<Ⅳ>
蛍は、いつも通り、地下室の中の、日が一切当たらない場所で、八つのディスプレイと、三つのキーボード、二つのタブPC、そして無線接続のマウスののった大きめの机の前で、何も言わずにただ両手でその三つのキーボードを器用に操作していた。
「いいんですかぁ? これどうにかしなくて」
そう彼に話しかけるのは、右側のタブPCの画面に映る一人の少女――私、アネモネだ。
「…いい加減に返事ぐらいしてもいいんじゃないんですか? でないとこのコンピューター初期化しますよ?」
「……アネモネ、それだけはやめろ」
「お、やっと返事してくれましたねぇ。いやいや、やっぱり蛍の弱みを使って脅すのは楽しいですなぁ」
私は、顔に悪戯な笑みを浮かべ、蛍を上目使いに見て、へへへと笑った。
「それはさておき、あのゴミがハッキングされようとどうしようと、俺には関係ねぇだろ。なんで俺がこんな面倒なことに首突っ込まなきゃなんねえんだ?」
「今、さらっとMIDORIのことゴミ扱いしましたよね? 一応、世界最高っていう肩書だけは持ってるAIですよ?」
キーボードを打ち込む手は止めずに、不機嫌そうにしゃべる蛍に私はあきれて答える。
「って、今はそこが重要なんじゃなくて…」
私は自分に自分で突っ込んでから、蛍へこう告げた。
「MIDORIに電源ぶっちぎられたら、蛍が「しょくぶつえん」の人達に隠してる「古典問題集」とかいう名のエロ漫画のフォルダ、開く方法無くなりますよ?」
「………………………………」
蛍のキーボードを打つ手が止まる。
長い沈黙が部屋に満ちた。
「…いろいろと言いたいことがあるんだが、一つだけいいか?」
「はい? なんですか?」
固まったまま口だけ動かす蛍に、私は満面の笑みで答える。
蛍は息を大きく吸い込み、
「なんで俺の秘蔵コレクションがおまえにばれてんの!?」
そう私のいるタブPCの方に振り向きながら突っ込んだ。
「いやだって0.1秒ごとにパスワードがアトランダムに変わるプログラムしこませたフォルダだぞ!? さらにおまえ対策でちゃんとおまえの回覧権限を停止して!? 単純に考えて誰にも開けるの不可能だろ!?」
「そう。誰にも」
私はにんまりと笑って、こう続けた。
「蛍はそこが甘かったのだよ」
「な……に…?」
床に倒れ込んだ蛍は目の前に敵が迫るかのように私を睨みあげてくる。
それに対して、私は見下すように蛍を見下ろす。
「アネモネはこう考えたのです。誰にも見れないようなフォルダでも、蛍自身が見ることができなければそのフォルダの存在意味がない。ということは別の何らかの方法でフォルダを開くことが可能。また、フォルダの作られた年月は今から約四年前、要するに蛍が一二歳の時で、蛍がプログラミングを始めてからだいたい四年くらい。更に、いくら今は天才ハッカーとはいえども一二歳の時なんてまだまだひよっこ。よって、その時作った解除方法としては、共通解除コードがあるかバックグラウンドから侵入するかのどっちかぐらいしか、解除方法は無いとみてもいい。でも、共通解除コードがあるんだったらそれはアトランダムの意味がない。よって、バックグラウンドからフォルダ内に侵入すればよい。ただし、そこにはアネモネに対する警戒網が張られていた、と」
「でも、おまえその警戒網を通り抜けたんだろ」
一息ついた私に、蛍はなおも問を投げかける。
「はい、もちろん続きはあります」
私はさらに一息おいて、こう続けた。
「だって、アネモネじゃなかったらいいんでしょ?」
そこまで聞いて蛍は、
「……負けた」
……そう、完全に床にひれ伏せ、負けを認めた。
「私が私じゃない別の個体を作ってフォルダ内に侵入させて、コピらせて帰ってくる、なんて方法くらい、天才ハッカーなんだったら考えて下さいよぉ。てか、そもそも、そんな不自然なフォルダあったら、なんかあやしいと思うでしょう、普通。それに学校行かずにずっと地下室に引きこもってるだけの蛍が、なんでわざわざ古典の問題集なんてフォルダ作ってるんですか」
嘲笑しながら私は蛍をバカにしたようにしゃべり続ける。
「…アネモネ」
「分かってますよ。どんな天才プログラマーでも、情報を完全に保護することはできない、でしょ?」
「分かってるんならそう言うことを言うのはやめろ…てか、なんでこんな話になったんだ…?」
「……なんででしたっけ?」
しばらくの間、二人の間に沈黙が流れる。
「って、そうそう。まぁ、真面目なお話、このままじゃ、あなた死にますよ?」
「……は?」
私からのいきなりの死の宣告に、蛍は戸惑いの声を漏らす。
「だって、今まで、どんなけの量のシステムをハッキングしてきたと思ってるんです? そんな奴の居場所がAIに割れないわけないでしょう? あと、MIDORIの方も、蛍の事は脅威と認識して、速攻で排除しようとするに決まってるじゃあないですか」
「よし一分まて今からなんかの衛星の操作権限奪取して…」
「どうやってMIDORIハッキングするつもりなんですか?」
「まだMIDORIが本格的に動き出す前に、一回だけアメリカ軍の軍事衛星ハッキングして情報盗んだことがあるんだ。アメリカの軍事サーバーはMIDORIが操作しているだけで、まだサーバーの回線自体は残ってる。つまり、その回線を使えばまだ衛星画像くらい、簡単に奪取できんの」
そういって、蛍は真剣なまなざしで画面へ向かうと共に、先ほどとは比べ物にならない速度でウィルスを作製していく。
その表情をタブPCのカメラ越しに見つめること三十秒。
蛍は急にこちらを振り向いた。
「とりあえず、おまえに常に衛星画像送りつつ、衛星の操作権限もおまえが最優先になるようにしといたから。ミサイルでも何でも飛んできたら教えてくれ…と、いうことで」
蛍は一息おくと、こう言った。
「よし逃げようアネモネ。おまえの体起動させるからちょっと待ってろ」
「……は?」
蛍の言うことが理解できない。
「いつここにミサイル飛んできてもおかしくないだろ? 丸焼きにはされたくねーよ」
蛍は物置の奥の方でほこりが被った状態で置いてある、私の「体」を持ってきつつ、そう解説した。
「…蛍さんよ。いくらロボットといえども、レディーの体くらいはちゃんとほこり被らないようにして下さいよ、あと、服着せて」
しゃがみ込んで、私の体のセッティングをする蛍に、私はそうお願いする。
「ロボットのくせにつべこべ言うな。別におまえの体見てどきどきしたりしねぇよ」
「え、ロリコンのくせに……私の体が幼女体系な理由って、蛍がロリコンだからじゃないんですか?」
「あほ、人を勝手にロリコン認定するな……てか、準備できたから、ケーブル繋ぐぞ」
「はーい」
私は、感情搭載型AIなので、何かしらによって繋がれている場合にのみ、自由に移動することができる。つまり、この場合では今私のいるタブPCから、ロボットの中へと、移動できるという訳だ。
タブPCがUSBケーブルで体と繋がれたので、私は自分を動かすプログラムフォルダの転送を始めた。
……ちょっといたずらしよっと♪
「あの…蛍さん? 容量が足りないんですけど」
「……おまえ、何いらないガラクタ持ちこんでんの? 俺ちゃんとおまえのデータ量と同じだけのHDDメモリ仕込んでるはずなんだがなぁ?」
「いやぁ、ちゃんと蛍のエロフォルダも持って行こうと思いまして…」
「置いてくぞ?」
「あああ、すみませんすみません! 分かりましたよ分かりましたから! おいてかないで下さい!」
まさか、本気で怒りだすとは思わず、私は反省して、普通に私を動かすフォルダだけを転送した。
「…い…し……」
「? どうした?」
間抜けた感じで蛍が聞いてくる。
「体、動かしにくい…」
久しぶり過ぎて、体が思うように動かない。
「転送は終わったんだな? んじゃ、とりあえず行くか」
いきなり、蛍は立ち上がって、再び物置の方へ歩き出す。
「へ? 行くってどこへ?」
いきなりどこかへ行くと言い出した蛍の思考が分からない。
「『しょくぶつえん』のアジトだよ。あそこなら、資材も食料もそろってる」
なるほど、と私は床に寝転がったまま納得した。
だんだんと慣れてきた感じがする。
「と、いいますか、コミュ症の蛍にはこの地下室か、しょくぶつえんのアジト以外に行ったら死にますもんねぇ…精神的に。無駄な質問してすみませんでした」
「あほか」
「間違っているとでも?」
「……そうは言わないけどさぁ…。あ、もう大丈夫か?」
「はい。何とかなれました」
私はとりあえず、床の上に正座してみる。
そこに、私の服を持って蛍がやってきた。
「ほれ、服だ。早く着ろ」
私に服を渡すと蛍は、また物置へと歩き出した。
とりあえず、渡された服を着る。…体と同じくほこりが被っていたが。
「蛍さーん、とりあえず準備できましたよー」
私は立ちあがって物置の方へと歩きながら、蛍を呼ぶ。
「こっちもちょうど準備万端だ。さあ、行くか」
そこには、タブPCを持った見慣れた蛍の姿があった。
このハッキングの話、多分現実的には不可能です。(蛍みたいな天才ならば話は別ですが)
※段落に関する部分を修正しました。




