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AR  作者: 青柳藜
capter Thirteen A small accident.
115/147

<Ⅸ>

「なぁ、お前たちに頼みがあるんだが」

 川辺とかいう人が出て行って、紫苑ちゃんと蕨君が寝た後、蛍さんは僕にそう言ってきた。

「……アネモネちゃん、助けに行くんですか?」

 僕がそう言うと、蛍さんはそうだ、と頷いた。

「それは別にいいですけど、そのためのウイルスはできたんですか?」

 僕のその言葉に、蛍さんは言葉を詰まらせた。

 そんな様子の蛍さんに、僕は思わずため息をはいた。

「いつもの蛍さんらしくはありませんよ? いつもはもっと、戦略的に物事を進めているじゃないですか」

 僕がそう言うと、蛍さんは何も言わなくなってしまった。

「余り焦っても、失敗してすべてやり直しになるだけです。いったん落ち着いて――」

「でも、もう時間がない」

 僕が止めようとすると、蛍さんは冷たくそう言った。

 蛍さんの目を見て、僕は悟った。これは、本気モードだと。

 蛍さんは、仕事の時や、何か重大なことが起こった時には頭をいつもよりも早く「回転させる」。要するに、思考スピードを自分でコントロールできるのだ。そんなことができる人間は、僕は今まで蛍さん以外に見たことがないが、天才とは、そこまでぶっ飛んだ人もいるのだろう、ということは、なぜか理解できた。

「もう、行かなかならないんだ。こいつの中に眠っているアネモネを使えば、もしかしたら――」

「それ、絶対に使っちゃいけないって、前、自分で言ってませんでしたっけ?」

 いくら僕でも、今の蛍さんの発言は許せなかった。

 タブPCの中にアネモネちゃんのコピーが眠っていると知ったのは、明香ちゃんが高二になる春のことだった。

 ただ、その保存されていたファイルは、事件が起こる前、要するに、アネモネちゃんが明香ちゃんと出会う前のものだった。

 要するに、そのアネモネちゃんは、明香ちゃんのことを知らない。

 では、なんでそれがだめなのか。それが分かるには、あの日、明香ちゃんが左足を失った日の朝のことを話さなければならない。あの日、アネモネちゃんはこっそりと、蛍への手紙をPCの中に残していたらしい。その中には、また、明香ちゃんも入れたみんなで、一緒に遊びたいという感じの内容が書いてあったらしいのだ。

 要するに、残っていたアネモネちゃんは、明香ちゃんを知らない。だから、アネモネちゃんの願いはかなえられない。

 その願いをかなえてあげるために、蛍さんは今まで一生懸命にウイルスを作ってきたのだ。

 だから、今の蛍さんの発言は、今までの努力や、アネモネちゃんの願いを、全て消してしまうことだ。そんなことは、いくら相手が蛍さんだからと言っても許せるものではない。

「……別に、アネモネを起動させるんじゃない。アネモネのプログラムを引用して、最強のウイルスを作り上げるだけだ」

 蛍さんは、なおも冷たくそういう。

「……それって、要するにアネモネちゃんを兵器に作り替えるっていうことですか?」

「……言い方を変えれば、そうなるかもしれない」

 僕は蛍さんに殴りかかった。けれど、その手を、蛍さんはいとも簡単そうに掴んだ。

「言っておくが、俺が仕立てるのは『アネモネ』じゃない。アネモネの姿をした『偽物』だ」

 その言葉で、僕は蛍さんの考えが分かったような気がした。いや、正しく言うと、分かっていなかったのかもしれない。だって、この人の、蛍さんのような天才の考えは、凡人の僕には到底理解できないことなのだから。でも、少なくとも、僕の心の中には、ついさっきまでの蛍さんに対する怒りは消え、逆に落ち着いた、そよ風のような感情が、僕の中に暖かく広がっていっていることは確かだった。

「……それなら、蛍さんがそれでいいなら、僕は何も言いません。けれど、その代わり、絶対に帰ってきてください」

 僕がそう言うと、蛍さんは勿論だ、と言って玄関へ向かう階段を上って行った。僕も、その後ろをついていった。

 蛍さんの背中を見て、やっぱり、僕はまだ、蛍さんのように離れないのだということを思い知ったような気がした。

 あの日、僕やカエデが蛍さんに助けてもらったあの日から、僕の周りにはいつも蛍さんがいて、そして、素晴らしい人だと、ずっと、ずっと思ってきていた。いつかはこんな風になりたいと思っている自分にも、少なからず気づいてはいた。

 でも、僕はあのようにはなれない。天才とは、孤高の存在であるから天才なのであって、努力でどうにかなるようなものではないのだ。だから、僕の子のあこがれは、ずっと僕の中に静かにしまっていた。

「……じゃあ、いってくる」

 蛍さんは玄関のドアを開けると、静かにそう言った。まるで、戦場に向かう歴戦の兵士のような雰囲気を纏って。

「絶対に、帰ってきてください」

 あなたは、僕のあこがれなんだから。これだけは、あえて言わないようにした。それを言うのは、いまではないと、そう思った。

「当たり前だ。もう、家族は失わない」

 蛍さんは、僕にそう言った。静かに笑いながら。

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