犬獣人(ファミリシア)と8文字の伝言(解決編)
――簡単な暗号だよ、珈琲でも飲みながら話そうか。
クロックワイズ・メカニクスへようこそ!
〜犬獣人と8文字の伝言(解決編)〜
これまでのあらすじ。
歯車工房『クロックワイズ・メカニクス』の経理担当、犬獣人のクスト=ウェナクィテスは過労がたたって熱を出して寝込んでしまう。そんな彼を心配した技師、羊獣人のウルウル=ドリィメリィは手料理を振る舞うが、それがトドメとなってしまう。
熱にうかされていろいろなことを思い出すクストだったが、朝起きると、ウルの手紙が残されており、そこには意味深な暗号『12648430』が書かれていたのだった。
※
「おーい、わんころ、邪魔するぞー」
今日も今日とて暇なクロックワイズ・メカニクスには、ふたりの狐獣人が遊びに来ていた。貴族マクローリン家のお坊ちゃんノイン=シュヴァンツ=マクローリンと、そのメイドのクゥ=ノァイン=マクローリン。今日のお土産は港町ストラベーン旅行で買ってきた蒸しパンで、クストは四人分のコーヒーを淹れたところだった。
そしてストラベーン旅行のお土産はもうひとつ。
「ストラベーンの国際展示場では年に二回、『ウス異本』というものの取引に関する大きなイベントが開催される。パパに顔出しついでにそこに遊びに行ったんだけどさ、そこにこういう『ウス異本』が売られていたんだ」
ノインのその言葉を受けて、クゥがかばんから出してきたのは、ひとつの冊子だった。かなりの上質紙が使われており、それを半分に折り曲げて中央を金属製の針を折り曲げたもので留められている。タイプライターで打ったような活字が並んでいた。
「……これは、小説?」
「そう。田舎者のお前たちはわからないだろうけど、こういう手作りの『ウス異本』が流行っているのさ。小説の他にもイラストレーターが描いている本もある。ほんとうに文化的な空間なのさ」
「ほんとうに酷い人混みでしたわ。クスト様ったら、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうものですから、ずっと手を繋いでおりましたの。そうしていても人混みに乗じてどこかに行ったり、トイレだからと手を離そうとしたり、まるで私に見られてはいけないものを買おうとしているのかと疑ってしまいましたわ」
クゥの申告に、クストが顔を真っ赤にする。
「気のせいだ。貴族たるもの、文化的な空間でそんな邪なことは考えてないぞ」
「そういうことにしておいてあげますわ」
基本的にこの蒸気と歯車の街『アンティキティラ』を離れたことがないぼくにとっては、いまだにどういうイベントなのか理解できていないけれど、活気だけは伝わってきた。そういえば、旅行ってあんまり行ったことがなかったな……。
「そこで手に入れたのが、この冊子というわけだ。開いてみてくれ」
ぼくとウルがその冊子を覗き込むと、まずタイトルが飛び込んできた。
「クロックワイズ・メカニクスへようこそ!?」
ぼくとウルは同時に声を上げてしまった。
読み進めると、屋号はおろか、『クスト=ウェナクィテス』という名前も、『ウルウル=ドリィメリィ』という名前も出てくる。誹謗中傷でも並んでいるのかと思ったが、そういうことでもなく、かわされている会話は、まさにぼくたちが普段しているような会話そのものだった。また、ぼくの一人称でこの物語は書かれているのだけど、それもまさにぼくが考えそうなことで。
「いったい誰がこれを……」
「さぁね」
「ノインが買ったんじゃないのか!?」
「いつのまにか紙袋の中に入っていたのさ」
流し読みしただけだけど、ここに書かれている内容はたしかにそのとおりだった。ぼくはザン=ダカ紹介への補助金の申請やらなにやらの関係で忙しかったときに、体調を崩して倒れてしまった。むかしから夏場には一度体調を崩すから、ほんとうに油断をしていた。そんなところにウルの手料理を食らってばたんきゅーしてしまった。ノインをはじめいろいろな関係者に、『絡み合う双子座のマナ』で連絡を取ったのも事実だ。
ぼくとウルは顔を見合わせた。
「こわっ」
「まぁ、それはともかく――」
ノインがひとつ咳払いをする。
「最後のこの16ページに書かれている『12648430』という暗号の意味がわからないんだ。作中でのわんころは当然のように理解しているが、回答がどこにも書かれていない」
真剣な眼差しのノイン。ぼくがウルの方を見やると、ウルは珈琲に口をつけていた。
「これ、ギミックというかヒントに気がつけばすぐにわかりますよ。実際いまぼくもウルも、流し読みしただけでわかりましたし……」
ウルもこくこくと頷いている。
「ほんとうですの? クスト様のお心を煩わせてはいけないと、あれからずっと寝ずに演算をし続けておりますのに!」
クゥが珍しく声を荒げた。そうだ、たしかクゥは暗算が得意で、どんな数字を言われても素因数分解できる能力を持っている。この8桁の暗号についてもいろいろなアプローチを試みたいんだろう。だけど、そういうやり方を知っているからこそ、こういう暗号はドツボにはまる。
「そんな特殊能力がなくても解けますよ」
「わんころ、いまお前、すごくイヤ〜な顔しているぞ」
「えー、そうですかー、すごく心外だなー、ははっ」
とはいうものの、にやにやが止まらない。生まれてこの方、ぼくと正反対の裕福な生活を送っているノインに、マウントを取れる最初の機会だからだ。あぁ、少なくとも技師の勉強をしておいてよかった。まさかアレがこんなところで役に立つとは。
「もう少し頑張ってみてくださいね、きっと解けますよ」
ノインがすごくイヤ〜な顔をした。
※
「ちょっと、ふたりが考えているあいだにトイレ」
と、ぼくが席を立つと、『わたしも』とウルがついてきた。
ウルは小さな頃から珈琲を飲むと、すぐにトイレに行きたくなってしまう。ぼくはウルのことならなんでも知ってる。さすがにアンティキティラに来る前のことは知らないけれど。よく珈琲を飲みながら、歯車機構の作業をしていて、『このまま集中して作業続けたい』と『漏れちゃう!』の板挟みにあってもじもじしているのを見かける。
というわけで、ぼくはウルにトイレを譲ろうとした。が、今回はそういうわけではなかったらしい。ぼくのほうを真剣に見つめて、もじもじしている。
「……あの、その」
「どうしたの、ウル」
「この文章だとわたしがクストに、キ、キスしている描写があるんだけど……、誰かに見られてたのかな……?」
「ほんとにしてたの!?」
※
クロックワイズ豆知識。
レンチでちからいっぱいクストの頭を殴ると、気絶する。
「大丈夫なのか、わんころ」
「眠いんだって。最近寝不足だったようだし」
クストが床に倒れているのを見て、ノインが心配そうな声を上げた。いつもは犬猿の仲というくらい仲が悪いふたりだったが、さすがにこの状態は心配してしまうようだった。ちなみにわたしは、彼らは似た者同士なのではないかと思っている。きっと、将来好きになるひとが出来たとして、それは偶然同じひとで揉めたりするのだろう。
「寝かせておいてあげましょう」
わたしはクストのことならなんでも知ってる。さすがにケムリュエからここに来る前のことは知らないけれど、どこをどう叩けばどれだけの記憶を失うかは承知している。天下のクロックワイズの特等工女を舐めないでほしい。
――君は知ってはならないことを知ってしまったのだよ。
そして、思い出したようにトイレに駆け込んだ。危ないところだった。
「ふぃ〜」
リビングへ戻ると、ノインとクゥがうんうん唸りながら、8文字の伝言について頭をひねっていた。ああ、考えれば考えるほどドツボに入ってしまうというのに。そろそろ回答を上げないと、クゥさんの演算機能がオーバーヒートしてしまいそうだ。ムキになって顔が真っ赤。
「それじゃあ、解決編を始めましょう。気がついてしまえば簡単な暗号、珈琲でも飲みながら話しましょうか」
わたしはクストの淹れてくれた珈琲を、客人のカップに注いだ。さて、これからはわたしのターン。クストはなんだかノインに対して嫌味モードになってしまったので、眠っていてもらってちょうどいいのかもしれない。
「ヒントそのいち。この数列に数学的な意味はない。だから、素因数分解したり、数列としての規則性を求めようとしたり、加減乗除をしても意味がない。でも、ひとつだけ数学的な処理をしなければならない」
『12648430』という数字の見た目にとらわれていては隘路に入ってしまう。
「ヒントそのに。このウス異本にはページ番号が振られている。この数字が書かれているページ番号は?」
16。
「ヒントそのさん。というか、答えだけどね。16という数字が怪しいと思ったら、作中のそれに関連した台詞が用意されていることがわかる」
※
「ウル、コーヒー淹れておいたから」
「ありがと〜、ふぁあ」
「16進法の処理についてわからないところがあるから、後で教えろよな」
「お安いごよーだよ!」
※
――実際、この会話、幼いころにクストとしたことがあるんだけど、この本、ほんとに誰が書いたんだろう。
まぁ、とりあえずここで解決しない問題は置いておいて。
「16進法!」
クゥがハッと顔を上げた。そしてその一瞬後には演算を終えたのか、『ああ、なるほど、そういうことでしたのね』と手を叩いて、珈琲に口を付けた。隣でノインが『おい』と不機嫌そうな声を出した。
「16進法とはなんだ」
「わたしたちの数えている数は、十進法。1から始まって、10を数えるときに位が上がる。それを応用したのが16進法なんだ。階差機関なんかを設計したり運用したりするときによく使うの。見ていて」
わたしはメモ用紙を広げて、万年筆を握った。
「十進法と同じ考え方、16進法は1から数えて、16を数えるときに位が上がる」
「もう上がってるじゃないか」
「そう、わたしたちの用いる数字はあくまで十進法がベースになっているから、十種類しか数字が用意されていない。だから、拡張するのさ。数字が一桁では表現できなくなる10はA、11はBというようにね」
ノインは首を捻っていたが、とりあえず15=Fのところまで書いた。
「そして、次は16。約束通り、16を数える時は位を上げるから、十の位が発生してそれは1。そして一の位は繰り上がったばかりだから0。つまり、16進法において、16は10に等しい」
「なんだか気持ち悪いぞ」
「実際に利用しないとありがたみはわかんないよね……。それはまた今度の機会に教えてあげるから、とりあえずこれが約束だということを憶えておいてほしいの。だから、16進法を使うときはAからFまでのアルファベットは出現しうる」
「それでこの数字を変換するとどうなるんだ?」
さて、『12648430』という数字。これを16進法に変換するためには、けっこうめんどくさい演算をしなければならないけれど、そこはこの雌狐がいるので大丈夫。
「というわけで、クゥさん。この8文字の伝言は、16進数表記にするとなんですか?」
「『シー・ゼロ・エフ・エフ・イー・イー』ですわ」
「なんだそれ」とノインが眉をしかめた。
わたしはそれをメモ用紙に書き留める。
「『C0FFEE』」
ノインが立ち上がる。そう、この『12648430』という8文字の伝言が意味していたところは、『COFFEE』だ。Oは16進法では表現できないから、0で代用したのだろう。
「なるほど、珈琲か」
ノインはそういってカップに口をつける。
「たしかにこの物語の中で、クストに手料理を振る舞おうと、ウルは珈琲を豆のままシチューに入れるという暴挙をしていたな。なるほど、そこから伏線だったということか。しかし、いくら創作とはいえ、そこまで誇張されると腹が立つなあ、ウル」
「そ、……そうだね」
暗号の件以外はほとんど事実なのだけど、それはちょっと黙っておこう。
※
一時間後、クストがドヤ顔で帰ってきた。
「さぁ、解決編を始めようか。気がついてしまえば簡単な暗号、珈琲でも飲みながら話そうじゃないか!」
「知ってるよ、『C0FFEE』だろ?」
しょんぼりするクストだった。




