いからいいよな?
「熱冷ましの薬、飲めるか? すっげぇ苦いけど」
目を閉じたままの奴隷がキュッと指を握る。よし、意識のある今のうちに飲ませよう。
大急ぎで熱冷ましの薬湯と蜂蜜を用意して、ベッドへ戻る。
「……起きてるか?」
再びキュッ。
ガーゼに薬湯を浸して口元にやると、少し眉を顰めながらも飲んでくれた。苦いよな、それ。でもよく効くんだぞ。
「ほら、ご褒美」
蜂蜜の壺に指をチョンとつけてから口へ突っ込んでやる。
一瞬目が開いて、チュウチュウ吸われた。ヤバイ堪らん。いっぱいあげるから慌てるな。
◆
それからひと月、奴隷は若いらしく頑張って回復してくれたお陰で、体を起こせるようになった。
元々無口なのか、無口にさせられたのか、奴隷は受け答えしても自分から話すような事は無かった。ちょっと寂しい。
でもまだひと月だ。この先何年も一緒に居たら、自分から話してくれる事もあるだろう。
「おはよう! 今日は良い天気だぞ」
「はい」
「飯は食えそうか?」
「いただきます」
固形物が食べられるようになってからの回復は早かった。
いまだに骨が主張する体だけど、最初より遥かにマシだ。皮にシワがないからな。
「食って寝て、体力回復させたら体を拭こうか」
「はい、ご主人様」
まだスプーンを持つと手が震えるので、食べさせるのは主人の役目。
飯を掬ったスプーンを口元へ近づけると、恥ずかしそうにしながら口を開く。堪らん。
スープの時にはチュルッと音を立ててスプーンを吸って飲み干す。腹がいっぱいなのか、時折「ふぅ」とため息を吐きながら休憩し、ゆっくり確実に皿の中のものを食べ終えると、奴隷は横になった。
「全部食べたな、偉いぞ」
ご褒美の蜂蜜を見せると目が輝いた。腹がいっぱいでも、この蜂蜜は別腹らしい。
指に蜂蜜を絡ませて口元へやると、パクッと咥えられ、赤い舌が指先を擽った。
「美味いか?」
「ん、うぅ」
指を咥えたままだと口でも頭でも返事が出来ないと思ったのか、奴隷は細い指で袖をギュッと握ってきた。ヤバイなこれは、ぎゅうぎゅう抱きしめてワシャワシャ撫でたくなる。
何度かダメかもしれないと思ったが、諦めずに世話をしてきて良かった。
お前も、生きたいよな?
あまり感情を出さない奴隷の頭を撫でてやると、いつの間にか指に吸い付いたままスースー寝息が聞こえて、思わず顔が綻んだ。
こんなにも真剣に、誰かの為に何かをしたことは無かったかもしれない。なのに辛いとも思わず、むしろあたたかい穏やかな気持ちにさせてくれる。
廃棄寸前だったけど、この奴隷を買ったのは正解だった。
暫く寝顔を楽しんでから、湯の準備をする。
本当は直接湯の中へぶち込みたいところだけど、流石にまだ無理だ。
タライに入らないくらいデカくなったらぶち込んでやろう。
湯の支度が終わり、桶にたっぷりの湯を汲んで戻ると、奴隷はまた半身を起こしていた。
自分で起き上がれるようになった事に、改めて気づく。
「んじゃ布団剥ぐぞ、風邪ひくなよ」
ちょっと無茶を言いながら、顔にほかほかタオルを押しつけた。
奴隷はタオルを受け取ると、腕をぷるぷるさせながら必死で顔を拭う。
布団を剥がし、タオルをふんだくって拭き直していると、カーテンが揺れて陽射しが掠り、奴隷が眩しそうに目を細めた。
「お前の目は綺麗な緑だな」
「そうなんですか?」
「知らんのか?」
「見る機会がありませんでした」
「そっか。綺麗な緑だよ」
奴隷の口角がちょっとだけ上がる。控えめな感情表現に、思わず苦笑した。
「さ、次は腕上げて、肩を貸してやるから乗せとけ」
首、鎖骨、肩を拭き、ゆっくり円を描くように胸も拭く。
最初は埃に塗れていた肌も、ほぼ毎日体を拭いていたからか、今では綺麗な肌色だ。
「体の痺れはどうだ?」
「足が……まだ」
「足か、麻痺したままだな」
奴隷の左足には麻痺が残った。見た目に酷い傷は無かったが、当初の状態になるまでに、何かしらあったのかもしれない。
体を拭き終わり、新しいタオルに取り替えて頭を蒸す。髪はまだ黒の坊主頭だ。最初は地肌の見える灰色坊主頭だったから、ちゃんと伸びてる。
蒸らした頭をそのままゴシゴシ拭いて、貫頭衣を着せて終了。下着は無い。
「寝るか?」
「起きてます」
体力もだいぶついてきたかな?
奴隷は窓の外を眺めて気持ち良さそうだ。
「何かあれば呼べ」
「はい、ご主人様」
呼ばれたこと、ないけどな。
今日は天気が良いから、今のうちに薪割りをしとこう。
ガスっと木材に斧をめり込ませる。一刀両断が出来ないから、斧に木材を嵌めたまま地面に叩きつける。ほら真っ二つ。
ガスっパコーン、ガスっパコーン。のどかな音とは裏腹に、やってる本人は汗だくで必死の形相です。後で水浴びだな。
「よぉー、野菜持ってきたぞ」
「ん? あぁ悪いな」
「余ってっから、気にすんな」
近所のじいさんが籠いっぱいの野菜を持ってきた。助かる。今度何かお礼をしないとな。
「んでぇ? 奴隷はどうなった?」
「もう体を起こせるようになったぞ」
「酔狂よな、何でお前が奴隷の世話してんだい? 普通逆だろ」
「いいんだよ、世話してるのも楽しいんだ」
「相変わらず変人だなぁ」
変人でけっこう。
いまだに奴隷1人持たないじいさんも変人だ。
普通、成人して家を出たら奴隷1人くらいは買うもんだろ? 親から祝に買ってもらえる事も多い。なのにじいさんはじいさんになるまで奴隷を持ったことが無い。変人で、良いじいさんだ。
じいさんを見送って、薪も出来た。水浴びしたらじいさんに貰った野菜でスープを作ろう。
◆
のんびりした田舎町の雰囲気は好きだ。
親元を離れ、15年放浪したので奴隷はいなかったが、この田舎町に定住を決めて奴隷を買った。
空気も良い、景色も良い、慌ただしく無いのが何より良い。
更にふた月経って、奴隷を買ってから三ヶ月が過ぎた。
「今日は川魚を貰ったんだ」
「美味しそうですね」
「上手く出来たろ、味も保証しよう」
「いただきます」
奴隷はリビングまで歩いて来る。麻痺が軽く残って、左足は引きずるがもう歩けるのだ。
念願叶ってタライに張った湯の中にぶち込むことも出来た。石鹸を使って洗ったら、しばらくして痒みが出たのには慌てたけど。乾燥防止の保湿軟膏を塗ったら治まった。皮脂をだせ。
よく食べるようになって、顔も体も人間に戻った。今は痩せ型くらいの体型で、コソコソ体力作りをしているのを見かける。
青白い肌は綺麗だと思うが、日中外で庭掃除をしたりして、必死に肌を焼いていた。健康的に見られたいらしい。
髪は短髪だ、もう丸坊主じゃない。でもまだまだ男にしても短い髪なので伸ばす。毎日頭皮を揉んで、さっさと伸びないか神様にもお願いしてる。
ふっくらしてきた顔があまりにも可愛かったから、せめて肩位まで伸ばしたい。絶対似合う。
「手が荒れたな」
「そうですか?」
「庭に居すぎだろ、肌も焼けてきたし」
「せっかく動けるまでにしていただいたので、ご主人様の役に立ちたいんです」
「健気だねぇ」
ワインを飲みながら魚をつまみ、奴隷をじっと見る。
どっから見ても可愛いんだよなー。なんで労働奴隷だったんだ。愛玩用でも通用しそうなもんだけど。
可愛いので頭も撫でる。ああすまん、食べづらいか。
「まだ短いが、触り心地が良くなったな」
「毎日揉まれてますから。痛いですけど」
「愛情の痛みだな」
「そうなんですか?」
訝しげに見られたので頷いておく。もう少し優しくしよう。力加減が難しいな。
「もう少し伸ばそうな、お前は可愛いから長い方が似合う」
「かわいい……」
「うん、可愛いぞ」
「……ご主人様が、望まれるなら」
食事を終えると奴隷が片付け、恥じらいながら蜂蜜壺を持って来た。
暖炉の前でワイン片手に椅子へ腰掛け、奴隷が膝をつくのを待つ。
跪いた奴隷は、半身を預けるようにして首を伸ばしてきた。膝に奴隷の重みを感じてニヤニヤしてしまう。
もう自分で食べる事も出来るのに、この三ヶ月ご褒美は主人の指からというのが定着した。というか文句もなかったから、指から与え続けてやった。
蜂蜜壺に指を浸して、奴隷の口元へ持っていくと、ピチャピチャと舐め始める。
人間らしくなったからか、卑猥に見えてきた。危ない。こいつは愛玩用じゃなくて労働奴隷だ。
「わっ、こら、そんなとこにはついてないだろ」
指の股まで舐められてゾクリとした。最近こういう事が多い。
もう味もしなくなったろうに、奴隷はピチャピチャとしつこく指を舐めていた。
「そろそろ、寝るか」
「もう少しください、ご主人様」
「そんなに好きなのか? クッキーだってケーキだってあるのにな」
「……好き、ですよ」
怪しく笑った奴隷の目が光って慌てる。
なんだ今の、捕食者みたいな顔しなかったか?
もう一度蜂蜜を与えると、チュウチュウ吸い付きながら舌を指に絡めて、奴隷が顔を赤くしていた。そんな苦しくなるまで慌てなくても、蜂蜜は消えないぞ。
夜寝るのは別の部屋だ。歩けるようになってからは、一応部屋を別けた。
手は洗ったが、ふんわりと甘い匂いがする。
もう少し体が丈夫になって、4~5年もすれば、もしかしたらあの奴隷はいなくなるかもしれない。
あの奴隷は、本当に二束三文の価値しか無かった。看病した間の薬代なんてたかが知れてるし、生活費なんてそんなにかからない。
本気で働けば、4~5年で自分を買い戻せるだろう。素直で可愛い奴隷だ、本人がそれを望むなら叶えてやらねばな。
◆
それから2年、あの奴隷は家事全般をこなしてくれる。
自分は家か、たまに出張して魔道具の充電、補修するくらいで、何もすることが無い。暇。
なので奴隷用に暇にまかせて補助具を作ってみた。奴隷にも具合を見てもらったり意見を聞いたから、これは合作になるだろう。
奴隷の左脚に、完成した補助具をつけてやると、飛んだり跳ねたり出来るようになった。
それを見た脚の不自由な奴らが騒ぎ出して、今じゃ補助具製作屋みたいになっている。作った端から売れるから、貯金も増えたし奴隷への賃金も増えた。
「ご主人様」
「んぁー?」
「お金、貯まりました」
「なんの?」
「俺を買い戻す金です」
「ほー……ぉえ!?」
「求人募集の貼り紙、作ってみたんです」
「求人? なんでまた」
「俺居なくなったら、ご主人様困るでしょ?」
「まぁ、困る」
「明日、貼り紙してから出てもいいですか?」
また急だな。寂しい……。
まぁでも、いつまでも続くわけじゃない事は分かっていたしな、引き止めるには優秀過ぎる奴隷だった。
「……分かった、ちょっと待ってろ」
奴隷契約書、どこだっけ? 確か解放書類も一緒に保管してたはずだ。
自室の棚をゴソゴソ探すと、3段目にそれはあった。書類の上には巾着も重石のように置いてある。
奴隷の元へ戻り、書類一式と巾着を渡した。
「ご主人様、この袋は……?」
「支度金」
「え……」
「自分を買い戻したら、今度は衣食住がいるだろ? 少ないけどな、その補助具の権利を折半したやつ」
「あれはご主人様が作ったものです」
「お前との合作だよ、お前が居なかったら作らなかったし」
「そんな、いただけません」
「ならどっか捨ててこい。お前の権利だ」
奴隷はじっと巾着を見て、おもむろに胸へ抱いてから、呟くように感謝を口にした。
ああ、明日か。ならもう今日は仕事をやめて2人でノンビリするか。
晩飯は、久しぶりに奴隷じゃなく自分で作った。肉もある豪勢な食事だ。
とっておきのワインも奴隷に振舞った。飲み過ぎて途中で寂しい寂しいと泣いた気もする。いや、やっぱり気のせいにしとこう。
最後の日に蜂蜜は強請られなかった。
翌日、奴隷が家のドアに求人募集の貼り紙をして出て行った。
綺麗な字で几帳面に書いてある。
こんな貼り紙、破いてしまおうか。あの奴隷以外と仕事をするなんて、ちょっと今は考えたくない。家の中に入られるのも嫌だ。
「はぁー……あ?」
貼り紙に書かれた条件の項目に目が止まる。
※ 黒髪/緑瞳
※ 身長176cm
※ 左脚に麻痺がある者
※ 元奴隷
※ ご主人様に不埒な感情を持つ者優遇
1人しか思いつかないな。あと最後の項目はなんだ?
まぁ、いいか。戻ってきたら衣食住は保証してやろう。なので衣食住保証と書き足してやった。
「おっと、肝心なこと書いてねーな」
永久就職条件《主人を嫁にする事》
これで大丈夫だろ、あとは蜂蜜を持って待ってればいい。