<Ⅲ>
「昔、アネモネっていう名前の女の子がいたの」
母は、そう言って語りだした。
「アネモネ?」
「うん」
私の質問に、母は頷く。
「そのアネモネっていう女の子はね、まぁ、簡単に言っちゃうと、ロボットなんだけどね、でも、それが、どこからどう見ても、人間としか思えない、そんなロボットなのよ」
お母さんの話は、まるでおとぎ話のようだったけれど、それでも、それはとっても現実味を帯びていた。
「初めて会ったとき、私はその子のことがよくわからなかった。だって、ロボットと会話をしたのなんて、生まれて初めてだったんだもの。でも、アネモネちゃんは、ロボットって呼ぶのがおかしく感じるぐらい、人間っぽかった。とってもいい子だったし、話も面白かった。だから、自然と、私はアネモネちゃんをロボットっていう風に見ることはなくなったの」
お母さんは目を細めて、その時のことを楽しそうに話していた。私が想像することもできない、若かった頃のお母さんと、お父さんと、しょくぶつえんの皆さんと、そして顔も知らないし名前も聞いたことのなかったアネモネさんのことを、とっても大事にしているように見えた。
「で、そのアネモネちゃんを作ったのが、あなたのお父さんなの」
お母さんは、穏やかな目で私を見た。
その目が、私に何か、とても大事なことを伝えようとしているような気がして、私はより一層、お母さんの話に耳を傾けた。
「紫苑、あなたは、なんでお父さんがしょくぶつえんを出ていったと思ってる?」
お母さんは、唐突にそんなことを切り出した。
「え? お父さん?」
私が聞き返すと、お母さんはそうよ、と頷いた。
私はしばらく考え、そしてこう言った。
「あの、よくわからない警察の人を懲らしめるため?」
私の答えに、お母さんは少し寂しそうな顔をして、やっぱりわかってなかった、とつぶやいた。
「いい? 今から話すことは、誰にも言っちゃいけないよ? 紫苑のお友達にも、あと、蕨にも」
お母さんは、私の肩に手を添え、諭すようにしていった。
「え? 蕨にも?」
私が聞き返すと、お母さんは静かに頷き、そして、静かに、ゆっくりと話し始めた。
――今思うと、この話が、私のすべてを変えてしまったのかもしれない。
いままで、恨みの対象にしていたものがなくなって、どうしようもない、やり場のない怒りを、どこへぶつければいいのかも分からなくなってしまった私の、原点だったのかもしれない。
別に、それが本当にそうなのかどうかは私にもわからなかったし、ほかの誰にも、もちろんわからなかったのだが、でも、少なくとも、私には、そう感じられたお話だった。




