<ⅩⅢ>
「……それで、その平家物語が、なんか未来を予言してたみたいだなぁ〜って、そう思ったの」
夏期講習からの帰り、私はいつものようにお母さんの病室に立ち寄った。
今日も、相変わらず穏やかな表情でお母さんは私の顔を見る。
「お母さんは、どう思う?」
私がお母さんにそう言うと、お母さんは不意を突かれたような顔をしてから、そして、私の後ろに広がっている窓の外の風景を、穏やかな表情で眺めながら、こう言った。
「その通りだと思うわ。いつの時代も、人間は変わらない。これからもずっと、間違い続けていくと思う」
お母さんの言葉が、私には妙に重たく感じられた。
「でも、間違えたらまた直せばいい。それを繰り返せば、きっと、間違いはなくなると、お母さんはそう信じてる」
お母さんは窓の外を眺めながら、そう言った。
「だから、間違えてもいいの。その代わり、しっかりと間違いを直して、前に進んでいく勇気を持っていないと、間違えたままになっちゃう。今までは、それが悪かった。ちゃんと直さないと、直らないまま、もっと大きな間違いをしてしまう。それだけは、もう、絶対にだめ」
お母さんの表情は、いつもと変わらず穏やかだったけど、お母さんの声は、いつもみたいに穏やかではなかった。何か、とても大事なことを私に伝えようとしてくれているのが分かった。
でも、今の私にはそれは分からなかった。けれど、昨日のあの話が関係しているのかは、分かった気がした。
「……昨日の話って、やっぱり本当なんだよね」
私が言うと、お母さんは静かに目を閉じ、ゆっくりと息を吐いてから、私を見つめた。
そこにいるのは、穏やかなお母さんではなく、もっと真剣なお母さんだった。
「ええ、本当の話よ」
お母さんの言葉に、なぜか、私は笑ってしまった。いままで、これが嘘の話だと思っていたのかと、真剣な顔でお母さんがあんな嘘をつくはずがないじゃないかと、そう思った。
「……もう気付いているかもしれないけど、昨日、紫苑のカバンの中に知らない鍵が入ってなかった?」
お母さんは、唐突に私にそう言ってきた。
それで、私は鍵のことを思い出した。
私はカバンから、鍵を取り出すと、それをお母さんに差し出した。
けれど、お母さんは受け取ろうとはしない
「本当は、昨日紫苑に言うはずだったんだけどね」
お母さんはそう言うと、私に一つの頼みごとをした。
「お願い、それを、蕨に渡して? いつとは言わないけど、紫苑が今だと、そう思ったときに」
お母さんの真剣なお願いに、私はもちろんいいけど、と若干気おされ気味に答えた。
「でも、何の鍵なの? これ」
私がそう言うと、お母さんは耳を貸して、と言ってきた。
私が近くへ行くと、お母さんは誰にも聞かれないように、静かに、鍵の正体を言った。
「……本当に?」
驚いて、私が返す。
それに、お母さんは黙って頷いた。
「蕨には、紫苑みたいにお話を聞かせるんじゃなくて、こういう感じで見てもらった方が、納得してくれると思うの。だから、お願い」
お母さんのその言葉に、私は頷くことしかできなかった。




