20 知識不足と早い再会
次の日、いつものように学校が終わって家に帰ってきた。俺の担当の家事を終わらせて夕飯などをすませてからゲームにログインするのと風呂を入るのどちらを先にするか悩みながらリビングでペット特集番組を見ているときだ。夏海ちゃんがスマホの画面を見て頭を悩ませている。
「どうしたんだ?」
「ぐぬぬ……有名な鍛冶師さんがオーダーメイド注文の受付抽選するって通知があって、でも、この日なつ最後の補講はいってるんだよね!!」
「あぁ……」
相変わらずだらしない格好のこいつを見ていると、女子のファッション感覚が崩れそうになる。いや、まあさすがに出かけるときは普通の格好するけど、こだわりとかはないみたいなんだよな。
そしてゲーム内では服よりも金属製の武器防具にメロメロみたいだ。
「そんなに有名なのか?」
「有名になりすぎて、その人ギルド所属してるからほぼ専属みたいになってたんだよね。β時代はフリーだったんだけど。ただ、久しぶりにギルド外の依頼も受けるぞってことなんだって。多分、ギルド内の人への武器とか防具が整ったってことなんだろうけど。ただ、案の定掲示板盛り上がってるから、すごい人きて倍率はすごそうだから抽選にしたんだと思う」
「へぇー……プリンセスブランドの鍛冶師バージョンみたいなものか」
「あれ? お兄ちゃん姫ブランド知ってるの?」
「姫ブランドって……まあ、昨日ちょっとあってな。知ることになった」
「興味はあるけど、もう少し高レベルというか攻略進めてお金に余裕できたらかな。なつの装備だとやっぱり鎧とかが外から見た目に現れるタイプのことが多いし」
「まあ、たしかにそうか。俺みたいなのがイレギュラーなのかもな」
「動きやすさ重視ならお兄ちゃんみたいな人も少なくないけどね」
「……俺も見た目に気を使ったほうがいいのだろうか」
「お兄ちゃん!」
俺のその言葉を聞いた瞬間に、夏海ちゃんは俺の方を掴んできた。勢い良すぎて椅子ごと後ろに倒れそうになったが、どうにか耐えきることができたけど、何だこの状況。
「さすがに今の格好はないと思うよ! やっとわかってくれたんだ!」
「前からわかってたけど、女子用の着るのが嫌だったんだよ!」
「最近はボーイッシュなのとかも多いし、なによりあのゲーム性別関連アイテムは一応していされてるけど、装備自体は性別関係なくサイズあわせればできるから!」
「そうだったの!?」
「オカマプレイしてる人も今まで10人くらいみかけたもん!」
全然知らなかった。ゲーム内でオカマの人はリアルでもオカマなのだろうかとかそういう疑問はおいておくとしよう。
「ていうか逆の……あの、なんだっけ? ネナベ? の人はいないのか」
「いるけど、男性が女性になるのに比べて、女性が男性になると……上手い人は上手すぎて遠目だと男にしか見えない人が多いんだよね。あのゲームだとさらにそれを容易にするアイテムとか作れそうだし……あ、安心して、お兄ちゃんはどうあがいても顔が女っぽいから」
「慰めになってねえぞ」
「リアルの服屋で女性店員さんにレディース服、満面の笑みで勧められた人が何いってんの」
「ぐぬ……」
そんな兄妹のやりとりをしていると風呂上がりの母さんがリビングにきた。
「お風呂でたわよ……って、何してんの? 夏海が秋のこと襲ってるの?」
「違う!!」
「お兄ちゃんがファッションに興味を持った!」
「あら、本当に? まあ今まであんまり興味持ってこなかったし、軍資金くらいならだしてあげえるから買い物いくならいってね」
「リアルじゃねえ!!」
「リアルも買い物あとで行こうよ!」
「どうしてそうなった! 俺が先風呂入るぞ!」
「いいよー」
夏海ちゃんから開放されて俺はすぐに風呂に入った。ゲームを先にやるかどうか考えていたことを思い出したのは、風呂から上がってからのことである。
風呂から上がると時間はだいたい8時になっていた。今日は課題も少なくてすでに終わらせてあるので、心配事もなくゲームにログインする。
いつものようにデイリークエストを受注してから平原で簡単に条件を満たす。あとはクリア報告だけだが、いつもどおり薬草をとるかと悩んだ時、雨でもふったのか平原にあった水たまりを覗き込んでみた。
「……やっぱり、もう少し見た目気づかうべきだよなー」
マイルーム機能があれど、あっちもいじってないため全身鏡をつかったこともなかったが、改めてこう見てみるとたしかにひどい。
性格の悪い集団とかに見られたら「なにあいつ、だっさーい」とか言われた挙句指を刺されて注目を浴びてしまうかもしれない。
「偏見まじりかもしれないな……ちょっとだけでも見てみるか」
俺はその場から立ち上がりセンターシティへと戻る。だが向かう先はショッピングロードでもクエスト完了報告でもない。
俺が来た場所は商店街だ。NPCショップが数多く並び、薬草などを売っている店に限って、いつもどおり夜のこの時間は在庫切れに陥っているのが見える。
「そろそろ入荷回数増やすとか対策とってもいいと思うんだけどな。でもそもそも徹夜プレイとかを助長しないようにとかそういう意味こめてるって公式いってたっけ」
だけど、夜しかプレイできない人もいるだろうしなんとも言えなそうだ。学生だって夜が大半になっちゃうだろうしな。
まあそんな在庫切れの寂しい店を横目に俺がきた目的の店に入る。ぶっちゃけた話デザインは微妙ということをよく言われているNPCのアバターショップである。
確かに中に入るとシャツやら何やらファンタジー世界っぽいものがおいてあるが、どこか現実でもありそうなデザインのものもあったりする……Tシャツとかみたいな。
それ言ったらタンクトップとかもそうなるかもしれないが、これはまだギリギリ誰かが思いつきそうだし、作業効率とか考えればとても良いもののはずだ。
「といっても、俺は汗かいたりなんだりもジャージなりシャツでどうにかしてたし、タンクトップはあんまり着たことないんだけどね」
その後、1時間ほど店の中を見てわかったことは、微妙と言われる理由はわかるんだが、それ以上に着こなし方とか、どう組み合わせればいいかとかもわからないから俺にはそれ以上の感想が持てないということだった。
時間はもうすぐ10時になるというところだ。11時ぐらいに寝れば十分だけど、かといってやることもなくなってしまった。
今からまた平原にいく気分も起きないし、ダンジョンにいくならログインしてすぐからじゃないとレベル上げでもアイテム集めでも物足りないものになっちゃうし。
「今日はログアウトするかな」
デイリークエストをクリアして今日は売る物も数がないしログアウトしてしまおう――だが、最近こういう時にばかり、何かが起きる。
「こんばんわ」
「うおっ!?」
昨日のように後ろから声をかけられて思わず体を振り向かせて距離を取る。そこには見覚えのある少女がいた。名前は聞いてないのでわからないけど。
「え、えっと……こんばんわ」
「昨日ぶりだね。驚かせちゃってごめん」
「い、いえ、それよりも何か」
「さっき服屋に入ってたから、早速興味なんかを持ってくれたのかなって思って」
「…………」
見られてたー。思わず俺は顔を手で覆ってしまった。
なんか理由は自分でもわからないけど、見られてたの恥ずかしい。見ず知らずの人ならいいけど、一応顔見知りにはなってたせいだと思うけど。
「大丈夫だよ! 恥ずかしがることじゃないし、なによりあたしとあなたの交友関係は、おそらくかぶってない!! ちなみに時間ってあったりする? ログアウトしようとしてたように見えたけど」
「いや、やることなくてログアウトしようとしただけで1時間くらいなら」
「うぅん……」
彼女はそう言うと指を顎に当てたり、うろうろと歩いたり、頭を掻いたりと動いて何かを考えてから、再び俺に向き直った。
「明日はログインする予定はあるかな?」
「い、一応」
休みは明々後日だから今日と同じくらいになるけど。
「それならば、明日会おう! ということでフレンド申請するから名前教えて!」
「え? ア、アキですけど」
「えっと、アキちゃん……アキちゃん。いたいた、送ったよ!」
「え、あ、はい」
なんかよくわからない流れだけどたしかに通知が来たのでフレンド申請を承認する。彼女の名前は【リーフ】というらしい。
「それじゃあ、また明日!」
そういって彼女はまた昨日のように闇の中に消えていった。
……一体何なんだろうか。