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狐獣人(ヴェルペ)なメイドの勤務日誌(1)


 「いいよ、気に入った。君はボクのものだ」


 『クロックワイズ・メカニクスへようこそ!』

  〜狐獣人ヴェルペなメイドの勤務日誌〜


 クロックワイズ・メカニクスの朝は遅い。


 羊獣人オビスアリエスのウルウル=ドリィメリィ特等工女。それがわたしだ。ケムリュエの牧草地帯、控えめにいってもなんにもない田舎で暮らす羊獣人は、種族の特性として朝が非常に弱い。なんなら夜も弱い。年柄年中寝ていたい、そんな一族なのだ。


「クスト〜、おはよ〜、クスト〜」


 ケムリュエから持ってきた愛用のクッションを抱きしめながら、階段を降りる。お気に入りの寝間着はふわふわのほかほかで、この秋の終わりでも気持ちよく過ごすことができる。工房へ降りると、芳しいコーヒーの香りが漂ってきた。


「おはようございます、ウル」

「おはおは」


 犬獣人ファミリシアの彼は、クスト=ウェナクィテス。彼の祖父は、このクロックワイズ・メカニクスの創始者であり、蒸気街『アンティキティラ』を歯車産業の街として盛り上げた天才技師、ソフ=ウェナクィテスだ。わたしのお師匠でもある。


 クストは、この工房の総務事務経理その他雑用を担当している。わたしが歯車機構の作業に集中できるように、それ以外のすべてを行っているのだ。


「クスト、今日のご予定は〜?」


 席につくと、クストはいつものようにサラダとコーヒーを用意してくれる。彼の机にも同じものが置かれている。犬獣人なのだから肉とか食べたいのだろうけど、そこは合わせてくれているのか、経費の節約なのか、なかなか聞けずにいる。


「ザン=ダカ商会に行ってくるよ。ヴァン=デルオーラ=ヴェッターハン会長のアポが取れたんだ。とりあえずいま考えている経営案について話してくる。ウルは留守番をお願いね」

「あい」


 クロックワイズ・メカニクスはこの街になくてはならない工房ではあったのだけど、いまでは自動工場による歯車機構量産化の波に飲まれ始めている。創立時に協力してくれたザン=ダカ商会もこの工房への補助金を減らして、工場の誘致とか、新技術の開発に力を入れたいらしい。


 クストはいつも夜遅くまでそれを説き伏せるための書類を作成している。ヴァン会長に持っていっては否定されて、めげずにまた新しい案を頭を抱えて考えている。


 すごい、と思う。

 これほどしてくれる人がわたしの職人である部分を支えてくれるのだから、わたしもしっかり頑張らなきゃとこころから思う。


「じゃあ、わたしは天体軌道歯車機構アストログラフの設計を続けようかな。あとちょっとで階差機関ディファレンシャル・エンジンを回せるところまで来るから」

「おっけー、期待してるよ!」


 わたしがもそもとそサラダを食べているあいだに、クストはすでに食器を片付けていた。工房の柱時計がぼーんぼーんと鳴っている。あれはわたしがこの工房ではじめて作成したものだ。9時の鐘が鳴ったということは、だいたいいまは9時半くらいだ。


 からんころんからーん。


 普段は鳴らないドアベルが店内に響き、わたしとクストは同時に顔を上げた。そして師匠に叩き込まれた営業フェイス。椅子から立ち上がり、お辞儀をして、


「クロックワイズ・メカニクスへようこそ!」


 元気よく発声する。


「おはようございますですわ」


 顔を上げると、瀟洒な服を着たメイドの女性が微笑んでいた。

 手入れの行き届いた、太陽のように輝くような金髪に、同じ色のふたつの耳がぴょこんと跳ねている。メイド服のスカートの後ろには、ふさふさもふもふの金毛の尻尾が流れている。顔はシミひとつない白面だった。そしてその胸は実際豊満であった。


 あれ。あの人、どこかで見たことあるような。


狐獣人ヴェルペ?」

「ええ、いつもお坊ちゃんがお世話になっております。私、マクローリン家のメイドで、クゥ=ノァイン=マクローリンと申します。以後、お見知りおきを」


 ぺこりと頭を下げ、微笑む狐。

 マクローリン。お坊ちゃんというのは、ノイン=シュヴァンツ=マクローリンという少年のことだろう。


 わたしの師匠と彼の父親は交流があり、その縁で関わりがあるのだが、彼はなんのつもりか悪戯でモノを壊しては、この工房に修理依頼をかけるのだ。もちろんその度にある程度の収入は約束されるのだけど、数千からなるギアをチェックして、故障箇所を同定するこちらの身にもなって欲しい。


 しかも修理中、『疲れただろ、こっちで休まないかい?』だとか『ブリオッシュがあるんだ、一緒に食べようよ』なんて邪魔もしてくる。正直言って、鬱陶しい。


「先日は幽霊騒動でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「まったくだ!」

「そのお詫びと言ってはなんですが、不肖、私めがこちらで一定期間アルバイトをさせていただこうと思っておりますのですわ」


 その突然の申し出に、わたしたちふたりはきょとんとしてしまった。いままであの家がうちに迷惑をかけたことはあっても、こうしてちゃんと謝られたことはないからだった。


「アルバイト、ですか……」


 クストの瞳にくすんだお金のマークが表示されていた。そう、このクロックワイズ・メカニクス工房は、わたしたちふたりでやっていくだけで精一杯。アルバイトを雇うような余裕はこれっぽっちだってないのだ。


 さあ、帰った帰った!


「お詫びでございますから、お賃金をいただこうとは思っておりませんわ。なんなりとコキ使ってくださいませ」

「歓迎します!」


 クストの瞳に輝くお金のマークが表示されていた。そう、このクロックワイズ・メカニクス工房は、万年資金難であり、クストはかなりお金のことに敏感になっているのだ。


 お、おばか! クストのおばか!


「ちょ、ちょっと、クスト。それは――」

「ちょうど人手が足りなかったところなんです。特にいまぼくがザン=ダカ商会の補助金申請の関連で忙しくて、他に手が回らない状況でして。簡単な帳簿の記入とかやってくれるひといないかなーって、思ってたんですよ」

「まあ、それは嬉しいですわ」


 満面の笑みで喜ぶ雌狐。それからクストは『労働条件がうんたらかんたら、勤務日と勤務時間はうんたらかんたら』と早口で捲し上げて、


「それじゃ、そろそろ行かないとヴァン会長とのアポに遅れちゃう! ウル、とりあえず機器のメンテが出来るように、彼女にいろいろ教えてあげて!」

 と、書類を抱えて工房から飛び出していった。


「……簡単な帳簿の記入くらいわたしがやるのに」

「では、よろしくお願い致します。ウルさん」


 口を尖らせてみるが、クゥは無邪気そうな笑みを浮かべていた。


「はい、よろしく。それじゃあ、クストが帰ってくるまで、歯車機構ギアガジェットの説明をしていくけど」

「あ、そうでございますわ」


 クゥはこちらを振り返ってウィンクをした。

「お坊ちゃんにはこのアルバイトの件、秘密でございますので、ご承知おきくださいませ」


 こうして、わたしの騒がしい一日が幕を開けた――。


 ※


「おや、あれはなんですか?」

 がしゃーん。


「これは何に使うものなのでしょう」

 ぱりーん。


◯夏コミC92日曜日『東Q01a』で当選しました!

◯クロックワイズ・メカニクスの小説本及びコミカライズ版2を、ぽっぷこぉーんさんの協力のもと製作中であります(*´ω`*)


◯この『狐獣人なメイドの勤務日誌』の初出は、2016年12月の『PopCorn!vol.10』です。


◯主にTwitterで呟いています:@aimiele(https://twitter.com/aimiele)

◯ブログはこちら:http://aimiele.hatenablog.com/

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