表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/22

◎兎獣人(クニクルシア)と迂回する道(2)

 「さて、やりましょう」

 「そんなに準備が必要なんですか」


 夜中に飛び込んできた兎獣人、レイシィ=キャロルキャロットの依頼を受けてから、ぼくが作業を開始するまで一時間弱かかってしまった。ウルの使用している工具は勝手に使うと怒られるから、祖父からもらった自分のものを押し入れの奥から取り出していたのだ。幸いにして手入れは怠っていないから、マイクロドライバーを始め工具は錆び付いてはいない。

 ――錆びついているかどうか心配しなくちゃいけないのは、ぼくの腕のほうかも知れないけど。


 その後、ウルを二階のベッドまで運び、毛布をかけた。これだけどたばたしたのに起きないとはさすが羊獣人である。そう感心するとともに、もうぼくには逃げ場がないことを感じていた。ここで『ふぁああ~、なになにクスト、なにそのお客さん』って起き出してさえくれれば……、と思うぼくがいなかったわけではない。


 首を横に振る。

 ダメだ。


 自分が自分一人で落ち込む分には自由だけども、いまはこの少女の時計修理を請け負っている身なのだ。対価まで発生している『仕事』に、ぼくはもっと真摯に向き合わなくちゃいけない。頭の中に次々と湧いてくる弱音と言い訳を『くすとぱわー!』でやっつけながら、ぼくは施術の準備を進めていた。


 「ひとつの懐中時計の修理といえども、これだけの準備はします。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすと言います。それが、『クロックワイズ・メカニクス』なんです」


 作業台の対面に座っているレイシィに、ろくろを回すような手つきで熱弁する。と、同時に自分が背負っている看板の重さを実感する。ウルはいつもこの重さを背負いながら仕事をしていたのかと改めて思う。


 なぜか目の前の彼女は青白い顔でカタカタと震えていた。そこでようやくぼくは気がついた。気が利く男を演出だ。


 「あの、夜も遅いですし、毛布でも持ってきましょうか?」

 「い、いえ、そういうんじゃなくてですね……」

 「?」

 「……」


 彼女は小さく震えながら、兎獣人特有の赤い瞳で上目遣いにこちらを見つめている。寒くもないのであれば、いったいなんなのだろう。トイレにでも行きたいのだろうか。それはちょっと言い出しづらい。


 「ああ、そうだ。最後の準備を忘れていました。集中力を絶やさないため、トイレに行っておかなければ。あそこのレジの左隣に見える扉がトイレなので、そこに向かうとしましょう。お客さんでも自由に使えることでお馴染みのあのトイレにね!」

 「は、はぁ」

 極めて自然な振る舞いである。


 『獅子は兎を狩るのに』というフレーズが原因だったことにぼくが気がついたのは、作業を始めて十分ほど経ったときだった。


 ※


 兎獣人、レイシィ=キャロルキャロットの持ち込んだ懐中時計は、緋緋色金ヒヒイロカネによって覆われた頑強なつくりだった。専用の工具を使って裏蓋を外す。外見からではかなりオーソドックスな機構のように思えたが、実際に中身を見てみれば、想像していた以上の歯車の数だった。最近ウルが開発に取り組んでいる『天体運行解析機構アストロラーベ』を思わせる。

 手のひらにじっとりと汗が滲む。


 「どうなんですか」


 記憶をフル回転させて、歯車機構の修繕の手順を思い出す。祖父から教えてもらったのはもちろん、ウルの作業だって事務方として見ている。歯車の数は多く、機構は洗練されたものではない。それはこの懐中時計がかなり旧式であるこ証拠だった。


 階差機関ディファレンシャル・エンジンが本格的に実用化する前の構築であり、理論計算ではなく、職人が自分のカンを頼りに組み上げていった時代のものであるため、いまの歯車機構のように徹底的な合理化が図られていない。

 大きく息を吸って、吐く。


 「大丈夫です。どうしても時間はかかってしまいますが、これなら修繕は可能なはずです」

 「そうなんですか、よかったぁ」

 「どうしますか。一度帰っていただいて、朝取りに来てもらってもいいですが」

 「ありがとうございます。でも、ここで見させてください」


 柱時計を見れば、ぼくがあたふたしていたあいだに日付が変わってしまっていた。こんな夜中に兎獣人の少女一人で外を歩かせるのはさすがにかわいそうだ。どこにどんなばかがいるとも限らない。


 「では、始めます」


 手の汗を拭い、震える手でピンセットを握る。


 ※


 「ウルにお任せだよ」

 ウルウル=ドリィメリィ特等工女。


 いつもはぼやぼやねむねむしている羊獣人の彼女だったが、コーヒーを入れて歯車機構を前にするとエンジンがかかり、その驚異的な空間把握能力を駆使して、歯車機構の修繕を行う。


 それを後ろから見ていて、飄々と問題を解決していく彼女の姿を当たり前のことのように思っていたのだけど、それがどれだけ凄まじいことかということを思い知らされていた。いざ真似をしようと思っても、ぼくの頭ではまったくうまくいかなかった。


 「……っ」

 額に浮かんだ汗を拭い、マイクロモノクルレンズを通した視界に集中する。


 いまぼくが目の当たりにしているのは、特殊な懐中時計ではない。型が旧式で複雑なだけで、常識の範疇のレベルだ。たとえば、『絡み合う双子座のマナ』を利用したブラックボックスが組み込まれているわけでもないし、歯車が何千何万と噛み合っている階差機関の修繕でもない。ましてや祖父ですらたどり着かなかった『魔法マギ歯車ギア完全調和マギアヘーベン』絡みでもない。


 ぼくはウルウル=ドリィメリィ特等工女の能力を信頼して、さまざまな仕事を持ってきては振っていたけれど、彼女はこれほどすごいことをしていたのだ。わかっていたつもりではあるけれど、結局、ウルの能力に頼り切っていたんだ。


 「ゼンマイ機構があそこ、ここまで動力が届いて……、ここで分岐……」


 ピンセットで小型歯車ひとつ取り除くだけでも、さまざまな考えが頭をよぎる。あれだったらどうしよう。これだったらどうしよう。ウルのように特別な直感があれば別だけども、ぼくはもともと理論でこつこつ取り組んできた人間だ。どうしたって手が遅くなって、迷いも出てしまう。


 「それから長身と短針に向かって……、でも、この動力迂回路はなんだ……」


 柱時計のちくたくという音が耳障りだった。これくらいの機構、ウルならぱぱっとやってしまうところ、なにを手間取っているんだと指を差されているようだった。繊細な作業を要求される指に妙なちからが入ってしまい、ピンセットが歯車を掴み損ねて、跳ねてしまった。


 「「あ……」」


 頭をかきながら拾いに行くが、非常に小さな部品だったため、見つからない。自分のふがいなさにいらいらしながら床に這いつくばって探すけれども、いっこうに見つかる気配はなかった。


 しまったなぁ。あんなレトロな歯車、在庫にないぞ……。


 「クストさん、クストさん」


 声をかけられて顔を上げると、レイシィが口元を押さえながら、ぼくを見つめていた。ぷぷぷぷ。ぼくが情けないすがたを見せているのがそんなに面白いのかよと思って一瞬落ち込んだが、彼女がぼくの髪から歯車を取り出したのを見て、状況を察した。


 「どうか落ち着いてください、クストさん」

 「いえ、あの……、すみません。ウルなら、クロックワイズ・メカニクスの主任技師なら、こんなことにはならなかったんですが」

 「またそんなことを……、わたしはクストさんに依頼をしているのだからいいのです」

 怒りますよ、と付け加えられた。


 「こんな夜中に押しかけておいて何ですが、クストさんは焦ってみえるようです。少し休んだ方がいいと思います。少しだけ、わたしの話をしてもいいですか」

 「レイシィさんの話?」

 「いえ、どちらかというと、この懐中時計とキャロルキャロットの話といった方が正確かも知れませんが」


 正直な話、ぼくは一刻も早く汚名挽回するため、時計の修繕に取りかかりたかったが、たしかにいまのぼくは焦っている。それはよくわかっていたし、これ以上ムリに続けても、いずれあの細かい歯車たちをひっくり返す結果になることだろう。ひとつ大きな息を吐いて、「話を聞かせてください」と、ぼくは紅茶を入れる準備をした。


 「あの、にんじんジュースとかの方がいいですか?」

 「獣人種差別ですよ、それ」


 ※


 実はわたしがクロックワイズ・メカニクスを訪れたのは、これがはじめてのことではないのです。クストさんにお逢いするのも、実はこれが二回目なんです。


 きょとんとしていますね。ふふっ、そうだと思います。あのころはまだ幼かったですから、あなたも。わたしも。


 ある仕事をしていた祖父のアンティキティラ出張についていったわたしは、故郷のケテル地方では見られないような歯車の技巧の数々に感動していました。蒸気と歯車の街アンティキティラ。当時はまさしくその最盛期であり、歯車技術が世界の最先端を行っていた時代です。


 仕事が終わった祖父とわたしはアンティキティラの街を散策する中で、ひとつの時計屋さんを見つけました。祖父はいつも懐中時計をチェックしていたものですから、わたしも自然とそれに憧れてしまっていたのでしょう。ショーウィンドウを見つめながら、買って買ってと駄々を捏ねていました。


 祖父としても困ったことでしょう。当時はまだ蒸気機関による大量生産も間に合っておらず、時計一つの単価は非常に高いものでした。安物ならともかくも、わたしが駄々を捏ねているのは、世界最先端の時計工房の前なのです。当時のキャロルキャロットの家は決して裕福ではなかったため、祖父は困ってしまいました。


 そんなとき、

 「クロックワイズ・メカニクスへようこそ!」

 という声が聞こえたのです。

 ドアベルが鳴り、わたしと同じ年くらいの犬獣人が満面の笑みでわたしたちを見つめていました。


 「いや、孫娘が騒がしくしてすまなかったね」

 「いえ! 喜んでもらえて嬉しいです!」


 小さな犬獣人のあとには、老人が顔を出してきました。いまでこそ、伝説の歯車職人、クロックワイズ・メカニクスのソフ=ウェナクィテスだと知っていましたが、当時はよくわかっていませんでした。


 『あの時計、とっても綺麗ですね。おじいさんが作ったんですか』なんてマヌケな質問をしてしまいました。ソフはわたしに微笑んでくれました。


 「ふむ。お嬢さんはお目が高い。この懐中時計は特別でね、世界にひとつしかないものなんだよ」

 「ひとつしか……」

 うんうん、と小さな犬獣人が頷いていました。

 「この時計はね、おじいちゃんと一緒に造ったんだ。それでね、この時計の凄いところはね……、こういう問題があったんだけどね……、それでずっと考えていたんだけど……」


 と少年は目を輝かせながら、身振り手振りでこの懐中時計を造るためにいかに自分が知恵を絞ったのかということを語り始めました。語られる単語の多くは当時のわたしにはわからなかったけれど、それでも懐中時計というものを如何に正確に動かすかという工夫が施されているということはよくわかりました。


 「柱時計や大時計とちがって、懐中時計はいろいろな要素の影響を受けるんだ。物理的な衝撃はもちろん、天地が逆になることだってある。衝撃は頑丈な緋緋色金ヒヒイロカネで補えるけど、重力の影響はそうはいかない。懐中時計のポケットの中での角度によって、設計者が想定している動きから微妙に外れてしまって、時間にずれが生じてしまう」


 犬獣人の少年は、衝撃のジェスチャーや天地が逆になってしまうジェスチャーをしながら、如何にそれを解決することが時計屋としての課題であるかと言うことを説明しはじめました。そのころになると駄々を捏ねて泣いていたわたしも泣き止んでいて、この面白かわいい少年の虜になっていたんです。


 「そこでね、複数の動力迂回路を利用して、懐中時計にかかる重力の影響をなくしたんだ。ポケットの中でどんな方向を向いていても、早まってしまう動力路と遅くなってしまう動力路から、その平均を取ることができる。ね、凄いでしょ!?」


 犬獣人の少年は一生懸命にそんなことを語るものだから、なんだかわたしも嬉しくなってしまいました。けれども、同時に残念な気持ちも広がっていきます。そんなに革新的な一点ものの時計なんて、どれだけ欲しいと思っても手に入りはしないだろう。


 そんなわたしに犬獣人の少年は、そのたいせつな時計を差し出したのです。

 「たいせつにしてあげてね」

 「え、でも、これ高いんじゃ……?」

 「この時計をそんなに気に入ってくれたんだから、きっと君のところにいるのがこの時計にとっても幸せだと思うんだ。店の外からほんとうに欲しそうに見つめていたよね。あれ、すごく嬉しかったから。ね、おじいちゃん、いいでしょ?」

 いいとも、と伝説の歯車職人ソフは優しく微笑んでくれました。


 犬獣人が差し出した時計を受け取ると、ずっしりと重く。それは緻密に組み込まれた歯車機構の重さなのかもしれなかったが、それ以上に、小さな彼とソフとの努力の重さなのだと感じました。

 『託された』、という言葉が脳裏によぎりました。


 「ずっとたいせつにします」

 誓いの言葉。

 この言葉は胸の奥底で灯り続けているのです。


 ※


 クストさんの顔つきが変わった。


 わたしのお話のどこで思い出したのかはわからないが、話の途中から彼はマイクロモノクルレンズをつけたまま目を大きく見開いていた。きっと見えていたのはいまのわたしではなく、あのときのわたしと、そしてソフの姿なのだろう。


 クロックワイズ・メカニクスに何があったのか、わたしは知らない。ソフ=ウェナクィテスが亡くなったことは新聞で知っていたし、職人式の歯車工房が経済的に行き詰まっているのもいろんな地域を跳ね回っていればよくわかる。どうして、クストさんではなく、羊獣人の少女が技師を担っているのかもわたしは知らない。


 けれど、さっきまで曇りがかっていたクストさんの瞳の奥で、小さな焔が宿ったことだけはわかった。「ああああああああああぁ!」と叫びだし、彼はあたまを掻きむしった。わたしはそれを止めようとは思わなかった。わたしの知らないクロックワイズ・メカニクスでの苦悩、この数年間で積もりに積もったものを振り払う、きっとそんな儀式だっただろうから。


 彼は大きく息を吐き、わたしに目もくれず、作業台に向き直る。うん。それでいいのだと思う。世界にたったひとつの懐中時計を挟んで、幼いクストさんといまのクストさんが向き合っている。その『対話』に、客であるわたしへの遠慮なんて入り込んではならないのだ。

 ――たいせつな時計です。クストさんに託しましたよ。


 夜は更けていく。


◯がんばれクスト。


◯冬コミC93、三日目ポ02a『クロックワイズ・メカニクス』当選しました。

詳しくはこちら→http://aimiele.hatenablog.com/entry/2017/11/04/172241


◯当日は、新刊としてコミカライズ第三巻を予定しています。今回は原作つきのコミカライズではなく、原案を絵師のななぽにさんが解釈し、組み立てるかたちを取りました。多くのキャラクターが登場する本作、自分としてもどのような仕上がりになるのか楽しみですし、みなさんにも楽しんでいただけると思います。


◯また、既刊としては、小説総集編、コミカライズ第二巻、コミカライズ第一巻の頒布を予定しています。第一巻は在庫僅少のためご注意ください。


◯当日お買上げいただいた方には、クロックワイズ書き下ろし+αのおまけ冊子をお渡しする予定です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ