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狐獣人(ヴェルペ)の少年(2)

 正体不明の幽霊に振り回される日々が一週間ばかり続いた朝、ぼくはあくびを噛み殺して、ウルに噛み付いた。


 「ウールー、今日こそは仕事に行くよ」

 「えー」

 「マクローリン伯爵のとこの階差機関ディファレンシャルエンジンの修理依頼。あれをそろそろやらないとマジでやばいんだから」

 「うぇー」


 マクローリン伯爵は祖父の代から親交のある貴族で、いわゆるお得意様だ。種族的な商才に恵まれ、遠くストラベーンで成功をした超お金持ち。


 祖父の組み上げた数千のギアからなる階差機関はそうそう滅多に壊れることもないのだが、あそこの坊っちゃんがよく壊しては、ウルに会う口実を作りたがっているのだ。ぼくとしては定期的な収入源となっているから、ある意味でありがたいお客さんだ。


 一方、そんな注文をされたウルのほうは溜まったものじゃない。悪意があれば小石ひとつで止まる機械を、数千のギアを解体してメンテナンスしなければならないのだから。


 「いやだー」


 寝ぼけ眼でじたばたするウル。ぼくは連日の睡眠不足も祟って、ウルのこうした自分の仕事以外はまったく考えない態度に苛ついてしまった。


 「Bow!」

 「ひぇ……」


 犬獣人のケモノとしての本能で吠えたのは、いつ以来だっただろう。もともと羊は犬に怯える動物である。ぼくのそんな姿に眼を丸くしたウルは、いそいそと自分の部屋に戻っていった。


 その間にぼくは請求書はじめ書類一式と、祖父が記した階差機関の図面を用意する。工具と、ウルの糖分不足に備えて甘いものも少し。そういった淡々とした作業をしていると、少し言い過ぎたかなとふと思うようになってきた。


 「いや、甘やかすのはダメだ」


 ぶんぶんと首を振る。すると、作業着に着替えてきたウルがとんとんと階段を降りてきた。眼はまだ寝ぼけてはいるが、コーヒーのおかげで若干エンジンがかかってきたようで、技師らしい顔をしている。


 「行くよ、ウル」

 返事もせずに、彼女はぼくの後ろをとことことついてきた。


 ※


 「クロックワイズ・メカニクスです」


 貴族街の中でもひときわ大きな屋敷の門をたたき、中へ通される。無駄に広い中庭をふたりで歩いて行く。本当に異世界のような気がして、いつまで経っても落ち着かない。これだけお金があれば工房も――、なんてことを思う。


 邸宅の中へと通されると、ひとりの少年が出迎えてくれた。

 「どうも、クロックワイズ・メカニクスです。ご要望のありました階差機関のメンテナンスに参りました」

 「待ちわびていたよ、ウルウル=ドリィメリィ特等工女」

 その少年の名は、狐獣人ヴェルペのノイン=シュヴァンツ=マクローリン。いかにもお坊ちゃんといった出で立ちに、ぴょこんと飛び出した金色の狐耳。右目には片眼鏡モノクルをはめているが、これは実は伊達で、ウルが作業するときに使うマイクロモノクロレンズの真似だということをぼくは知っている。


 っていうか、クロックワイズ・メカニクス名義で挨拶したのに、彼の出迎えの言葉がウルだけに向けられていることに、若干、ムッとする。が、お得意様なので仕方があるまい。小さい頃から、ノインはこういう子だった。


 「美味しいブリオッシュがあるんだ、作業をして油で汚れてしまう前に一緒にいかが?」

 「結構。朝食は食べてきました。まずは故障箇所の特定をしたいので、不具合の症状を教えて下さい」


 両手を広げたノインの隣を、作業着のウルがすたすたと歩いていく。きっかり朝食のコーヒーから一時間、だらだら羊の『特等工女』としてのエンジンが掛かったころ。


 「おい、ワンころ、もう少し愛想良くはできないのか」

 「そういうところがいいんでしょう?」


 からかい混じりにそういうと、少年は頬を赤くして、そっぽを向いた。小さなころからちやほやされきっている彼にとって、ウルの技師としてのキャラは新鮮に映ったのだ。


 かといって、逢いたいがために、世界に何台もない高級機械を壊されても困るのだけど。


 ※


 「第六十三ギアから第千二十三ギアまでの駆動でとっかかりを感じる。他にも在るかもしれないけど、とりあえずはここ。蒸気機関からの動力経路にはほとんど使った形跡が見られないし、無事だと思われるから、あとはここをバラしていかないと。クスト」

 「はい。九十三番マイクロドライバー」


 マイクロモノクロレンズを嵌めたウルはいつもこうやってぶつぶつ言いながら作業を進める。そのほうが自分の中でも思考が整理しやすいのだという。ときおりこちらを向かずに名前を呼ばれるので、差し出された手に工具を渡す。


 後ろで紅茶を飲みながら、ノインがじっと見つめていた。


 「一七三式の第二歯車」

 「はいはい」


 ぼくだってあの祖父の教育を受けたのだから、ひととおりのことは出来ると自負しているが、ウルの技術はもはや異次元としか呼ぶほかないレベルだ。迅速で緻密。だから、ぼくはこうして助手に徹する。

 いつ何時のオーダーにも耐えられるように、ぼくが抱えてきた工具箱には過剰なまでに様々なパーツが収納されている。


 「クスト、あれ」

 「はい。二七ワッシャー」

 「それと」

 「五番から九番までの虫歯車」


 こちらを見ずに差し出された手に、じゃらりと特殊な歯車を渡す。マクローリン伯爵の階差機関の修理――というか、不具合箇所の同定は、ウルがまだ工房を継ぐ前からずっと行っている作業だった。そこにウル独自のアレンジが加えられたり、ケースバイケースな動きも入るのだけど、阿吽の呼吸で作業ができていた。


 「ここが怪しいな」

 「はい。六万巻ゼンマイボックス」


 その歯車がひとつ表面に飛び出した小箱は、ウルが開発した特殊な工具だった。中には十分な動力になるゼンマイが巻かれており、スイッチひとつでエネルギーが解放されて、表面のギアが動き出す。ギア自体は合金神銀細工ハイブリッドミスリルクラフトを応用した素材で出来ていて、マナを注いでいるあいだは柔らかく、マナの供給を止めると固くなる特性がある。攻撃的な魔法以外に長けた羊獣人ならではの発想だった。


 特に階差機関のような数千のギアで構成されたものは、途中の動力経路のチェックを行うのが非常に難しく、なにより重い。そのために蒸気機関で動かすことが前提なのだけど、それでは繊細な動きをチェックできない。


 「よし」


 ウルが、ゼンマイボックスを近づける。問題と思われる箇所のギアに合致するように歯車の大きさを修正して、ボタンを押すとゼンマイがゆっくり回り出す。遅いからこそ、力強く動かすことができる。


 「やっぱりここだ。微小だけど、ひっかかりがある。中途半端なところで解体がめんどくさいけど、とりあえずここから交換してみよう。クスト、クロックワイズ式階差機関の第六カラム百二十八番のスペア」

 「……あ」

 「早く」


 ぼくは口ごもる。手は工具箱の中を漁ってみるものの、そこにその注文の品がないことは誰よりもよくわかっている。


 「ごめん、ウル、それはない」

 「だから、第六カラムの――、って。は?」

 「ないんだ。クロックワイズ式階差機関の部品のスペアはまだいくつか残っているけれど、その番号のギアは在庫がない」

 「じゃあ、発注かけて」


 その部品がなければここから先の作業はできない。油に汚れた手をタオルで拭いながら、ウルは立ち上がる。マイクロモノクロレンズを外して、こちらを見つめる。


 ぼくは目をそらす。

 「無理だ。特殊な素材、ヴォイニッチ朱鋼が必要だから、すぐには入らない」

 「すぐじゃなくてもいいよ」

 「……それでも無理なんだ」


 ウルが眉を潜める。ぼくは寝不足も相まって、ウルの鈍感さに苛つき、語気が荒くなるのを感じた。


 「ウルは、なんのためにマクローリン伯爵の修理依頼をやりきたんだ。お金がないからだろう。第六カラム百二十八番のスペアを入荷する資力は、どこをどう工夫したとしても、いまのクロックワイズ・メカニクスにはない」

 「それはクストの仕事で――」

 「それもこれも君のせいで、ぼくの仕事が邪魔されてるからだ。なんなんだよ、幽霊って」


 ウルは口をぱくぱくさせて、けれども何も言わずにぼくの脇をすり抜けていった。若干の後悔はあったけれども、それを言う権利はぼくにあるはずだ。それをこのタイミングで言うことが適切かどうかという問題では置いておいて。


 「ウルウル=ドリィメリィ特等工女」


 散らかされたままの工具を片付けようと思ったが、ここまで沈黙を決め込んでいたノイン=シュヴァンツ=マクローリンの声がした。

 部屋から出ていこうとしていたウルが脚を止めるが、こちらには振り向かない。


 「ねえ、君はそんな幽霊が出るような貧乏くさい工房にいるべき人材じゃない。君はみなが認める素晴らしい技師だ」


 何を。何を言い出したんだ、この少年は。ぼくの背中に冷たい汗が流れる。


 「ウル、ぼくと一緒になってほしいんだ。必ず幸せにしてあげるから」


 ぼくは手に持っていたレンチを落としてしまった。ウルは振り向かない。しゃべらない。


 「君のしたい研究も、必要な資材も、全部マクローリン家の財力で叶えてあげる。この階差機関だっていくらでも使っていいし、なんならもっと高性能のやつだって海外から輸入することだってできるさ」


 結局、ウルは何も言わないまま部屋を出て行ってしまった。ノインの金色の尻尾が左右に揺れていた。


 ※


 その晩、ウルはぼくの部屋に避難に来ることはなかった。おかげでようやく正しい睡眠を行うことができた。朝日とともに目覚めたぼくが見つけたのは、工房の机に置かれた手紙だった。


 「……今晩も、幽霊が出ました。マクローリン伯爵のところに行ってきます」


 ぼくはそこまで読んで、その手紙を丸めてゴミ箱に向けて投げつける。ゴミ箱から外してしまって、地団駄を踏む。どうしたらいいのかわからず、ぼくは何時間も工房で立ち尽くしてしまった。


 ※


 「お爺ちゃん、これでよかったのかな」


 ぼくは静まり返った廊下でそう呟いた。陽光が窓から差し込んで、歪な影を作っている。とろけるような暗闇が息づいている。遠くで奇妙な鳥の鳴き声がして、ぼくは反射的に肩を竦めた。


 ここ数日、ずっとウルに使われていたベッドは、不思議な感じがした。ミルクのような甘い薫りが枕や布団に残っていて、鼻腔の奥が優しくくすぐられる。


 ウルとは小さな頃から一緒だった。明確に異性として意識したのはしばらく経ってからだったけど、こうして2人で暮らしている以上、遅かれ早かれ――と思っていた。それは嘘じゃない。


 この静か過ぎる工房は、あまりに居心地が悪かった。


 「……ん?」


 妙な匂いを感じて、ぼくは思考を中断した。こういう些細なことに注意を向けることで、逃げたかったのかもしれないけど。鼻をひくつかせて、その違和感の痕跡を辿る。


 「……これは」


 そこから導き出される答えに思い当たり、ぼくはため息をついた。なんだ、そんなことか。

 ――でも。

 いま、ノインのもとにいるであろうウルのことを考えて、胸が痛んだ。ウルは、あの好意を隠そうとしない少年のもとで、どんな表情を浮かべているんだろうか。


◯夏コミC92日曜日『東Q01a』で当選しました!

◯クロックワイズ・メカニクスの小説本及びコミカライズ版2を、ぽっぷこぉーんさんの協力のもと製作中であります(*´ω`*)


◯この『狐獣人の少年』の初出は、2016年8月の『PopCorn!vol.9』です。


◯主にTwitterで呟いています:@aimiele(https://twitter.com/aimiele)

◯ブログはこちら:http://aimiele.hatenablog.com/

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