<Ⅰ>
「五年前の悲劇」のお話です。
二〇三六年、三月三日。
僕はその日も翆の病室へと足を運んでいた。
「仕事、忙しいんでしょ? 去年入ったばかりなのに、そんなにさぼってばかりでいいの?」
翆は微笑みながら僕にそう聞いてきた。
「いいんだよ。僕は研究所の所長なんだ。大学院卒後一年目かどうかなんて関係ないさ」
僕も笑顔で返す。
僕が大学院の時に発表した論文が、たまたま著名な学者の目に留まり、たまたまその人の研究の大きなカギになったことで、僕は大学院卒後一年目であるのにもかかわらず、大出世を遂げて研究所の所長にまで成り上がった。そんなことが出来たのは、僕のそばでずっと僕を支え続けていた、彼女のおかげなのだ。……そんな彼女が、難病で床に伏しているのだ。見舞いに行か無いわけがないだろう。婚約者だし。
「あ、そうだった」
唐突に、僕はここへ持ってきた『お土産』のことを思い出した。
「あ、おみやげ?」
僕が少々大きめの箱を取り出すと、翆は目を輝かせた。
「ああ。今日はひな祭りだからな。この何もない真っ白で殺風景な部屋にちょうどいいものを買ってきた。」
翆が箱を開けると、そこにはかわいらしいひな人形があった。
病室に置くために、あまり大きくはないから立派とは言えないが、デフォルメされたお内裏様とお雛様が並んでいるその様子は、とても可愛らしい。
「わぁ……」
それを見て、翆はますます目を輝かせる。
「気に入ってくれた?」
僕がそういうと、翆は満面の笑みで首を大きく縦に振った。




