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AR  作者: 青柳藜
chapter Twelve Peaceful days.
99/147

<Ⅴ>

「蕨く〜ん、今日も来たよ〜」

 カエデさんの声が聞こえ、俺はキーボードを打つ手を止めた。

 本当に、毎日毎日よく欠かさず来れると思う。勉強とかはしなくても大丈夫なのだろうか。

「……行ってきな」

 後ろでずっと俺の作業中の画面を見ながら突っ立ていたアヤメさんは、そう言って近くの古びたソファーに腰を下ろした。

「……すみませんタンポポさん、後はよろしくお願いします」

 俺は、横で共同作業していたタンポポさんにそう言った。

「別に、かまわないよ? それよりほら、女の子を待たしちゃだめだよって、またお姉ちゃんに叱られちゃうよ?」

 タンポポさんはそう言って、やさしく微笑んでくれた。

 俺は今、アヤメさんに代わってハッキングの仕事の実践演習をしていたところだったのだ。要するに、試験中だ。こんな時に来るなんて、何て間が悪い奴なのだろう。

 俺が席を立つと、アヤメさんはソファーから立ち上がり、俺がさっきまで座っていた椅子に座った。

「……蕨、さっきのは合格だ」

 俺が部屋を出ていこうとすると、アヤメさんは画面に向かいながら、俺に一応の合格判定を告げた。

 俺は一言ありがとうございますとだけ言って、応接間へと向かった。

 そこには、いつも通り桜ちゃんの遊び相手をしている姉ちゃんと綾香がいた。

「あ、ちゃんと今日も来てやったぞ?」

 俺が入ってきたことに気付き、綾香は桜ちゃんと遊ぶ手を休め、こちらに手を振った。一応、俺も右手を軽く上げておく。

 桜ちゃんを姉ちゃんに預け、綾香は俺のほうに近寄ってきた。

「……ほんとにもう、学校には来ないの?」

 綾香はさみしそうな目で俺を見た。

 その言葉はここ最近、飽きるほど耳にしていた。

「……俺、親父の代わりにきっちり仕事したいからって、何度も言ってるけど?」

 俺が面倒そうにそう言うと、綾香は「ああ、そう、そうだよね……」と言ってはぐらかした。

 俺は、今、本来だったら中三で、高校受験の勉強にいそしまなければならないはずの時期だ。その俺のところに毎日来る綾香は、相当成績がいい……というわけでもない。

「そんで、今日は何がわからなかったんだ?」

 俺がまたもや面倒そうに言うと、綾香が慌ててカバンから教科書を引っ張り出す。

「ここの、三平方の定理? っていうこれの証明がいまいち……」

 そう、綾香が俺のところにやってきている理由は、これだ。

 俺が学校に通っていたころから、俺はこいつの専属家庭教師の様な立場だった。

 そんで、俺が学校へ行かなくなってからは、あちらから俺に授業が分からなかったところをすべて聞きに来ているのだ。

「あ、それね〜、私もわからなくて困ったよ〜」

「姉ちゃん、黙ってて」

 横から首を突っ込んでくる姉ちゃんを排除する。

 視界の端で、ショックで膝を抱える姉ちゃんの頭を桜ちゃんが撫でていたが、別に気にしない。

「これは、三角形のそれぞれの辺をa,b,cと置いたときに……」

 教科書を指さしながら、俺は綾香へ説明する。

 三十分後、何度も同じ説明を繰り返して、ようやく綾香は理解した。

「ったく、こんぐらい自分で考えればわかるだろ……」

 俺が愚痴を言うと、綾香は苦笑いしながら「ごめ〜ん」と、反省しているのかしていないのかわからないような返事をした。

 そのあと、理科だ国語だといろいろな教科をやっているうちに、夜もだいぶ遅くなってしまった。

 カエデさんが綾香に一緒に食べていくように誘ったものの、綾香は門限があると言って家に帰った。

 そのとき一人で帰ろうとしたのを見て、「女の子に夜道を一人で歩かせるな!!」と姉ちゃんが俺を見送りに行かせた。

 夜道、ところどころが街灯に照らされるこの町は、もうだいぶきれいに直っていた。新しい橋が建設され、新しい電車ができ、新しい住宅街ができていた。

「あの……さ」

 歩いていると、不意に綾香が俺に話しかけた。

「……なんだよ」

 多少荒く答えてしまった俺を見て、綾香は恐る恐るといった調子で話しかけてくる。

「えっと……ね? 蕨、ほんとに大丈夫かなぁ〜って」

 綾香は少し笑いながら、言葉を選ぶようにしてそう言った。

「大丈夫って?」

 本当に意味が分からず、聞き返す。

「えっと、なんていうか、その……無理してるんじゃないかなって」

 彼女の言葉の意味が、俺には本当に分からなかった。

「無理って何? 別に俺は何ともねぇが?」

 もしかして、なんかあったのか? 俺がそう聞き返すと、綾香はううん、別にそんなんじゃないの、ちょっと聞いてみただけ、と言って、話を打ち切った。

 そのままその日は、俺たちは何も話さなかった。

 俺は綾香を駅まで送ると、早急に晩飯を食うために家へと走った。

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