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◎兎獣人(クニクルシア)と迂回する道(1)

 「私はクストさんにお願いをしているんです」


 『クロックワイズ・メカニクスへようこそ! 』

  ~兎獣人クニクルシアと迂回する道~


 クロックワイズ・メカニクスの夜は早い。

 それは技師である羊獣人、ウルウル=ドリィメリィ特等工女が夜にめっぽう弱いからだ。晩ご飯を食べてシャワーを浴びたら、もうすぐにすやすやモードに入ってしまう。もともと羊獣人というのは、ケムリュエという広大な平原で群れをなして暮らしている種族であるから、日が暮れたら寝るということが遺伝子レベルで刻まれているのだろう。


 「もう、そんなところで寝ていると風邪を引いてしまいますよ、ウル」

 「むにゃ」


 今日も工房の机で設計図を広げながら、船を漕いでいた。そんなに眠いのならベッドで寝ればいいのにといつも思う。が、彼女はその眠気に逆らってまでなしとげたいことがあって、その実現のために日々努力をしているのだった(その眠気に逆らうことができているとは言っていない)。


 ぼくはぼくで夕食を終えたら、事務仕事が山積みだった。ザン=ダカ商会への補助金の申請書類、時計の修繕依頼のためのチラシ案、そしてそれを置いてもらえる店舗や掲示板探し。産業革命によって大量生産の時代が始まり、職人の時代が終わりを告げようとしているいま、祖父から受け継いだこの歯車工房を存続させるためには、やれることはすべてやるつもりだった。


 「むにゃむにゃん」


 それが、飛び入りで弟子入りしてきたウルというひとつの才能に賭けたぼくの約束だったからだ。ぼくは職人を継ぐことを諦めた身だ。経理、雑務、家事、エトセトラエトセトラ。ウルが持てるちからを職人の方向にのみ100%発揮できるようにするのが、ぼくの仕事だった。


 そんな折り、扉をこんこんと叩く音がした。

 時計を見ると、夜の九時を回ったくらい。それはウルがこの工房に弟子入りして初めて作った歯車機構の時計であるから、実際の時間は九時ちょうど。こんな時間にお客さんとは珍しい。

 ぼくは書類から万年筆を離し、席を立った。


 「クロックワイズ・メカニクスというのはここですか?」

 「ええ。どういったご用件でしょう」 


 扉を開けると、水銀灯が照らす明かりの下で、ひとりの少女が立っていた。この季節になると夜は急速に冷える。白い息を吐きながら、帽子を被った彼女はぼくを見上げた。


 「たいせつな時計が壊れてしまったので、診て欲しいんです」

 「お安いご用ですよ。さ、寒いので中へどうぞ」


 お客さん用の椅子へ座った少女は、帽子を外した。ぴょこんとふたつの白い耳が跳ねる。この蒸気と歯車の街『アンティキティラ』には多くの種類の獣人たちが暮らしているが、彼女の種族はあまり見かけたことがなかった。


 「ぼくはクロックワイズのクスト=ウェナクィテスといいます」

 「わたしはレイシィ=キャロルキャロットといいます」


 彼女はぺこりと頭を下げた。


 「兎獣人クニクルシアですか、珍しい」

 「ええ、ケテル地方からパスを乗り継いで、出稼ぎにやってきたんです。たしかにこの街だと同族はあんまり見かけませんね」


 ケテル地方といえば、アンティキティラ中央駅からかなり離れてたところだった。都市部ではなく、田舎。ただし、ケムリュエのような何にもないような大草原ではなく、古代の遺跡が多く眠る歴史が長い街という感じらしい。もっともぼくは行ったことがないけれど。


 「ここは都会って感じがします。家を飛び出していろんなところを飛び回ってるんですが、港町ストラベーンの賑わいかたよりも、このアンティキティラのほうがわたしは好きです。歯車と蒸気、ロマンだと思います」

 「そう言ってもらえて嬉しいです」


 紅茶を出すと、美味しそうに飲んだ。


 「たいせつな時計というのは?」

 「おじいちゃんがくれた時計なんですが……」


 彼女が斜めがけにかけていたバッグから取り出したのは、懐中時計だった。緋緋色金ヒヒイロカネらしく、落下の衝撃程度では歪まないほどの頑強さを持っている。

 ふたにはさまざまな紋章が刻まれていた。その中には、モノクルをかけた兎紳士の肖像のようなものも含まれていた。よく手入れがされている。


 「失礼します」


 ふたを開けると、時計盤が目に入った。たしかに長針も短針も中途半端な時間で止まったままだ。振ってみてもからから音はしないため、ゼンマイの劣化による断絶というわけではなさそうだ。歯車が外れてしまった感じも見受けられない。


 「どうですか?」

 「あんまり即答できないですねえ。うちの技師の判断を仰がないとなんとも言えないんですが、ちょっと今日はもう対応できなくてですね」

 「技師?」


 彼女は首を傾げた。


 「あなたじゃないんですか? アンティキティラと言えば、ソフ=ウェナクィテスのクロックワイズ・メカニクスだって……」


 レイシィに悪気はないのだろうけれど、胸にちくりと痛いモノが刺さる。


 「遠くケテルのほうまで伝わっているんですね、光栄です。ただ、いまの技師は羊獣人のウルウル=ドリィメリィ特等工女というんですが、あのとおりなんです」


 工房の机ではパジャマ姿にナイトキャップなウルが、せっかく引いた設計図の上で寝息を立てていた。ああもう、あれじゃよだれがついちゃうし、起きたときほっぺに鉛筆のあとがついちゃうでしょ……。お客さんの前で恥ずかしい……。


 「むにゃーんむにょーん」

 「寝てますね」

 「ええ、寝てるんですよ」


 満場一致である。


 「というわけで、ちょっと即答できないです。これ分解しないことには見積もりも出せないですし、既製品ではなく一点もののようです。やはり技師の判断を仰いでからのほうがいいと思います」


 レイシィは納得のいかない表情だった。

 が、こんな営業時間外に来ているそっちも悪い。


 「ですから、一度この時計は預からせていただいて、また都合のいいときに来てください。そのときには現状分析と見積もりを出せるようにはしておきますので。それでよろしいですか?」


 と、強引に話を進めて、連絡先を書くためのメモを取りに行こうとしたとき、彼女の低い声が聞こえた。


 「……ダメです」

 「はい?」

 「いますぐ直してください。ほんとうに大切な時計で、これがないと落ち着いて過ごせないんです。どうか今晩中に直してもらえるようお願いします」


 その真っ赤な目は必死で、ぺこぺこと頭を下げるたびに兎耳が跳ねた。


 「そんなことを言われても……」


 あの状態のウルはちょっとやそっとじゃ起きない。それに寝起きの彼女はエンジンがかかっていないから、いきなり時計の修繕なんてこともできるわけもないだろう。試しにつんつんつついてみたが、寝息のリズムは変わらなかった。


 「むにゃにゃ、もう歯車、回せないよ~」

 「どんな寝言だ」


 というわけで、このレイシィ=キャロルキャロットという少女には悪いけど、帰ってもらうしかない。ぼくだって夜中にやりたい作業もあったのだし。さて、それをトラブルにせず、オブラートに伝えるためにはどうしたらいいか。


 と、ぼくが悩んでいると、レイシィのまっすぐで真っ赤な瞳と目が合った。

 とてもいやな予感がした。


 「お願いします」

 「……ぼく?」


 レイシィはこくこくと頷く。


 「ほんとうに大切な時計なんです。一日たりとも肌身離さず持っていないと、わたし、ダメで。わがままを言っているのはわかります。料金でしたら、二倍でも三倍でも払いますから、どうかお願いします」

 「ちょ、ちょっと待ってよ。ぼくはクロックワイズの経理担当だって言ったでしょ? いまここには技師はひとりしかいなくて、一度寝たら起きなくて」

 「クストさんにお願いをしているんです」

 「たしかに祖父にひととおりは習ったけれど、もうウルに譲って何年になるかってところだよ。たいせつな時計なんでしょう。何かあったらぼくには責任が持てない」


 そのとき、夜の10時を告げる柱時計の鐘が鳴った。あれはケムリュエからウルが来たとき、まだ『田舎から出てきた得体の知れない羊獣人』だと思って、張り合っていた頃にぼくが作った時計だった。

 そのとき、ウルはその天才的な空間把握能力を発揮して、見たこともないような歯車回路を構築した。一つの歯車に二つ三つの存在意義を持たせ、初見では動力駆動がどう伝わっているのか全然わからない代物だった。


 一方、ぼくはただただ基本に忠実な、犬獣人らしい時計を作った。いまでもあのときに胸の中に宿った感情は覚えている。それは『あきらめ』と呼ばれるものであったのかもしれないけれども、そうではない感情も芽生えていた。


 その時計がいま、この状況で鳴っている。

 あのときのぼくと祖父に背中を押されているような気がした。 レイシィが泣きそうなひとみで見つめてくる。


 「……わかりました。ただ時間外なので別料金を取ります」

 「ありがとうございます!」


 もう引くに引けない、と手のひらにじわっと汗が滲んだが、レイシィの純粋に喜んでいるすがたを見ると、いまのぼくで出来るだけ頑張ってみるかという気持ちになった。

 「むにゃむにゃーん」とウルが呑気な寝息を立てていた。

◯クストのこういう話が書きたかったので、書きました。


◯冬コミC93、三日目ポ02a『クロックワイズ・メカニクス』当選しました。

詳しくはこちら→http://aimiele.hatenablog.com/entry/2017/11/04/172241


◯当日は、新刊としてコミカライズ第三巻を予定しています。今回は原作つきのコミカライズではなく、原案を絵師のななぽにさんが解釈し、組み立てるかたちを取りました。多くのキャラクターが登場する本作、自分としてもどのような仕上がりになるのか楽しみですし、みなさんにも楽しんでいただけると思います。


◯また、既刊としては、小説総集編、コミカライズ第二巻、コミカライズ第一巻の頒布を予定しています。第一巻は在庫僅少のためご注意ください。


◯当日お買上げいただいた方には、クロックワイズ書き下ろし+αのおまけ冊子をお渡しする予定です。よろしくお願いします。

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