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◎兎獣人(クニクルシア)と迂回する道(3)

 羊獣人、ウルウル=ドリィメリィ特等工女の朝は遅い。


 クストにそんなことを言われるたびに、わたしは反論する。羊獣人はケムリュエという田舎も田舎、まさに大草原でずっと暮らしていたから、日の光が当たらないと起きることが出来ないのだ、と。時計すら必要としなかったゆるゆる民族のちから、思い知れ!


 そんなこんなで、ケムリュエを飛び出してクロックワイズに来てからは、クストに起こしてもらうところまでが朝の目覚めのワンセットだった。実はクストが起こしに来る少し前には目覚めている、というのはここだけの秘密。暖かな毛布の中にくるまって、クストが「朝だよー」って起こしに来るのを待つのはほんとうに幸せなことだ。


 それが今日は起こしに来ない。


 おめめが醒めて、クストを待ってはごろごろしながら二度寝して、それからしばらくしておめめが醒めて、クストを待ってはごろごろしながら三度寝して、それでもクストはやってきません。


 「……まったくお寝坊さんだなぁ、クストは」


 クスト=ウェナクィテス。犬獣人らしく、まじめで面倒見がよく、たまに小言もいうが、家事からクロックワイズの経営までしっかり気を配ってくれている。一応ケムリュエのプリンセスであるわたしは、生活能力がほぼゼロに等しい。このあいだ体調不良のクストにシチューを振る舞って寝込ませたあたり、マイナスといってもいいかもしれない。


 ――クストがいなければ、何にもできないな、わたしは。


 わたしの部屋には時計がないから(クストが時間通りに起こしてくれるからだ)、いまが何時かわからないが、窓から差す光の感じからしてもうお昼前といったところだろう。


 こんな時間まで起こしに来ないなんて、なにかあったにちがいない。


 わたしはがばっと布団を蹴散らし、階下に下りる。

 あの夏の一件以来の風邪でもひいたのか、それとも怖いばかでも来て揉めていたりしているのか。ザン=ダカ商会に提出する用の書類に手間取って徹夜でもしたのか、あるいは女性のお客さんに言い寄られて一晩をともにしていたりとか!?


 「……なんて。ないない」


 自分のたくましい妄想に苦笑しながら、一階の工房に下りる。そこでわたしが目にしたのは、見知らぬ女と寝ているクストの姿だった。あわ。あわわわ。手にしていたクッションを取り落とす。


 「ほ、包丁はどこにやったっけ……」


 殺してあげなくちゃ。


 ※


 師匠の声がした。

 『ほっほっほ。よく見るのじゃ、ウルよ。歯車技師にとって正しい観測はなによりも大切と教えたじゃろう』

 「えへへ、お師匠。そうだよね、クストがわたし以外を選ぶわけがないよね」

 『……いや、それはどうじゃろ』

 「おい」


 ※


 よくよく見てみたら、寝ているとはいえ、ふたりして作業机に突っ伏している状態だった。クストの手には、レトロな懐中時計。蓋が開いており、かちかちと正確な時を刻んでいた。机の上には工具や部品が散乱している。クストがマイクロモノクルレンズなんてつけているのを見るのは、もう何年ぶりだろう。それをつけたまま眠りこけているあたり、ほんとうにぎりぎりまで作業をしていたにちがいなかった。


 「ふむ」

 なんとなく状況がつかめてきた。


 この兎耳娘が夜中に懐中時計の修理の依頼をしてきたのだろう。そのときわたしは眠りこけていて、対応することができなかった。そんなに急いで時計の修理をしなければならない理由はわからないが、やむを得ずクストが久しぶりに歯車機構を触ることになった――、といったところだろうか。


 「それにしても、こんな独特な機構の懐中時計の修繕なんて」


 ガブリエッラの時計のように特殊なものでは決してないけれど、それでも簡単とは言いがたい構造のアーキタイプだった。


 かつてまだ歯車技術が体系立てられていないころ、個性豊かで野心的な時計機構が多く造られたという。しかし、それらはメンテナンスの難しさからいつしか生産されなくなっていった。もしこれを診たのが新進気鋭の歯車職人であったなら、その奇妙奇天烈な機構に目を回したことだろう。


 「頑張ったんだね、クスト」


 なにがあったのかは知らないけれど、このまま休ませてあげよう。


 ※


 わたしはずっとクストに申し訳ない気持ちを抱いていた。クロックワイズに飛び入りで弟子入りをしたわたしは、なにかと突っかかってくるクストと兄妹のように肩を並べて切磋琢磨し合った。


 わたしはそのとき夢中だった。わたしの知らないこと、わたしの持っているちからすべてを活かせる場所がここにはあった。


 いつしかわたしはクストを追い抜いていってしまい、あるとき、はたと彼のほうを振り返った。努力型の彼はわたしのほうを『信じられない』といった目つきで見つめていた。


 クロックワイズ・メカニクスは彼の祖父、ソフ=ウェナクィテスが立ち上げたものだ。そんな祖父が大好きなクストは、この工房を継ぐためにずっと努力をしてきたのだろう。


 けれど――。

 「……クスト」

 「いいから。ぼくは歯車職人をあきらめる。おじいちゃんとも話し合った。ウルがここで職人として、ぼくはそのサポートとして頑張るのが、一番このクロックワイズ・メカニクスのためになるんだ」


 そんなクストの言葉はいまでも耳に残っている。それからわたしはクストのサポートに支えられながら歯車職人として自由にやらせてもらった。それがクストのためだとも思っていた。


 でも、こうして懐中時計を直したクストの姿を見ると、複雑な想いが胸を締め付けるのだ。この工房は彼が受け継いだほうがよかったのではないかと。


 ※


 きゅるるるる~、とお腹が鳴った。

 「ねえ、クスト。はよ起きれ。ごはん。ごはーん!」

 でも、やっぱりこうしてクストに甘えられる生活が、わがままかも知れないけれど、わたしは好きなのだ。


◯クニクルシア編、あと一話だけ続く予定です。


◯冬コミC93、三日目ポ02a『クロックワイズ・メカニクス』当選しました。

詳しくはこちら→http://aimiele.hatenablog.com/entry/2017/11/04/172241


◯当日は、新刊としてコミカライズ第三巻を予定しています。今回は原作つきのコミカライズではなく、原案を絵師のななぽにさんが解釈し、組み立てるかたちを取りました。多くのキャラクターが登場する本作、自分としてもどのような仕上がりになるのか楽しみですし、みなさんにも楽しんでいただけると思います。


◯また、既刊としては、小説総集編、コミカライズ第二巻、コミカライズ第一巻の頒布を予定しています。第一巻は在庫僅少のためご注意ください。


◯当日お買上げいただいた方には、クロックワイズ書き下ろし+αのおまけ冊子をお渡しする予定です。よろしくお願いします。

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