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AR  作者: 青柳藜
chapter Eight Answer.
56/147

<Ⅵ>

 椿とは、小二の時はただの友達という関係だった。

 それでも、一緒に遊んだりなどということは一切なかったが。

 というのも、このころ、親が給食費など、そこら辺の金すらも渡してこなくなったから、俺は自分の部屋のおんぼろPCを使って仕事をしていた。

 それが、ハッキングだ。

 技術は一から独学で学び、いろんなところのセキュリティシステムの検証をしていった結果、小6のころにはそこそこ有名になっていたのだ。とはいっても、表向きは30歳の東大卒のエリート、という設定だが。

 話を戻すと、まぁ、椿とは学校で会うだけだったし、小三になったらクラス替えでクラスもばらばらになってしまった。それでも、休み時間になるたびに椿が教室の中に入ってきて、俺の机の上に座り込んでくるから、俺の生活はほぼ変わらなかった。

 そんなこんなで、三年が終わり、四年も三年の時と同じように終わり、五年で再び椿と一緒のクラスになった。

 そのころには、俺の仕事も比較的安定してきて、家の途中までぐらいまでは一緒に帰るようになっていた。とは言っても、俺が椿を追い払わなくなっただけだが。

「なぁ椿」

 ある夏の暑い日、俺は下校中に椿にそう話しかけた。

 今思えば、こんな風に他人に話しかけたのは、仕事を除いてこれが初めてだったような気がする。

「なぁに?」

 先を歩いていた椿が、振り返って足を止めた。

 小二の時から、どんどん大人へと変わっていっている彼女は、それでもまだ子供のような笑顔で俺を見てくる。

 そんな椿に思わず胸が高鳴りそうになりながらも、俺は冷静に、口を開いた。

「今更だけど、お前ってどうして俺といつも一緒にいるんだ?」

 ……その言葉で、椿が凍ったのが分かった。

 それを感づいた瞬間、俺は選択を誤ったと思った。この手の質問をされてこうなるってことは、そんなに単純な話ではないのだ。

「すまん、やっぱなんでも――」

「別に、気にしなくてもいいよ?」

 椿が、俺の言葉を遮る。

「話してもいいけど、ここじゃなくてあそこ、あの公園の椅子のところでね?」

 椿はそう言って、近くのベンチを指さした。ちょうど木陰になっていて、涼しそうな場所だ。

 俺たちがベンチに腰掛けると、椿はゆっくりと話し出した。

「私って……、実は病気なんだよね」

 椿は、彼女の白い髪をいじりながら、そう言う。

「アルビノだろ? 知ってるよ、そんぐらい」

 俺が言うと、彼女は寂しげに笑った。

「やっぱり。上城君にはばれてると思ってた」

 彼女は、学校では髪を染めて、カラコンをしているということになっているので、あえて何も言わなかったが、肌の白さだけは、どうしても隠しようがない。

 それに、彼女が髪を染めているかどうか、カラコンをしているかどうかなんて、ちょっと勉強すればわかる。染めは、髪の付け根のほうが黒くなっているし、カラコンも、小学生が親に許されるとは、到底思えない。

 周りの馬鹿どもならともかく、俺にはそこら辺のことは、初めて会ったときにすぐに分かった。

「私ね、ほかの人とかだったら、すごく怖いんだ」

 椿は、寂しげな顔をしてそう言う。

「幼稚園の頃は、『バケモノの子供』っていう扱いを受けてたの。真面目に先生の言うこともちゃんと聞いて、頑張って優等生みたいになろうって頑張ったんだけどね。それでも、結局私はいじめられてた。だから、小学校では頑張って馬鹿やってたんだけどね」

 俺は、その話を聞いているうちに、自分のことを馬鹿だと罵り始めた。

 なにが、『椿は馬鹿』だ。椿がこんなに頑張っているのに、それに気づいていない俺のほうが『大馬鹿』だ。

 IQ378とかいう数字に、何を騙されているんだ。俺は何も知らない、ただの凡人と一緒じゃないか。

 俺がそうやって自分を責め続けている間も、椿は話を進めていく。

「初めのほうは、ばかだなって言われて笑ってもらってったんだけど、でも、そんな感じに笑われるだけで、陰では『バケモノ』扱いだったんだよね。髪が白くて目が赤いだけで。だから、髪を染めてるとか、カラコンしてるとか言ってごまかしたら、今度はその友達のお母さんたちが『私と付き合うな』って言ったらしくて。どうしようもないなって思ってた時に、上城君を見つけたんだ。初めてだったんだよ? 私のこと怖がらないの」

 椿はそういうと、泣きながら笑って、こっちを向いた。

「……すまない」

 俺は、椿にそれしか言えなかった。

「いいんだって、別に。私はただの馬鹿、そういう風に思われてるほうが、私にとって――」

「それが、ほんとうにおまえの本音なのか?」

 椿の言葉を、俺は遮った。

「え……?」

 椿が、あっけにとられたような顔で俺を見てくる。

 確かに、椿の判断は賢い判断だといえるだろう。――世間的に見れば。

 でも、それは、結局のところ、自分を殺しているだけだ。

「おまえ、なんで自分の本音を隠そうとするんだ? 本当はどうしたいんだ? どうなりたいんだ? 誰と一緒に、どんな自分になりたいんだ? 答えろよ‼」

 俺が大声を出すと、椿はおびえたような顔をした。それでもなお、俺はつづけた。

「いい加減に自分を隠すのやめろよ‼ なんだよ、自分は馬鹿って思われておいたほうが、自分も周りも幸せだってか? ふざけんな‼」

 俺は立ち上がり、椿の着ていた白のワンピースの襟首をつかむと、無理やり引き寄せ、たたきつけるように、こう言った。

「なんでもっと自分に正直にならねえんだよ? 周りを気にして、自分は最後でいいですってか? それだからお前はいじめられるんだ‼」

 椿の顔が、どんどん歪んでいく。

「いい加減、自分に正直に生きろよ‼」

 俺がそういうと、椿は俺のことを突き飛ばした。

 手が襟首から離れ、俺が地面に尻餅をつき、椿が、ベンチの上にゆらゆらと座り込む。

「私だって……私だって、どうしたらいいのかなんて、わからないよ‼ せっかく今までいろんなものを我慢したのに、それがだめだっていうの!? そんなの、ひどいよ‼」

 椿はそう喚き散らすと、ベンチに座ったまま泣きだした

 俺は、椿が泣きつかれて泣き止むまで、地面に尻餅をついたまま動かなかった。

 椿の泣き声が小さくなってきたところで、俺は静かに、椿の横に座った。

「別に、みんなと友達じゃなくてもいいじゃんか。俺さえいれば。ってか、現に今お前の周りにいるのって俺だけだし」

 俺はつぶやく様にそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、家へ帰ろうとした。

 しかし、椿に服の裾をつかまれ、結局俺はその日、椿が泣き止むまで家へ帰れなかった。

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