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狐獣人(ヴェルペ)の少年(3)

 「ノインお坊ちゃま、お着替えを用意しました」

 「ノインお坊ちゃま、夕食の時間でございます」

 「アハトお父様からのプレゼントにございます」


 狐獣人、ノイン=シュヴァンツ=マクローリン。マクローリン家の跡取り。ぼくがぼくであるための要素は、たったそれだけだった。


 足りないものは生まれつきほとんどなく、欲しいものはすべて手に入った。アハトお父様はストラベーンの商館につきっきりだったけど、お付の者も多く、寂しくなんてなかった。毎日家庭教師も来てくれるし、熱を出せば、医者がこの屋敷に駆け込んできてくれる。


 そんな中で、よくわからないガラクタを壊してしまったのは偶然だった。たしか最初は転んで、その筐体にぶつかってしまったんだと思う。じいやはぼくの身体の心配をしてくれて、しばらくした後に、その大きな機械が衝撃で壊れてしまっていることに気がついた。


 「どうも、クロックワイズ・メカニクスです。ご要望のありました階差機関のメンテナンスに参りました」


 修理にやってきたのは、貧乏そうな街の職人だった。


 「お坊ちゃま、こちらがお父様と親交のあった工房の職人様でございます。ウルウル=ドリィメリィ特等工女という羊獣人オビスアリエスで――」

 「ぼくと同じくらいじゃないか」

 「そうでございます。けれどご心配なく。腕は一級品だと聞いております」


 あのときの衝撃は、いまでもしっかりと憶えている。もともとじいややメイドたちに囲まれていて、少年少女と呼ばれる年代の者に逢ったことがほとんどなかったことも手伝って、ウルという技師の存在はまったく異文化で新鮮だった。その後ろにワンころがいたような気もするけれど、あんまり憶えていない。


 「おい、羊っこ。お前はすごいのか」

 「……うるさい」

 「特別に、ぼくと話をしてもいいぞ」

 「仕事の邪魔!」


 そんなことを言われたのは初めてだった。怒る余裕すらなかった。ぼくにそんな口を聞くものがいるなんて。しかも少し年上とはいえ同年代で、自分の力で生きている職人。対岸のような人種。ぼくはなんとも表現のできない感情に襲われて、眼が離せなくなった。あとなんかワンころが釈明していたような気がするけれど、あんまり憶えていない。


 「……ウルウル=ドリィメリィ」


 それが物語に聞く『恋』と呼ばれるものだというのに気づくのに時間はかからなかったが、いかんせん、ぼくはそれを成就させる方法を知らなかった。定期的に階差機関を壊しては、修理に呼んだ。


 その度に、その凛とした職人の眼差しに眼を奪われていた。

 友達もいなければ同世代の話し相手もいないぼくは、この感情をどうしたらいいのかまったくわからなかった。でも、明確に知っていることがひとつだけあった。


 ぼくにとって欲しいものはすべて手に入るということだ。


 ※


 「それでここに相談に来たんですか?」


 呆れたような顔をするガブリエッラだった。蒸気を吹き出しながら唸りを上げる車椅子からは、サブアームがわきわきと動き、器用にも二人分の紅茶をカップに注いでいた。


 「クストさん、ええと、なんと言ったら良いのでしょう」


 ガブリエッラは、ぼくに掛ける言葉を探してみたものの結局見つからなかったようで、頭を抱えて悶えた。そんなガブリエッラを見るのが初めてで、なんだか見ていて面白かった。


 「……あなたは、馬鹿なのですか?」


 選ばれたのは、随分な言葉だった。


 「というわけで、ウルはマクローリンの屋敷に行ってしまいました。経理のぼくだけ残されたかたちです。でもぼくはぼくなりに祖父の教えを受け継いできたつもりです」


 祖父。街の大時計台を作り、ゼンマイ時計の第一人者とされた、伝説の職人。蒸気機関の開発により階差機関が実用化され、ゼンマイ時計の技術はさらに様々なところで活かされるようになった。この工房が、大陸にその名を轟かせていた時代のこと。


 蒸気機関が発達するに連れて、自動機械というものが多く作られ、職人の仕事が奪われたのは皮肉としか言いようがない。でも、だからこそ、ぼくだけは工房を受け継いで行かなければならない。それが、ぼくの出した結論だった。


 だから。


 「ガブリエッラ。恥を忍んで頼みたい。ぼくに貴女の技術を教えてほしい。ウルがいなくなっても工房が持続できるだけの技術が、ぼくには必要なんだ」


 頭を下げる。呆れたようなため息が聞こえる。


 ガブリエッラ=クァンテリア=フェレスリュンクス。彼女はウルに負けず劣らない技術を持っている。が、それは独学であるもので、魔法と科学のハイブリッドという新しい地平を切り開いたものだった。路線は違うけれど、いまのぼくに頼れるのは、彼女しかいない。


 「……クスト。クスト=ウェナクィテス。貴方との関わりは、あの馬鹿があの工房に駆け込んでからのものですが、私なりに貴方がたの事情は理解しているつもりです」


 車椅子のサブアームが、紅茶を彼女の口元に運ぶ。


 「私の技術を教えて済むのならいくらでも協力は惜しみませんが、その前に、クスト、貴方の認識を確認したいと思います。貴方はこの幽霊騒動の犯人に気がついているでしょう」

 「それは……」


 ピクリと、ぼくの犬耳が動いてしまう。バレバレだった。ぼくの言葉を待たずに、彼女は口を開いた。


 「狐獣人は幻覚魔法が得意だと聞きます」

 「マナの依代だったであろう金色の毛が廊下に落ちていました。十中八九、ノイン=シュヴァンツ=マクローリンの仕業です」

 「これは推測ですが、マクローリン家の修理依頼で交換した部品は、毎回、クロックワイズ式階差機関の第六カラム百二十八番のスペアだったのでは」


 耳をピクリと動かした。


 「呆れてモノも言えません。クスト。そこまでわかっていて何故、ウルを引き留めようとは思わないのでしょう」

 「そのほうがウルにとっても幸せだと思うから、です」


 ガブリエッラが、なんか、こう、オブラートに包んで表現すると、ゴミを見るような眼をした。が、これはぼくなりに考えていたことだった。


 狐少年のノインの策略は気に食わない。それは正直な気持ちだ。いまも腹が立っている。でも、彼の発言を否定することは、ぼくにはできなかった。


 ウルウル=ドリィメリィという稀代の技師を、いまのクロックワイズ・メカニクスでは十分に活かせないということ。マクローリン家に入れば、(幽霊問題も含めて)その問題は解決すること。非常にシンプルで、圧倒的に現実的で、いまのぼくではどうやっても覆すことの出来ない論理だ。


 「ウルが必要としているのは、エルエル――、ある事情から、祖父の持っていた緻密な時計技術なんです。ぼくは資金繰りが苦しいからと、彼女に無理をさせるばかりで」

 「お前は本当にそう思っているのか」


 ローラン=ロムルスレムスが部屋に入り込んできた。この状態のぼくに相当ご立腹らしく、毛を逆立たせながら、ずかずかと歩いてきて、ガブリエッラのサブアームに耳をつままれていた。


 「いて! いってぇ、もげる!」

 「盗み聞きとはマナーがなっていませんね、馬鹿狼」

 「だってよー、心配じゃねえか」

 「それは、わたしが? それとも、彼が?」

 「どっちもだ」


 わざとらしく照れて見せたガブリエッラは、即真顔に戻ってぼくを見つめた。


 「クスト。クスト=ウェナクィテス。卑屈にもほどがあります。わたしにも、こんな頭の悪いローランでさえ、あなたが見落としている答えが見えているというのに」


 きゅるきゅるという音を立てて、車椅子をUターンさせるガブリエッラ。絶対零度の瞳で、ぼくを振り返り、こう告げた。


 「技師としての教えを乞いたいのなら、それで結構。その前に、明日の朝にでも、一度彼女の着替えでも持って、マクローリンのところに行ってご覧なさいな」


 ※


 「……いったいどうしろっていうんだよ」


 深夜に部屋に飛び込んでくるやつがいなかったから、ぐっすりと眠ることができた。


 ウルがはじめてこの工房にやってきたときの夢を見た。ぼくは彼女が嫌いだった。田舎ケムリュエの羊獣人のくせに飛び込みで弟子入りしてきて、最初は下手っぴだったくせに、ぐんぐんとぼくを追い抜いていって。いつしか、祖父も彼女のことばかり見るようになってきて。


 でも、ふたりきりでここで生きなければならないとなったときに、腐っていたぼくはようやく眼が醒めたんだ。ウルにはウルのできることがあって、ぼくにはぼくの出来ることがあるはずだって。だから、種族的に得意なはずの会計事務の勉強をしはじめて、ウルの全面的なバックアップに回ることにした。


 ウルのことが、大好きになっていった。

 だから、幸せになってほしい。こんな傾きかけた工房に囚われることなく、やりたいことをやって、のほほんと笑っていて欲しい。そのためにぼくでは不足なことがあれば、それはもう、ぼくは諦めるしかないことだ。


 『クスト』


 もうこの工房では聞こえるはずのない声が聞こえて、ぼくは汗だくで眼を醒ました。


 ※


 一晩じっくりと考えて、翌朝、マクローリンの屋敷に駆けつけたぼくは、狐につままれたような表情をしてしまった。


 「もっと寝たいし、ごはんー。サラダー。コーヒー。めーだーまーやーきー! わたしのエンジンかかるまで、階差機関拭っといてー。あと蒸気機関も使うから、薪も割っといてもらわないとー」

 「……マジか」


 ソファにとろけるような格好で子どものように駄々をこねているウルに、それを呆然と見つめているノイン。


 そこでぼくはようやく気がついたんだ。いつもマクローリン家にいくときは粗相があるといけないから、ちゃんとコーヒーを飲ませて一時間、ウルにエンジンが掛かった状態で訪問をしていた。凛とした天才技師のウルウル=ドリィメリィ特等工女。


 だから、彼はこのだらけモードの彼女を知らなかったのだ。


 「お、クストじゃん。おはよ」

 「はいはい、ウル。帰るよー」


 ※


 それから幽霊はもう現れなくなって、ウルがぼくの部屋に押しかけてくることはなくなった。嬉しいやら、ちょっとだけ寂しいやらだ。


 ウルが寝静まってから、ぼくは工房の一階に降りて、ゴミ箱を漁った。丸まっている手紙には、ウルらしい丸文字で実はこう書かれていた。


 『今晩も、幽霊が出ました。マクローリン伯爵のところに行ってきます。ちょっとやんちゃ坊主をからかってくる。羊獣人相手に、拙い幻覚魔法なんて十年早い。ご飯用意しといて』


 しばらくして、クロックワイズ・メカニクスにお客さんがやってきた。その少年はお付の者も連れずに、無愛想な顔で、『ブリオッシュを持ってきやった。美味しいやつだ。おやつの時間だから食べたいだろ?』と、相変わらずの上から目線だった。


 『修理依頼ですか?』と尋ねると、顔を赤くして、『ウルとお話をしに来たんだ』と言った。相変わらずぼくの影が薄いことに苦笑しながらも、ドアを引いたぼくはこう言ったんだ。


 「クロックワイズ・メカニクスへようこそ!」

◯夏コミC92日曜日『東Q01a』で当選しました!

◯クロックワイズ・メカニクスの小説本及びコミカライズ版2を、ぽっぷこぉーんさんの協力のもと製作中であります(*´ω`*)


◯この『狐獣人の少年』の初出は、2016年8月の『PopCorn!vol.9』です。


◯主にTwitterで呟いています:@aimiele(https://twitter.com/aimiele)

◯ブログはこちら:http://aimiele.hatenablog.com/

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