65 戦術的撤退
回復手段がかなり少なくなった状態で、パワーアップしたこいつを倒すのはきついと判断できるところまで来ている。
酸素も回復させてどうにかもたせているけどそろそろ限界だ。
スネークはその体をうねらせて水の中で暴れまわりながらこちらへの攻撃の機会を伺っている気がする。
「アキ。ひとつ提案があるんだけど」
「なんだよ」
「水晶の台座って固定されてる気がするのよ。水晶もぴったりはまって人じゃなければ取り出すことは難しそうだと思うの」
「まあ、そうかもしれねえけど、それがどうしたんだよ」
「別にボスって絶対に倒さないといけないわけじゃないわよね?」
「……まあ、たしかにモンスターが倒れていた絵とかはないけどさ」
「あれは台座の守り神であると過程して、やってみるしかない気がするのよ……少なくともあの動きをこの【水泳】レベルで戦うのはほぼ無理だと思うから。って、ことでよろしく。私がひきつけておくわ」
「いや、普通そこはまだ戦闘スキル揃えてる俺だろ!?」
「だって、アキのほうが見た感じ泳ぐのはやいじゃない! 私が死ぬより先に台座にはめてきなさい! ってことで、ゴー!」
俺の返答を待つこともなくティアはハンマーを片手に壁にそってスネークに近づいていってしまった。
作戦とか考えは間違ってないけど――考えてる場合じゃないな。
俺も急いでジグザグに壁を蹴って水底に向かう。後ろで壁に何かがぶつかる音が何度も響いてくるが、ひとまずは振り向かずにただまっすぐに潜水した。
そして台座までたどり着いたところで、水晶を取り出しす。
「ここにはめればいいのか?」
俺は勘と見た目からの予想で水晶を台座の中心のくぼみへとはめる。すると、水晶ががっちりと固定されて輝き出した。
「成功だ! ――って、智愛!?」
成功を伝えようと上を向くと、そこには水中を浮かんでるティアの姿とそれを狙っているスネークの姿があった。
おまけにティアはスタン状態になってしまっている。HPはパーティーを組んでいてわかるが、あと耐えられて2発といったところだ。クリティカルでも入ろうものなら1撃で削り取られてしまう。
「ちあああ!!」
俺は、台座を雑に両足で蹴って一気に現場へと跳躍する。水中奈良勢いは落ちても落下することはない。
今までにないくらい跳躍することができて、なんとかティアにぶつかるような形にはなるが回収することができる。
「おい、おきろ!」
「…………」
ダメだ、実際には意識失ってないから視界とか見えててもスタン状態だと、戦闘中はリアリティ重視で話せなくなったんだった。変なリアリティアップデートこのやろう。
水晶の光が遠くで輝いてるが、目の前の蛇の目の輝きのほうが恐怖だ。俺はさらに壁を蹴ってティアを抱き連れて水上を目指す。
まあ、当たり前だけど壁にガンガンぶつかり音を出しながら追いかけてくる。
「やばいやばいやばい!」
どうにか、壁を蹴って直線的な攻撃を回避して浮上していくが遠い。マジで深いんだよなこの遺跡のここさ。
文句を考えていても仕方ないから泳いでいくが、さすがに限界は訪れてしまった。
背中から尻尾の一撃を受けてしまう。
「がぁっ! 痛くないけど、いってぇ!」
だが、偶然にもそれが良い方向に転がった。一応このゲームにはサイズ差による吹き飛ぶ威力などの違いがでてくる。
水の中とは言えあの巨体でかなりの力で吹き飛ばされた。HPゲージは死ぬギリギリまで削れてしまったがその勢いのまま水上まで吹き飛ばされた。
そのまま落ちるように地面に仰向けで倒れてしまったが、水の中からあれがでてくる様子はない。ひとまず成功したってことでいいのか。
「あぁ……疲れた」
俺の視界には天井が見えている。仰向けに落ちたから当たり前だ。
ひとまず起き上がろうと思って腕を動かそうとするが何かに固定されてしまってる。せめてと思って手を動かすと柔らかい感触がある。
「…………」
「んぅ……」
ずっとまっすぐ天井を見ていたのと、脱力感に襲われていたせいでわからないが現状を確認してみよう。
地面の上に俺が仰向けになっている。そして俺の上にティアがうつ伏せて乗ってる状態だ。そんでちょうど俺の手を固定している部分は――胸かと思ったが、太腿だった。
太腿もまあ柔らかそうなイメージはあるよな、うん。身長差あんまりないし足が曲がった状態とか少し斜めだったら太腿が俺の手の上にくるのもおかしいわけじゃないよな。
俺は何を思ったのか、手をもう一度少し動かしてしまう。
「んぅっ……やっとスタン解除された」
そのタイミングでティアの意識が戻る。でも、意識を失ってたわけじゃなくて動けなくなっていただけなわけだから。
「それで、アキは何してるのかしら」
「いや、これは事故でだな……HPもうないからちょっと、追い打ちはやめてくれ……な」
「……まあ、そうね。一応、助けてくれたわけだしね。ありがとう……それで、これはクリアになるのかしら」
「わからん……けど、ひとまず帰ろうぜ。もう一度挑戦するHPも集中力も残ってねえから」
「そうね。私ももう無理」
ひとまず後は、火山のほうの遺跡がどうなったかとかいろんな経過を見て判断するしかない。
俺とティアはそう考えて遺跡を後にすることにした。
「アキさぁ……テンパると本名呼ぶ時あるよね」
「あぁ……あるかも」