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◎星霜骨董箱庭堂へようこそ!(1)


 ザン=ダカ商会のラジオより、今日の犬獣人の運勢。


 ――またまた、新たな出逢いがあるかも。その人との出逢いはあなたにとって思い入れの深いものであるはず!? 長い付き合いになると思うから、ぜひぜひその運命を大切にしてね! あとわかってると思うけど、金運は最悪! なんなら、恋愛運も最悪! ラッキーアイテムは、万年筆! ラッキーパーソンは、万年筆を修理してくれる犬獣人!

 今日もいちにち、頑張りましょー(*´ω`*)


 ※


 「話にならん。出直してこい」

 「しかし……」

 「くどい!」


 書類を投げつけられた、ぼく、クスト=ウェナクィテスはうなだれる。犬獣人のチャームポイントである耳も尻尾も、へんにょりと垂れ下がる。


 ここは、ザン=ダカ商会、本部。応接間。目の前にいるのは、ザン=ダカ商会会長のヴァン=デルオーラ=ヴェッターハン。翼獣人ではあるが、その太ったダイナマイトボディではもはや飛ぶことはできないだろう。


 「……失礼します」


 急速な産業革命の波と、祖父という伝説の技師を喪ったクロックワイズ・メカニクスは経営の危機に瀕していた。創設時に協力をしてくれたザン=ダカ商会から補助金をもらってほそぼそと続けてはいるものの、それも街の工業化のために打ち切られようとしていた。

 ガチャリと、重いドアを閉める。


 ウルウル=ドリィメリィ特等工女は、祖父に負けず劣らずの技術を持っている歯車機構職人だ。ぼくが言うのもなんだけど、それは自信を持って断言ができる。


 だとするならば、いまクロックワイズ・メカニクスが抱えているこの問題の責任の所在は、ぼくだ。ウルの職人以外の部分は、すべて自分が責任を持つと、あのとき決めたのだから。


 「しっかし、こたえるなあ」


 ヴァン会長とのやりとりはもう飽きるほど繰り返しているとはいえ、さすがにこころにクる。


 『魔法マギ歯車ギア完全調和マギアヘーベン』をお題目に、経営立て直し案を立ててはいるものの、やはりヴァン会長には、『根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝』を取ってくるような夢物語でしかないのだろう。


 「……くそ」


 ぎりりと歯が鳴る。さすがにこんなテンションのまま、クロックワイズ・メカニクスに帰っても、ウルにあわせる顔がない。ぼくは投げつけられた書類をくしゃりと丸め、鞄の中に詰め込んだ。


 「ん?」


 身に覚えのない感触があって、それを鞄から取り出してみる。紙切れだった。簡単な地図が描かれている。店のロゴがその上にどーんと書かれており、オトコなら誰だって抗えないような内容のことがその下には並んでいた。


 「ごくり」


 思い出した。


 これは、毎日配達に来てくれる牛乳屋の猫獣人、ジョバンニ=ミケ=ガラクトからもらったものだった。『ウルちゃんには内緒だよ、君だってこういうの、興味がある年頃でしょ?』と言われながら、割引券を渡されたのだ。


 いやいやいやいや。


 首を振りながら、ぼくはザン=ダカ商会本部から、クロックワイズ・メカニクスのある職人街の方角ではなく、商業街を目指して歩を進めていた。


 ——さすがにそれはよくないって。


 ぼくの中の悪魔がこう言った。『イッちまえよ。お前にはその権利があり、金があり、興味もあるんだぜぇ』。天使がこう言う。『いけません。たしかにそれは事実ですが、いざ言葉に出されると、この年頃の男の子は恥ずかしがってしまうものなのです。静かにふたりで見守りましょう』と主張した。


 『あ、いけません、悪魔、そこは敏感で……あっ』

 『いいじゃねえか、ふたりで見守ろうぜ』

 『はい♡』


 と好き勝手やらかしておいて、ソファにふたりで腰掛けて翼をちちくりあいながら、こちらをガン見してくる。や、役立たず……!


 首を振りながら、ぼくは賑わっている商業街の目抜き通りをそれて、どこか湿った臭いのする裏路地へと歩を進めていた。ポケットにはこの秋の序盤にジョバンニから貰った割引券を握りしめて。


 「ヤッてやる、ヤッてやる、ヤッってやるぞ!」


 『クロックワイズ・メカニクスへようこそ!』

  〜星霜骨董箱庭堂へようこそ!〜


 「クストー、もう、クスト、いまどこにいるのー」


 ウルウル=ドリィメリィ特等工女はテーブルにうなだれてぼやいた。


 お昼の鐘が鳴っても、うちの亭主様は帰ってこない。お腹はぐぅぐぅ鳴っている。このあいだ目玉焼きを作ろうと思って、謎の暗黒物質を仕上げたわたし、とても自分で料理をしようという気にもならないし。わたしは職人以外の事柄はからっきしなのだ。


 「だから一緒に行こうって言ったのにぃ」


 からんころんからーんと、扉のベルが鳴った。


 ※


 「あら、わんこちゃん、こんな朝早くからお盛んね〜」

 「い、いえ、ちがうんです」

 「犬獣人ならロリから熟女まで揃えてるよ!」

 「すみませんごめんなさい」

 「あれぇ、異種フェチ?」

 「ひ、否定はしませんけど……」


 そんな恐ろしい客引きから身を躱しつつ、おっかなびっくりと商業街の裏路地を進んでいくぼくである。『ウルちゃんには内緒だよ、君だってこういうの、興味がある年頃でしょ?』、そんなことを言われて渡された割引チケットを広げ、そこに書かれている雑な地図をひっくり返したりして見ている。


 「もう、どこなんだよ」


 左右を見渡しながら、湿ったにおいのする通りを進んでいると、あるところではたと足が止まった。犬獣人ご自慢の鼻をひくつかせる。あそこだ、きっとあそこだ。あそこだけ違うにおいがする。


 薄暗い路地裏、怪しげな建物が並ぶその片隅に、場違いなほど忽然と佇む場違いな幽霊屋敷があった。見覚えのない店構え、それは明らかにお客さんが入ることを拒んでいるお店だった。千客万来の構えを見せてなおお客さんがこないクロックワイズ・メカニクスとは対照的だった――ってうるさいやい!


 「失礼しまーす」


 ギィィイイという重い扉を開けると、中はまっくら。どうやら暗幕で締め切っているらしく、小さなカウンターの上に蝋燭があるだけ。とりあえず一歩踏み出してみると、ギシッと床が鳴って、蜘蛛の巣が犬耳に引っかかった。


 日の光が差した店内には、数え切れないほどの埃が浮いていた。店舗として使っている面積は小さいのか、雑多な雑貨でごったがえしていた。ぼくには見たこともないような歯車機構ギアガジェットや、そもそも使う用途すらわからないような機械、数え切れないほどの古い本。それらが雑然と積み上げられていた。


 「んー、お客さん?」


 眠たげなそんな声がして、ぼくはカウンターの奥を見た。ずざざっと、積み上げられた古い本が倒れて雪崩を起こす。ぷはっ、と小さなシルエットがカウンターの向こうで起き上がる。腕を伸ばしてあくびをしているところを見ると、この店主、眠っていたのだろうか。


 「あー、眩しいから閉めて閉めて」

 「あ、すいません」


 ギィィイイと音を立てて重い扉を閉めると、この部屋は闇に閉ざされる。ひとつだけ部屋内のわずかな空気の流れに揺らめく蝋燭が、カウンターを照らしているだけだ。目が慣れてくると、カウンターの上でほおづえをついてこちらを見つめる店主、頭の上にぴょこんと小さな耳が立っているのがわかった。


 「犬獣人?」

 「お、身体的特徴から相手の帰属を断定するのは、政治的に正しいとはいえないねえ。とはいえ、ボクは犬獣人だ。紛れもない犬獣人。わんわん」


 なんだか持って回ったような言い方をする少年だ。


 「はじめまして。ボクの名前は、ディス=レクシア=フラクトゥルー」


 呆気に取られていると、少年はいたずらげな目でぼくを見た。


 「そしてようこそ、ボクの箱庭へ。『記念すべき十三人目のお客様』、星霜骨董箱庭堂へようこそ!」

  


 ※


 「このお店、まだ朝早いのに十二人もお客さん来るんですか?」

 「え、今年に入ってからだけど?」

 「もう11月じゃないですか……」

 「例年に較べれば大盛況さ」


 ※


 「チラシを見てきました」

 「ああ、戯れで作ったアレね。ということは牛乳屋さんから?」

 「はい。ジョバンニ=ミケ=ガラクトさんから」

 「あそこの牛乳おいしいよね。ボクも毎朝飲んでいるんだ。ずいぶんと滞納しているから、せめてものお返しにと言うことで割引券を作ったんだけど、他人にあげちゃったか」


 周りを見回してみる。


 『星霜骨董箱庭堂』という名に恥じぬほど、雑多ながらくた(オブラートに包むならば骨董品)が無秩序に積み上げられている。商品を陳列していると言うよりは、箱庭という言葉どおり、彼の趣味をそのまま具現化したかのような小さな宇宙だった。


 ジョバンニのいっていたように、ここには男のromanが溢れているように思えた。どんな予定外の出費をしてしまうか不安だったから、行こうかどうかずっと迷っていたけれど、来てしまった以上、腹をくくるしかあるまい。


 ディス=レクシア=フラクトゥルーと名乗った店主がカウンターにだるーんともたれている。


 「ジョバンニの牛乳を飲んでけっこう経つのだけど、ぜんぜん背が伸びない」


 と彼は袖の余った白衣をぱたぱたと上げ下げした。同じ犬獣人ではあるものの、そのふるまいと童顔っぽさ、声の高さからして、小動物といった印象が強かった。


 「それで、わざわざ何の用?」

 「修理も行っていると伺ったので、これを」


 ぼくは肩掛け鞄をまさぐり、愛用の万年筆をカウンターの上に出した。祖父から受け継いだもので、いわばクロックワイズ・メカニクスの経理の象徴だ。歯車模様のあしらわれたワインレッドの万年筆。


 「ふむ」


 彼は興味深そうな顔でキャップを外す。


 「ペン先が歪んでいるね」


 紙にペンを走らせることなく彼はそう言い、ぼくは驚く。


 「もともと万年筆のペン先というものは、柔らかい金属でできているね。これによって

強弱ある滑らかな書き心地が実現し、長く使うことによって、使用者の書き方に馴染んでいくんだ」


 ペン先を見つめる彼の瞳がきゅうっと猫のように細まっていく。ペン先は蝋燭の揺らめく焔に照らさせれて、淡い光を放っていた。


 「それで長い時間をかけて馴染んでいったペン先に、最近、歪んだ力がかかっている。修理ってことは、何か違和感を感じているんだよね。インクの漏れが多い? それともいつものように書いてるとがりがりとした手応えを感じる?」

 「どっちもです。小さなころから使っているので、最近のちょっとした変化は、変な感じがして気になってしまうんです」

 「にゃるほど」


 クロックワイズ・メカニクスは、産業構造の変化により、時代に取り残されようとしている。ほとんど修繕依頼しか来ないこの工房は、ザン=ダカ商会の補助金によって成り立っているところが多い。


 が、その補助金は財政難のあおりを受けて、削られてしまいそうなところ、ぼくは経営改善案等を提案した大量の書類を、ヴァン=デルオーラ=ヴェッターハン会長のもとに届けているわけだ。


 事務屋である以上、万年筆は多用する。ぼくの万年筆は、技師であるウルでいうところのマイクロモノクルレンズであり、マイクロドライバーであり、そのほかの各種工具であり、階差機関ディファレンシャルエンジンでもある。いわばぼくは、万年筆を剣として、歯車計算機ギアそろばんを盾として戦う、光の戦士なのだ。


 「どうですか?」

 「力、入れすぎじゃない?」

 「ちから……、」

 「そうそう。万年筆は紙面に対して角度を浅く滑らせるように書く筆記具だ。だからこそ、君が好んでいる書き心地が実現できている。でもそれは繊細なものだ。たとえば君のお店が経営難だから、補助金の申請書類を真剣になって書いていたりすると、ペン先に余計な負担がかかってしまう」


 名探偵に言い当てられた犯人のような気持ちだった。ぼくは自分の名前を名乗りはしたが、クロックワイズ・メカニクスということは告げていない。経営難であることも、補助金の申請書類のこともしゃべってはいない。名前を告げて、万年筆を渡しただけだ。


 驚いて固まっていると、ディスは『何を驚いているんだい』といった呆れるような表情をした。


 「あんな手書きの割引チケットを握りしめて、こんな怪しげな店に来る時点で、君は裕福ではないだろう? そうでないなら、万年筆を買い換えるか、表の大通りの文房具店を訪れるはずだ」


 ぼくの驚いた顔が面白いのか、にやにやとぼくを見つめる店主。


 「それにこのお店に入ってきたときに、やたらと周りを見渡したよね。まるで風景描写をしないといけない小説の一人称視点のように。あれは、他の店舗を参考にしようとする同業者の視線の動きさ。それにさっき万年筆を出すとき、鞄から溢れそうになった丸められた書類。それはザン=ダカ商会のものだよね」

 「は、はい」


 最後にびしっと、万年筆で指されてしまって、ぼくは頷いてしまった。


 「あーだめだめ。ごめんいつもの癖が出てしまったよ。たまのお客さんだから楽しくなってこういうことしちゃうんだけど、いつも気味悪がられてしまうんだ。気を悪くしたならごめんよ」


 と、彼はうなだれてしまう。ぴょこんと飛び出た耳も、へにゃりと垂れてしまっていて、どこかかわいい。


 「ま、とりあえず、君は最近特に力みすぎなんだ。少しは力を抜いたらーー、って、あのヴァン会長を黙らせるのは容易なことじゃないよね。わかるわかる」


 そう言いながら彼はカウンターの下からくしゃくしゃの補助金申請用紙を取り出した。記入項目は記載されているが、その上からペンでくしゃくしゃに線が引かれており、『ヴァンのヴァーカ!』と殴り書かれていた。


 「君も……!」


 ぼくの身の回りには、ウルのような技師やガブリエッラやマクローリンのような金持ちしかいないから、この立ち位置で同情されるのは初めてで、親近感がわいた。なんならこのまま握手でもしたいくらいだった。

 ね、あいつ、厳しすぎだよね!


 「というわけで、この万年筆の修理の案件は貴重な収入源というわけ。もし気を悪くしていなかったら、このまま依頼を受けたいんだけど、いいかな?」

 「是非、お願いしたいです」

 「ありがと。それじゃペン先の矯正と、あと他にもバランスを見ておこう。君に筆圧の癖を直してもらうのも大事だけど、ある程度の力にも耐えられるように調整したいところだよね。ペンポイントも取り替えよう。割引チケット使って、今回はこれでいいよ」


 と提示された歯車計算機ギアそろばんの額を見て、ぼくの頭の中の階差機関が計算を始める。あの食事を庭の野菜に変えて、あれを節約して、ウルを言いくるめて、マクローリンのあいつが二回ほど階差機関を壊してもらえれば。


 「お願いします」


 すると、ディス=レクシア=フラクトゥルーは満面の笑みでぼくを見上げた。


 「まいどありっ!」


 ※


 「これは何に使うんですか。リンゴにペンが刺さってる」

 「さぁね。しかしリンゴが神聖なものの証であったことはたしかだ。でなければこんな利便性度外視のものを作るわけがないさ。なにかしらの宗教的な用具だったのだろうね」

 「じゃあ、こっちは何なんですか、ペンがパイナッーー」

◯主にTwitterで呟いています:@aimiele(https://twitter.com/aimiele)

◯ブログはこちら:http://aimiele.hatenablog.com/

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