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狐獣人(ヴェルペ)なメイドの勤務日誌(3)

 クゥ=ノァイン=マクローリン。


 私の名前はそれ。ノイン様がつけてくださいました。マクローリン家に拾われる前の名はもう、忘れてしまいましたわ。なにか、とてつもなく差別的な侮蔑的な響きを含んだ名前をつけられていたような気もしますが、きっと気のせいなのでしょう。


 ――いち、に、さん、よん……。


 記憶は遡れる限り、真っ黒に塗りつぶされておりました。この何もない部屋が私の揺りかごであり、子供部屋。外からは父の怒号が響き、母の悲鳴が聞こえます。数時間もすれば、人格が変わったかのように父は泣いて謝ります。


 私は、この黒い直方体の中で無限とも思える時を過ごす必要がありました。


 ――あ、また数が変わってる……。数え直さないと。


 そんな私の唯一の楽しみは、数えることでした。はじめは部屋で目につくオブジェクトの数。続いて、私の身体に生えている狐毛の本数。もっとも夢中になったのは、床に積もった埃の数。


 数字は気分で変わることはありません。数えることだけは、この世界の誰にだって平等です。その日の気分で解釈を変えたり、何もしていないのに拳を突きつけることはありません。


 ――に、さん、ご、なな……。


 やがて埃すら数え尽くし、わたしの数への興味は、部屋の中から、私の頭の中へと移っていきました。数は、そこに実在していなくとも数えることができたのです。頭のなかで様々な数字を思い浮かべ、並べ、演算し、法則を見出そうと、毎日毎日繰り返していました。


 ――あ、10を九千九百九十九回かけたものに三万三千六百三を加えたものも、1と自身以外で割り切

れない。ふふふ……、素敵な数。


 やがて母が暴行に耐え兼ねて逃亡し、父は蒸発、私は遠い親戚の家に預けられることとなりました。やっぱり人生なんてロクなもんじゃねえと心底思えるような事件がそこであって、親戚と揉めた末に、私は獣人買いに売られることとなります。


 やっぱり、素敵な数以外は何も信じてはいけません。


 そのころの私はどん底もどん底で、ボロ布一枚まとうだけで、髪もぼさぼさ。手錠に足枷。虚ろな瞳で、割り切れぬ数字を唱え続ける私を、金持ちそうな人々が奇異な眼で見ては、去っていきます。


 かつん。ひときわ大きな足音が響きました。なにやら係の人間と話をしています。値段の交渉をしているのでしょう。ある金額が聴こえてきたとき、それがわたし自身の値段だとわかってはいましたが、わたしはこう呟いてしまいました。


「すてきなかずだ……」

「へえ。いいよ、気に入った。君はボクのものだ」


 そういって、その少年は生意気な口調で私を見ました。そして暖かな手を頭にぽんと置いたのです。


 ああ、太陽みたいだ。


 そう、こころから思いました。同じ狐獣人ヴェルペでもここまでちがうのかと心底思い知らされました。私はもう茶色というか泥のような色に染まってしまっているというのに、彼は黄金に輝く太陽のようだったのです。


「よ、よろすくおねげぇしますだ」

「はは、マクローリン家に仕えるのだから、まずはその口調から直さないといけないね」


 ※


 ――だから。


 だから、私は、ノイン=シュヴァンツ=マクローリン様のためだったらなんでも出来るのです。誰しも太陽がなければ生きられないように、私には太陽のように笑うノイン様がいなければ生きられないのです。


「ねえ、クストさん?」


 そのためなら、私はどんな汚いことだって出来る。どんな汚い真似だって出来る。


 こうして、クロックワイズ・メカニクスに潜り込んで、ウルとクストの関係を分断し、私がクストと既成事実さえ創ってしまえば、ノイン様は想い人と結ばれることになるでしょう。


 それこそが私の見たい、ノイン様の顔なのです。


「クストさん。ねえ、私のことってどう思いますか?」

「どう? どうって、あの、ちょっと、近い……」

「近くにいたいんです。ね、クストさんはどうですか?」


 男の弱いところなんて、あの親戚のところにいたころにみっちりと教え込まれました。男なんて単純なものです。ああ、そういえば、彼も犬獣人でしたっけ。犬みたいにハァハァうるさかったものです。


 ――あぁ、ノイン様。

 ノイン様のウルさんへの恋心。それが実ることを思えば、私のこの安っぽい想いなど、いくらでも割り切ることができましょう。


 奸計は狐の本懐でございます。


 ※


 クスト=ウェナクィテス。


 いままでの人生で様々な修羅場を乗り越えてきた自信があるが(主に金銭的な意味で)、こんなに対応の難しい案件は初めてだった。


 いきなり狐耳のメイド少女がやってきて、どたばたあったのちに、こんな色っぽく迫ってくるだって!?


 いまどき、アンティキティラで流行っている若者向けの軽妙娯楽小説だって、そんなベタな展開はないぞ。クゥの大人の肉体の柔らかさを感じて、どぎまぎしてしまう。ウルにはないものを、この狐メイドは持っている。


「ほら、ここ。こんなに……」

「やめ――」


 クゥのしなやかな指が、ぼくのベルトに触れる。明らかにそれの意図。緊張で全身が硬くなってしまう。クゥが上気した上目遣いで、ぼくを見つめる。


「ねえ、クストさん、正直になりましょう?」

「ぼ、ぼくは――」


『クストのばぁか!』


 途端に頭のなかに懐かしも愛おしい声が響き、ぎりぎりのところでぼくは我に返った。あの田舎娘が頬を膨らませて、ぷんすこしているところが、容易にイメージできた。


「クゥさん、それはダメだよ」

「え、そんなはずは……」

「それにクゥさん、無理してるでしょ」


 そうして彼女の頭を手のひらで押さえ込むと、彼女は「ひぃ!」と稲妻に打たれたように跳ね、身体を丸めて震えだした。何かとてもつらい過去を思い出したのか、ぼくには事情が知れないけれど。


「あ、あの、クゥさん?」

「許して許してください。ああ、なぐらないでなぐらないでください。痛くしないでください!」

「えーっと……」


 震えるばかりでぼくが何を話しかけても、まともな反応が返ってこない。……まいったなぁ、と頭をかく。誰かに聞かれたら誤解を受けるようなことを大声で叫んでいるクゥさん。気の毒には思うけれど、こんなとき誰かに入って来られでもしたら――。


「まぁ、どうせお客さん来ないんだけどさ」

 からんころんからーん。

「!?」


 そんなことを言った罰なのか、普段は沈黙を保っているドアベルが鳴る。おそるおそる振り返ると、そこには背丈の小さな少年が立ってた。走ってでもきたのか、肩で息をしている。


「よぉ、犬っころ。ボクのメイドが迷惑をかけているね」

「ノイン……」


 ノイン=シュヴァンツ=マクローリン。ウルに恋する生意気な狐少年。そんな彼がむすっとした表情で、ずかずかクロックワイズ・メカニクスに入ってくる。


「帰るぞ。ボクはお腹が空いたんだ。蒸しスチームパンいたい」

「……ノイン、様?」


 ノインがクゥの頭に手をやる。

 しばらくの沈黙ののち、いつのまにか泣き止んでいたクゥは、その手をまるで崇めるかのように両手でぎゅっと握りしめていた。


 立ち上がった彼女は、ぎゅっと少年を抱きしめる。

「ほ、ほら、いいかげん帰るぞ」

「もう少しこのままでいてくださいませ」


 もやしっ子のノインが彼女を振りほどこうとするが、彼女はがっちりと離れてくれない。どころかその肉感のある身体に押し付けられて苦しそうだった。クゥは、ふんすふんすとノインの頭頂部の匂いを嗅いでいた。


 そんなノインをにやにやしてながら見つめるぼくだった。

「み、見るな、犬っころ!」


 ※


「それにしてもなんでわかったんでございますか?」

「例の幽霊騒動のときに仕掛けておいた狐毛はブラフだ。別の場所に本命の狐毛を仕掛けておいた。『絡み合う双子座のマナ』で共鳴させれば盗聴し放題なんだが、どっかで聞いたことあるような出来損ないのお嬢様言葉が聴こえてきてね」

「あの、ノイン様、怒っています……?」

「当然。あのとき言っただろう、君はボクのものなんだよ」


 ――ああ、そうだ。

 私はひとつ思い出したことがあったのです。幼いころに数えていた素敵な数字、割り切れない数字。そう、私は小さい頃から知っていたのです。


 割り切れないものは素敵なのだと。


 ※


「もうそのくらいにしておいたほうが、ウルちゃん?」

「いいんです、もういっぱいおかわりです。ヒック」

「身体を壊すよ?」

「お金なら払いますよ!」


 わたしの大声で、噴水広場のみんながこちらを振り返った。泣きながら、牛乳を片っ端から一気飲みする羊獣人。さぞかし滑稽なことだろうて。


「やけ乳ですよ」

「なに、クストくんと喧嘩でもしたの?」

「なんでも、ないです」


 牛乳屋さんは肩をすくめて苦笑した。でっぷりと太った猫獣人フェリシアス、ジョバンニ=ミケ=ガラクト。


 わたしがこのアンティキティラに来た頃からお世話になっている、いわゆる世話焼きな近所の人だ。まだ日も昇らない早朝に、ゼンマイ自転車で配達をしているのだけど、だいたいその時間にわたしは起きられていないため、ほとんど逢ったことがない。


「ほんと君たちは、はたから見ていてやきもきするなぁ。幼い頃から一緒にいすぎると、家族みたいな感じになっちゃうのかね」

「技師と経理です。ただの同僚です」

「まさか。ってあんまり外野が口を出すのもよくないか。でもなぁ、こうでも言わないと君たち進展しなさそうだしなあ。ソフにも二人の仲を取り持つように言われていたし……」

「そんなんじゃないですから! もういっぱいおかわり!」


 もう何本目かわからない牛乳を空け、わたしは力いっぱい叫んだ。店主は苦笑いをしながら、わたしが最初に『釣りはいらねえ!』って言って渡した小銭と札を数えていた。


「ウルちゃん、これじゃあ足りないよ」

「ツケておいてください」

「じゃあ、彼に請求しようかな」


 牛乳屋さんが指差した先には、見慣れた人影が息を切らせて誰かを探していた――。

◯夏コミC92日曜日『東Q01a』で当選しました!

◯クロックワイズ・メカニクスの小説本及びコミカライズ版2を、ぽっぷこぉーんさんの協力のもと製作中であります(*´ω`*)


◯この『狐獣人なメイドの勤務日誌』の初出は、2016年12月の『PopCorn!vol.10』です。


◯主にTwitterで呟いています:@aimiele(https://twitter.com/aimiele)

◯ブログはこちら:http://aimiele.hatenablog.com/

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