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◎星霜骨董箱庭堂へようこそ!(2)

 牛乳屋の猫獣人ジョバンニが『君だってこういうの、興味がある年頃でしょ?』って言っていた理由が、よくわかった。この年頃の男の子は決まってこういう機巧に興味を持つものだ。


 いったいどこから拾ってきたのか、使用意図がよくわかならないものも多く、その中には、現代からでは想像もできないようなテクノロジーが秘められていそうなものもあった。

 「リンゴと言えば、」


 ぼくが星霜骨董箱庭堂のがらくたを漁っていると、ディス=レクシア=フラクトゥルーが口を開いた。小さな蝋燭の明かりで万年筆のペン先を相手に作業をしている彼は、極小の歯車機構を修理しているウルそっくりだった。作業箇所から目を離さず、彼は話を続けた。


 「リンゴという果実が、かつて非常に重大なものであったのは事実だそうだよ。旧い信仰の起源にもリンゴは登場するし、出土したがらくたにもリンゴは多く描かれている。さっきのペンみたいにね」

 「かつて……」


 祖父から聞きかじったことはあったが、ぼく自身はあまり意識をしたことがなかった。蒸気と歯車の街『アンティキティラ』、それが成立する前に、まったく性格の異なる文明が存在していたという。実際に出土するがらくたには文明的性格の異なるものが多いし、いまこの箱庭堂にあるように、使用意図がまるでわからないが、とにかく高いテクノロジーが用いられている極小機構も存在していた。


 そういうたぐいのお話。


 夢物語とか根拠のない神話とか言いたいところだけど、実際にモノが出てきている以上、そう無下にすることはできない。ではなぜぼくやウルが、こういう仕事をなりわいにしているにもかかわらず、そういったオーパーツに興味がなかったか。


 理由は簡単。


 それらには、歯車も撥条も使用されていないからだ。旧い世界では蒸気機構が使われていた形跡もあまりない。あまりに何の参考にもならないのだ。出土したものも動力も使用意図もわからない以上、ただただ手先の器用な工芸品としか評価ができない。


 そんな不可解なところが多い旧い世界であるが、林檎のモチーフはよく描かれていた。


 「たしか、神殿にも林檎が描かれていたとか」

 「お、詳しいね、クスト君。他にも林檎は死に神の食物とも言われていたそうだ。じゃあ、これを見てごらん。これが君の言う神殿だ」


 そういい、ディス=レクシア=フラクトゥルーは、積み上がっている古本の中からひとつに狙いを定め、スッと引き抜いた。自信満々でしおりの入っているページをぼくに向けるかたわらで、時間差で古本タワーが音を立てて崩れた。


 「けほっけほ。これが神殿について言及されている本さ」


 文字は読めない。しかしそのページには古ぼけてはいるが、丁寧なスケッチが描かれていた。まるで白い立方体のような部屋。その中にある台座に、石版のようなものがささっている。白い枠に縁取られた黒い領域には、その中央に、小さく林檎のマークが点灯していた。


 「その中に封ぜられている『Wの記憶』と呼ばれるモノ。考古学者たちが研究しているところだけれど、まだ解読には至っていない。でも、もしこれが読めたら、旧き世界のことを知ることができたなら、素晴らしいと思わないかい? どうして旧き人々はこれほどの文明を築きながらも滅んだのか。永い時を経たボクたちには、彼らの取っていた保存形式のほとんどを読み取ることができない。一部、この石版だったり、紙として残されたものに触れられるくらいだ。でも、」


 ディスは目を輝かせて身を乗り出した。


 「とても楽しいんだ。わくわくする。どうして彼らはいなくなったのか。どうしてボクたちはここにいるのか。そして、どうしてボクたちは蒸気と歯車と魔法の文明に生き、旧き文明とは異なる道を歩まされているのか、まるで同じ轍を踏ませないようにね」


 彼は自分の店に数え切れないほど積み上がったがらくたを見回して、演説を終えるように、こう宣言をした。


 「ぜんぶ、知りたいんだ」


 骨董品店の店主の気持ちはわからない。でも、その瞳の輝きは、歯車技術の行く先を見据えるウルウル=ドリィメリィ特等工女のそれとよく似ていた。夢を語るそのすがたに、ぼくはほんの一時間ほど前にあっただけの犬獣人だったけれど、どこか親近感を覚えてしまった。


 あ。

 でもーー。


 「あのー、そろそろ作業に戻ってもらえません?」

 「あー、ごめんごめん。ついつい夢中になっちゃってね」


 彼は耳をへにゃりとさせて、椅子に座り込んだ。


 ※


 「ねえねえ、クスト君。ーーあ、ちゃんと作業は進めているよ? そのうえで、ただの雑談だ。どうでもいい話。ねえ、ボクたちは犬獣人だよね」

 「え、ああ、はい」


 何を当たり前のことを。


 「蒸気と歯車の街『アンティキティラ』には他にも多くの獣人が暮らしているね。猫獣人、狼獣人、狐獣人、翼獣人、それにおおむねケムリュエにいるけど、羊獣人、エトセトラ、エトセトラ。少ないながらにんげんもいる。ねえ、どうしてこの世界には、こんな多様な人+獣人種がいるのだろう」

 「どうして、って」

 「なら、もう一歩踏み込んで。ボクたちは自分たちを獣人と呼称する。それぞれに種族の名が冠せられるのはいいとして、なぜ、獣人と表現するのだろう。一般的によく使われる名詞は、短く表現される傾向がある。なのに、どうしてわざわざ獣人と呼ぶのだろうね」


 ディス=レクシア=フラクトゥルーは、犬獣人の証たる耳をぴょこんと立てる。


 「まるで、この世界にはもともとにんげんが多くいて、獣人は後から生まれた存在であるように思わないかい」

 「それは……。たしかにそうかも」


 ぼくは何か反論をしようと思ったが、言葉が見つからずに頷いてしまう。


 蒸気と歯車の街『アンティキティラ』には多様な文化がある。

 それは古くからの街ではなく、歯車技術の隆盛によって、さまざまな人々が流入してきたからだ。職人はもちろん、それを売る商人。統制する組合。栄えてきたので貴族街ができ。さまざまな獣人が増えたので、さまざまな獣人に対するサービスを提供するさまざまな獣人が増えていった。


 その中で、獣人ではないものはほとんど見かけることがない。


 「あ、ぼくひとりだけ見たことがありますよ。獣人ではないものにんげん

 「ふむ」

 「小さな頃に一度だけ。白き魔女」

 「へぇ、それは珍しい。境界に立つもの、『調停者』か」


 まだ祖父がいたころにその魔女はやってきた。

 嵐の夜。白い外套に、白い魔女帽子。箒に乗って、必死な形相。

 『クロックワイズ・メカニクスというのはここですか!?』


 はて。


 どうしてあの魔女は、この工房を訪れたのだろう。

 小さなころの一夜の事件であるため、あまり思い出せなかった。それから魔女は祖父と親しくし、時計台でよく話し込んでいた。そして、いつのまにか、この街から姿を消した。ソフ=ウェナクィテスが、その幼い魔女と何を話したのかは断片的にしか知らない。


 「魔女は旧き世界の生き残りとも言われているね」

 「詳しいですね」

 「詳しくないさ」


 少年は蝋燭の光に万年筆のペン先を透かしながら、片目をつむった。マイクロモノクルレンズのその向こうの瞳が、一度ぼくを見て、万年筆に向き直った。その瞳は、ウルや祖父のような職人のそれを思わせる。


 「詳しくないんだ、この箱庭せかいの誰もがね」

 「せかい……?」

 「記憶喪失に陥ったかのように、旧き世界と、ボクたちが識る箱庭せかいには断絶がある。憶えていてしかるべき、根本的な技術でさえ忘れ去られている。ねえ、そんなことできると思う? みずから忘れようとしない限りさ」


 ※


 「さ、これでどうかな。クスト=ウェナクィテス。とりあえず広がっていたペン先は修正した上で、ペンポイントをより堅い金属に交換しておいた。これなら、君の血のにじむような筆圧でも大丈夫だと思うよ。なんせ、ヴォイニッチ朱鋼しゅこうだから」

 「ヴォイニっ……、そんな高いモノを」

 「あ、価格の心配をしているね。いいよ、気にしなくて。うちに転がっていたがらくたさ。君に使われている方がきっと幸せだろ」


 彼の両手で差し出されたその万年筆は、生まれ変わったかのようにぴかぴかだった。ペン先だけではなく、細かな傷など修繕されているのかもしれない。


 「あ、ありがとうございます」

 「でも最初に提示したお代はきっちり払ってもらうからね〜」


 ディス=レクシア=フラクトゥルーははにゃりと微笑む。そんな彼の無邪気な笑みに、一瞬どきっとしてしまうぼくがいた。薄暗がりで蝋燭の明かりしかなかったからよく見えなかったけど、どこか少女のようにも見えたのだ。


 「支払いはいつでもいいからさ。とりあえずここに住所と名前、あ、ついでに屋号もね。その生まれ変わった万年筆の、最初の仕事だ」

 「はい」

 

 紙に筆を滑らせてみると、最近の書き味とも、祖父からもらったときの書き味とも違う、奇妙な滑らかさで、新鮮みを感じた。それを見ていたディスが満足気に微笑んだ。


 「おや、君は『クロックワイズ・メカニクス』か。どうりでどうりで。これも縁だね」

 「どういうことですか?」

 「君の祖父、ソフ=ウェナクィテスもその万年筆の修繕に来たんだよ。まだその工房の名前が定まった頃、かなり若い頃にね」


 下手をすればぼくよりも幼くみえる犬獣人だったけれど、実年齢はいったい……。

 彼は鼻歌を交えながら書類に記入を進めていた。


 「あ、あなた何歳なんですか……」

 からんころんからーん!


 絶句気味のぼくがひねり出した質問が言い終わる前に、年間十数人しか訪れないらしいこの『星霜骨董箱庭堂』の扉が開かれた。蠟燭しか光源のない暗がりの部屋に、外の日光が差し込んで、ぼくとディスは眼を細めて振り返った。


 宗教画のような光の中、シルエットが見えた。

 くるんと丸まった角が目立つ、小さな、見慣れたシルエット。


 「ク〜ス〜ト〜!」


 ウルだ。

 ウルウル=ドリィメリィ特等工女が腰に手を当てて、鬼のような表情で睨んでいた。



 ※


 工房に遊びに来ていた、ガブリエッラ=クァンテリア=フェレスリュンクス曰く――。


 あのぅ、ここに来る前にザン=ダカ商会に寄ったのですが、クストさんを見かけて。おそらくヴァン会長との接見のあとだとは思うのですが、ふらふらと風俗街の方へと入っていたんです。ヴァン会長にきついことを言われてしまったのではと、わたし、心配になってしまって、ついていったんですが……。


 まわりをキョロキョロとしながら――、性癖に似合うお店を探していたんでしょうか、しかし羊獣人のお店などそう多くはないものですから、決め兼ねていたのでしょう。車椅子の蒸気光学迷彩ステルスモードを作動させながらこっそりこっそりと追いかけていたのですが、裏路地の奥にひっそりと佇む怪しげなお店の前で立ち止まって。


 そして何かを決意したように、そのお店の扉を開いて――。


 きゃっ♡


 あの、ウルウルさん、クストさんとは……、ええと、あの、まだ……ですよね。とすると、あなたと一緒に暮らしているのは、そのぅ、いろいろと我慢できないこともあるでしょうし、あの年頃ですから、興味もあるでしょうし。あの、殿方を悦ばせるのも夫婦円満の秘訣ですよ? 夫婦じゃない? あらあら。


 ところで、わたしはローランの××をですね、◎◎しまして、△△を720度回して(十分経過)


 ……行ってしまいました。あんな凶器を持って、クストさんには同情しますね。

 まぁ、面白いから良しとしますか。


 ※


 「――って、ガブリエッラが!」


 声も出ないぼくに、くすくす笑うディスだった。

 説得にはそれからさらに一時間を要し、ぼくには数え切れない傷が増えたのである。


 ※


 くすくす。

 いざとなったら面倒を見るように言われていたけど、この調子なら大丈夫そうだね。

 ねぇ、ソフ=ウェナクィテス。

『星霜骨董箱庭堂へようこそ!』はこれで完結となります。

少しお時間を頂き、第二部を始めたいと思います。

コミケでのコミカライズ等のお話もありますので、以下のふたつをチェックしてください(*´ω`*)


◯主にTwitterで呟いています:@aimiele(https://twitter.com/aimiele)

◯ブログはこちら:http://aimiele.hatenablog.com/

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