<Ⅴ>
「……昨日は、大丈夫だった?」
私がお母さんの病室を開けると、お母さんはそう言って私を迎えた。
大丈夫、でも、近所で起こってたからびっくりしたと、私はとっさに嘘をついた。お母さんにこれ以上の心配をかけたくはなかった。
お母さんはさみしそうにそう、とだけ言うと、今日の夏期講習はどうだったと聞いてきた。
「いつもと変わらず、ゆったりとしてたよ? でも、授業の初めに、昨日のことで亡くなった女の子に一分間の黙とうをささげましょう、って言って、それをみんなでやたくっらいかな、いつもとは違うところ」
そのあとも、今日の授業の内容の話を淡々としていった。お母さんは、私の話を子守歌でも聞くかのように、ゆったりとした表情で聞いていた。ただ、昨日のこともあり、私は昨晩のしょくぶつえんの話をしないでいた。
「……それで、昨日の夜は、しょくぶつえんはどうだったの? 何かあったの?」
いつもしょくぶつんの話を楽しそうにする私が、今日はそのことについて一切触れないことに違和感を覚えたのか、お母さんは私にそう言ってきた。
いい言い訳が思いつかず、私が困っていると、お母さんはやっぱり、とぽつんと言って、私にこう言った。
「嘘つかれるの、お母さんは悲しいな」
怒らないから本当のことを喋ってごらんと、まるで幼稚園児に対して接するかのように私に言ってきたお母さんに、私は罪悪感でいっぱいになった。
「……実は、昨日、女の子が食べられてるところ、見ちゃったの」
昨日のあの惨劇を思い出し、また気持ち悪くなってきた私は、ベッドのそばにしゃがみ込んだ。そんな私の頭を、お母さんは落ち着きなさいとやさしくあやすように、そっと撫でた。
「怖くなって、必死に逃げて、スギさんたちに相談して、そのあとで、何であの時逃げちゃったんだろうって、そう思って、そうしたら自分が許せなくなって……」
私の愚痴を、お母さんはただ聞き続けた。
「もし、あの時女の子が生きてたら、私が何とかしてたら、もしかしたら助けられるかもしれなかった。いつもは、別にどうでもいいことでいろんなひとの手助けをやってるくせに、いざ自分の身が危険になって、それでも人を助けられるってなったらさ、きっと一昨日までの自分だったらもちろんって答えてるんだろうなって思う。でも、実際は、自分のことしか守れなかった。自分の危険を顧みずに、他人の幸せのために行動するような『本物のヒーロー』なんかじゃなくて、ただの、臆病な人だった。こういうのを、『偽善者』っていうんだなって、そう思ったらさらに自分が許せなくなって、でも生きてることに喜んでる自分もいて、もうどうすればいいのかわからないの」
しゃべっているうちに、頭の中が混乱してきて、自分が何を言っているのかわからなくなった。ただ、思いついた言葉をひたすら外に出していった。
「……そんなことを考えられる紫苑は、本当にやさしいね」
言い終えた私に、お母さんはそんな言葉をかけた。
「本当にやさしくない人は、助けられなかった時、人のせいにするの。全部あいつが悪かったって。でも、紫苑はそうじゃない。そうじゃなくて、全部自分が悪いって背負い込んだ。それが、いいことだとは言えないけど、それでも、それだけ人のことを真剣に考えられる、心の優しい子だと、お母さんは思うよ? ただ、もう少し誰かに預けないと、パンクしちゃうから、もっといろんな人を頼ってもいいと思うけどね?」
お母さんの言葉に、少しだけ、励まされたような気がしたけれど、それでも、私の中に潜んでいる黒い石みたいなものは、居座り続けていた。




