「入学日前時」
詠飛の読んだ日記は、騅と兄弟との出会いだった。
なぜあの時黙ったのか……?
そして、小学校にあがる騅の心情は……?
2000年4月
後醍醐 騅
僕は小学校というものに入学するらしい。それは詠美姉さんに昨日突然言われたことだ。
だけど先月家で突然テストを受けさせられたからって、小学生になんてなれるんだろうか……?
姉さんは「騅ちゃんはランドセルを背負って通うピッカピカの一年生なのよ! 金髪もピッカピカだけどね! あと誰でもなれるの、このテストを受ければ!」と、言っていたけど。
後でお母さんに聞いたら、私立小学校だからテストを受けて入るのよ、と教えられた。
しかもお金持ちしか居ないらしい。
後醍醐家別棟 騅の部屋
後醍醐 騅
「ほら、詠美! ランドセルに筆箱でしょー? クリアファイルでしょー? あと、なんだっけ?」
と、慌ただしく僕の部屋なのに僕以上に動きまわって準備しているお母さん。
僕が入学するのをきっかけに長かった黒い髪はバッサリと切りボブという髪型にしている。
顔のパーツは勿論僕には似ていないけど、詠美姉さんと比べると凄く似ている。
「えーっと、あれです! ニット帽!」
と、黒い地味なニット帽を左手に掲げている詠美姉さん。
いつも眉毛が薄い姉さんが外出している姿を見たことはない。
黒髪を後ろで1つにまとめている姿もどこか地味だ。
「そうね! ニット帽。騅、あなたの髪は金色でしょ? でも、みんなはどうだった? ……黒いでしょ? だからこれを被りなさい。絶対、絶対、取らないこと。……いいわね?」
と、お母さんは僕に無理矢理帽子を被せながら言った。
「はーい。ねぇ、お母さん。明の誕生日っていつ?」
「明ちゃんは、あなたと同じ9月6日よ。あ!ちなみに、傑は11月12日。純司ちゃんは、4月……あ、明後日ね。で、詠飛は6月12日。詠美は2月12日。」
「ありがとう。あの、純司兄さんって何をあげたら喜ぶかな?」
と、僕が聞くとお母さんはしばらく天井の方を見て、思い出したのか笑顔になり、
「そうね、人体模型でもあげたら?」
いつもと変わらない顔でそう答えるので、
「へ?」
と、だらしない声を出してしまった。
「お母さん。そんなこと言ったら騅ちゃん困っちゃうよ。んー、純司にはね、気持ちを伝えればいいと思うよ。お手紙、帰ったら一緒に書こっか!」
「うん!」
と、2人で笑い合っている時、お母さんが鬼の形相で姉さんのことを睨んでいたことを鏡越しに見てしまったが僕は見て見ぬふりをした。
そして準備も終わり本棟の兄弟たちに挨拶に行く、とのことで再び本棟の扉を開けることとなった。
だが扉を開けた瞬間、兄弟たちは玄関に勢揃いしてるし全員黒のスーツがビシッときまっていた。
「騅、くれぐれもいじめられるなよ。」
と、ふぅっと息をつく詠飛兄さん。
「いじめられたらすぐに言え。対策を練るし、しつこかったら撃つ。」
と、短くて銃口のたくさんある銃を持った傑兄さんは作り笑顔で言う。
「まぁ、撃つのは良くないけど、話くらいなら聞くよ。一応、僕もお兄さんだからね。」
と、誇らしげに胸に手をやる純司兄さん。
「きんきら騅。いってらっしゃい。」
と、明はうつむき加減で右手をひらひらと振った。
だけど、なんで見送るだけでスーツなんだろう?
そう首をひねっていると、
「って、あんたたちも行くのよ!?」
すかさずツッコミを入れたのは、眉毛も顔も濃くなってビシッと黒いスーツを着た詠美姉さんだった。
その言葉に4人は思わず、「え!?」と声を揃えて言った。
「当然よ! 純司の時も、私の時も、傑の時も、そうだったでしょ? 何の為にスーツを着せたと思ってるの。行くわよ。」
と、詠美姉さんはピカピカの白いワゴン車の運転席に乗りながら言った。
兄弟全員そして僕がワゴン車に乗り込むと、詠美姉さんは「出発進行!」と、意気揚々とエンジンを唸らせた。
ワゴン車 車内
後醍醐 騅
助手席に座った僕は鼻歌交じりで運転する姉さんの方を見た。
いつもよりも楽しそうで、窓も開けているから森の匂いがすごいしてきた。
すると僕の視線に気付いた詠美姉さんは、僕の方をクリクリした横目で見てきて、
「なんか~用~?」
と、鼻歌の途中で上手くリズムに乗せて言うので、
「ど~のくらい~?」
僕もリズムに合わせて聞くと、詠美姉さんはフフッと笑ってくれた。
「んー、まぁ車で30分のところよ。兄弟みんなあの学校なのよね。先生はすごく優しいのだけど、いじめの絶えない学校でさ。傑なんて大変だったわよね。」
と、バックミラーに映る傑兄さんに家の中よりも大きな声で話しかけると、傑兄さんは大きく頷いた。
「そうだな。後醍醐家権利で誤爆処理にして何人か殺したな。まぁそれでも絶えなかったから、頭を働かせた訳だけど。そこら辺は昨日俺の部屋に突然来た、金髪に話してやったよ。」
「え!? そうなの!? 僕のところにも来てよかったのに~。んー、僕の時はいじめは無かったからね……参考にならないか。」
「いいことだぞ、純司。そういえば、俺の部屋にも来なかったが……騅、どうして傑の部屋に?」
「あ、えっと、それは……部屋です、部屋。」
「部屋?」
と、兄妹全員で一斉に首をかしげたので、笑いをこらえつつ頷いた。
「傑兄さんの部屋だけ自由を感じたのです。それって自分イコール自由、と考えているのではないかな……と。」
「すまない、騅。少し、意味が――」
と、口を濁す詠飛兄さんに対し、傑兄さんは身を乗り出し、
「なるほど、面白い。俺のことをそう見るか。」
と、嬉しそうに言った。
「は、はい。昨日も話しましたけど、ね。」
「うん、まぁいい。」
「そうだな。そうやって兄弟同士で親睦を、いや、仲良くなってくれればいいさ。もうそろそろ、あれが始まるからな。」
「あれって?もしかして、後白河vs後醍醐のこと?」
「そうだ、詠美。賞金首制度ももうじき終わる。だが政府は一番癒着させた後白河のことが許せないようでな。それで後醍醐にその話が来たってわけだ。」
「ふ~ん。ま、戦うのはあんたらだし関係ないけどね~。騅ちゃんはお兄ちゃんの後ろに隠れていれば絶対大丈夫よ。あんたのことを拾った時も、まだ小さい騅ちゃんから何十人もの人を追い払った最強お兄ちゃんなんだから!」
と、最後にウィンクをきめた姉さんは誇らしげに話してくれた。姉さんにこんなに褒められた当の本人を見ると、顔を真っ赤にして何かもごもごと口を動かしていた。
「それでだ! あと、何分だ?」
「あと5分かな。」
いよいよだ。僕の小学生としての生活が、始まろうとしている。
しかし僕は傑兄さん以来のいじめにあうことなんて、この時は知る由もなかったのだけどね。
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