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「影の世界」

※前半BL注意報、長文注意報発令中…

 決意をした騅が月道の組織で見たものとは…?

そして後醍醐家にも変化が起こったようです。

2011年7月…

後醍醐 騅



 僕は月道の名刺を片手に道行く人1人1人に片桐組への行き方を聞きまわった。

というのも、住所があまりにも抽象的すぎたからだ。

「〈この国のどこか〉じゃわからないよ……。すっかり聞きそびれていたけど」

僕は詠美姉さんを殺す、という現実を突き付けられて心底動揺しているのだから当然なのだけど。

それにこの日はよく晴れていたのもあって、僕は大汗をかいている上に髪の毛もペタンとしてしまっている。


 すると1人の男性が僕に声をかけてきた。

「なぁ兄ちゃん。俺それどこか知っとるで」

関西弁で話しかけてきた男性は、短く切りそろえられた茶髪をワックスで自然に立たせ、眉は特徴的な弧を描いていて、鼻筋は俳優さんみたいに整っている、目は茶色く大きい丸目系でくっきり二重、唇は薄く、顔はモデルさん並の小ささだ。身長は僕よりも少し低いけど、僕が180cmを越しているから高い方だと思う。そして1番目につくのがスタイルの良さと流行りを程よく取り入れたセンスの良い服だ。

「本当ですか!?」

「うん。案内したろか? あーでも怒られるかもしれんなぁ。どないしよ。ちょっと待っててや」

関西弁の男性は後ろ髪を左手で掻きながら携帯を取り出し、どこかへ行ってしまった。


 かっこいいなぁ……

それが僕の正直な感想だった。

社交的そうなイメージも受けるので、おそらく学校では人気者だろう。

いいなぁなんて思ってしまうのは金髪が災いしていたり、ガールフレンドに恵まれなかったりしていたからだ。


 5分くらい経った頃に男性は小走りで戻ってきた。

「待たせたなぁ、すんまへん。俺の友だちとここらへんで待ち合わせしとってん。せやけど、まだ時間あるから案内するで」

というと、男性はスタスタと歩き出してしまった。

 そう言えば名前を聞いてない……

僕がそう思いつつ少し後ろを歩いていると、突然パッと振り返って、

「せや! 名前! 俺のことは菅野って呼んでや」

と、歯を見せて笑う菅野さん。快活な声は誰でも明るくできそうな雰囲気を感じる。

「僕は後醍醐騅です」

「後醍醐かいな! そんなボンボンが片桐組に何の用や?」

菅野さんは僕に歩調を合わせてくれているが、よく目を見てみると目の奥に嫌な雰囲気を感じた。

これはもしかしたら普通の人じゃないかもしれない、という疑念が僕の中で湧き上がってきている。

「えっと……その……」

その上僕が言葉につまらせていると、菅野さんは顔の前で手をブンブンと振って、

「言いたくないなら言わんでええねん。そんな怖い人とちゃうで?」

と、いたずら笑顔を僕に向けた。

「あ、ありがとうございます」

「ええねんって。せや、後醍醐詠飛は元気にしとる?」

「はい」

「あいつに子ども居るかどうかって知っとるか?」

菅野さんは何の悪気も無いような顔で聞いてきている。

そう言われてみると僕は何か嫌な予感が心の奥底から少しずつ湧いてきた。だけど慌ててそれを打ち消して、

「居ないと思います」

と、答えていた。

なぜかって、詠飛兄さんに子どもが出来たら絶対にメイドや執事が大騒ぎの筈。

それが無いなら有り得ない。僕はそう考えていた。

「さよか。まぁ気にせんと」

菅野さんはそう言いながら、鼻の下を左手人差し指で少し擦った。

僕はその仕草にハッとしたものの、疑問は心の奥に押しやり、

「菅野さんは何の仕事をしているんですか?」

と、なるべく平静を装って聞くと菅野さんは僕の目をじっと見て、

「俺、多分騅より年下やねん。今年で16になるんやけど、騅はいくつや?」

と、言いつつも言わないように僕の唇の前に人差し指を優しく当てた。

 今年で16ということは、月道と同い年になる筈だ。

でも全然雰囲気が違うから、いつも喧嘩するんだろうな。

と、2人の高校生活を想像してしまった。

「言わんといてや……20! どや?」

僕が首を横に振ると、顎に手を当て考える素振りを見せ、

「せやったらなぁ……18! あ、今目が違うって言ったやんな? よし、17や!」

と、ビシッと今度は人差し指を突きつけるので、僕は思わず何度も頷いてしまった。

「正解です。あの……」

「よっしゃ! あー仕事は学生や。アホやけど楽しんどる」

「人気者っぽいです」

「せやろ~? 俺、人気者やねん。俺の友だちみたいにお高くとまってへんから、人が集まんねん」

そう言っておおらかに口を開けて笑う菅野さん。多分、O型かなぁ。

「なるほど……」

そしてそれきり僕に話しかけて来なかったが、角を曲がる時、信号を渡る時や橋を渡る時は必ず「こっちやで」と声をかけてくれた。


 そうしてどれだけ歩いてきただろう。

ついに片桐組の前まで着いてしまった。

「ここやで。騅には悪いんやけど、俺はここまでや」

と、笑いを取り繕う菅野さん。それも無理はない。


 片桐組の前と言ってもどこかのマンションの前にふらっと来たのとは訳が違いすぎる。

目の前に立ちはだかっているのは、大人の象2頭分近くはありそうな鋼鉄の門に描かれた4対の蛇の紋章。

そして4人の屈強そうな門番。そのせいで中の方は見えない上に、門から先は黒い雲が立ち込めているし、そこから轟々と風が吹きつけていた。


 僕は菅野さんに別れを告げ、鋼鉄の門に向かって歩き出した。

一歩、また一歩と踏み出す度に足元が震えてくる。

よく見たら僕が歩いているところは象1頭分の鋼鉄の大きな橋で下を見ると、激流が流れていた。

これ、突然突風が吹いて飛ばされて落ちたりしたら……

僕は最悪の事態を考えつつ、冷や汗まみれですっかりくっついてしまっている前髪を払いのけ門の前に立った。

すると門はギギギ……と古めかしい金属音を立てながら開いていく。

「「「「クライアントが来られたぞ!!」」」」

4人の門番が天地に轟きそうな声で叫ぶ。

そして門の先にあったのは――


 象よりも高い無機質な塀がずーっと囲っていて、四隅にマンションのような建物があった。四隅と言っても、1つ1つが互いに認識できないくらいは離れている。

そして黒い雲が立ち込めていて分かりづらいがその奥に古めかしい中世時代の城のような建物が何となく見える。

 僕が1番驚いたのは、僕の居る場所から1つのマンションの入り口に向かってライフルを背中に携えた男の人たちがお辞儀をした状態で待ち構えていたことだ。


 これはどうすればいいのだろう。

僕は周囲をきょろきょろと見回したが誰も他には見当たらない。

そういえば風は止んでいるし、門が閉まると激流の音は聞こえなくなった。

それに季節は夏で暑い筈なのに、ここは随分と快適な温度である。


 まさか僕は変な世界に来てしまったのだろうか…?

そう考えていると、男の人たちが一斉に敬礼をしたので僕もつられてしそうになってしまったが、マンションの入り口から歩いてくる姿に見覚えがあった。


 腰あたりまで伸びる黒髪を頭の高い部分で結い、黒い狙撃銃を背中に携え、敬礼をしている男の人たちと同じ全身黒い軍服のような格好で、胸のあたりには《A》と大きく彫られた金色の軍用バッチをし、靴は丁寧に磨かれた黒い長めのミリタリーブーツであった。

その人物は僕の目の前に立つと無表情のままで、

「久しぶり、きんきら騅」

と、僕のことを見上げて言った。電話の時と違ってかなりの威圧を感じるけど、やはり色気がある声だった。

「月道……。すごい人だね」

と、後ろの人たちの方を見て言うと、月道は腕を組んだ。

「鷹階っていうスナイパー専門のところのリーダーだから。とりあえず、人払いをしたいから中入って」

月道は品を感じる歩き方で、月道の方に向いて敬礼をしていく人たちに目をくれつつ、僕よりも大分先に中に入っていった。


 すると敬礼をしていた人たちは皆、疲れていたようでその場に座りこんでしまっていた。

僕が1番入口側に居た人たちに話しかけると、

「黒河エースは史上最年少の鷹階のリーダーです。でも、すごく魅力的で薔薇のような御方なんですよ。若干色っぽいというか……」

「そうなんです! でもそう思って近づいた途端、棘に刺さるんですよね。あなたもお気をつけて」

と、作り笑顔ながら快く話してくれた。

 僕は2人に礼を言い中に入ると、月道は少し不機嫌そうに壁に寄りかかって僕を睨んできた。

「何か吹きこんだ?」

月道の殺気すら感じる低い声に僕は思わず、

「いえ、違います!」

と、震え上がったうえに敬語で答えてしまった。

それを聞くなり月道は鼻で笑っただけで、また僕の前を歩いて行く。


 中は一般的なマンションと言ってしまってもいいくらいなもので、まぁ受付とかコンシェルジュが居ないことが気になる程度で、それ自体はモノクロ基調のシックな雰囲気で月道好みな気がした。

それに床は磨かれた大理石で、スカートの中が見えそうなくらいの透明度だ。

 月道は慣れた手つきでルームキーをかざして相当濃い曇りガラス製の自動扉を開き、僕も一緒に入れてくれた。

そしてしばらく歩いたところで右に曲がり、エレベーターホールを通りぬけ、更に左へ曲がった瞬間……

「ひっ!」

僕は短く悲鳴を上げてしまった。

というのも、白シャツ以外は何も着ていない男性同士が熱い口づけをしているのだ。

だが月道はズカズカと2人に近づいて、

「何やってるの?」

と、いつもの氷のような冷たい口調で言うと、2人は「ひぃぃっ!!」とだらしない悲鳴を上げた。

「重要なクライアントが来るから集まれって言わなかった?」

更なる月道の追求に2人は、へなへなとその場にへたり込んだ。

「「ごめんなさい! ごめんなさい!」」

2人は涙を流しながら謝っているが、月道は腕を組んだままだ。

「わかったなら、早くどこか行って。見なかったことにしてあげるから」

「「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」」

2人は支えあいながら立ち上がり、上の階へと階段で走って行ってしまった。

 2人を見送った後に、僕が月道の方に目をやると彼は僕の腕を力強く握り、

「ごめん。この部屋にしよう」

と、小声で言うと目の前にあった大きなハートマークが特徴の濃い紫色の扉の部屋に入った。


 部屋に入ると体液の匂いが鼻をついた。

おそらく部屋の前に居た2人が居た部屋だろうけど、ここってもしかして……。

それでも月道は何も気にしない素振りで部屋を歩き回り、2人掛けの黒い革製のソファにそっと座り右足を上にして足を組んだ。その前にはガラス製の丸い大きめのテーブルがあり、話もしやすそうだった。

ふと月道の方に目をやると、顎をしゃくって隣に座るように言った。

でも僕は中々足が進まなくて、その場に固まってしまった。

別に月道にそんな気持ちがないこと、僕にもないこともわかってはいる。

だけど初めて来た上に同性とだとは。

すると月道は僕の方に来て、腕をぐいぐい引っ張り隣に座らせた。

「ごめん」

「いいけど。初めて来た?」

「もちろん……。何か匂うものなんだね」

「これは偶然だよ。いつもなら促進させる香水がかけられてるけどね」

「……」

僕はそれを聞いてつい顔を赤くしてしまった。

もしかして月道は誰かとこういう部屋に来ているのだろうか?

そしたら首筋にキスマークがある筈だ、と結われたおかげで見やすくなっている首筋を見ていると、

「何見てるの?」

という一喝を見事に食らった。

こうなったら仕方ないので僕が正直に思っていたことを話すと、月道は大きな溜息をついた。

「俺は来たことがない。伝聞だよ」

「よかった」

「あっそ」

「あのさ……言いづらいんだけど、さっきから男の人にしか会ってない気がする」

「当然だよ、片桐組には男しか居ないから。でも鷹階のそれはマシな方だよ。5分の1だから」

僕はそれを聞いてすっかり青ざめてしまった。


 つまり5人に1人は先程の2人みたいな関係になっているのだ。

そう考えると、鷹階入り口付近に居た2人が月道に特別な感情を抱いている可能性も無くはない。

すると僕の青ざめた顔を見た月道は、

「象階と狼階は半分以上」

と、腕を組みながら無表情で言った。

僕は完全にだらしなく口をポカンと開けることしかできなかった。


「きんきら騅」

「ごめん。始めよう」

「わかった。まず監視カメラの場所、わかる?」

「もちろん。本棟と別棟の入り口前、裏口、別棟の中にもあるんだけど入り口に向かっているのが1つ、1F、2Fの廊下に2つずつ、僕の部屋前に1つ。本棟の情報も必要?」

「要らない」

「わかった。あと必要な情報は何かある?」

「人払いできる?」

「できる。お父さんに頼めば大丈夫だよ。お母さんも協力してくれると思うんだ」

「ふぅん。本棟の人たちが別棟に来ることはある?」

「ほとんど無いよ」

「わかった。あとはきんきら騅が時間帯と日付を決めて」

「え!?」

「汗が落ちる可能性のある夏は良くないよ。」

「だよね。……じゃあ冬?」

「秋の始めがいいと思う。後醍醐家は山奥だから、冬だと葉が落ちている木もあるよね?」

「そうだった。じゃあ……9月6日」

「え?」

月道の呆気にとられた表情に僕は新鮮味を感じた。

僕らが同じ誕生日だということは遠い昔に聞いていたから。

「僕らの誕生日にしよう」

と、僕が微笑むと月道はしきりに目を泳がせた。

「どうして?」

「決めてって言ったのは月道だよ」

「そう……だけど」

月道は目を伏せ、続けて

「俺は気にしないけど、きんきら騅の誕生日なのにいいの?」

と、目を泳がせながら上目遣いをする月道に、僕は少し幼さを感じた。

あんなに沢山の人を従えているリーダーとは言え、まだ15歳の少年なのだ。

僕が頭をぽんぽんと撫でると、バッとその手を払いのけられてしまった。

「それ、嫌い」

「ごめん。時間帯は夜の方がいいよね?」

「そうだね。人も少ないから」

と、言い終えるとすぐにポケットから小さなスケジュール帳を出し、色々書き始めた月道の銀色の髪飾りを見てみると、雄鹿のモチーフになっていてとてもオシャレだった。

何を書いているのかみようとすると、一時停止ボタンでも押されたかのように完全に書く手が止まっている。

僕が声をかけると、月道はハッとしてペンとスケジュール帳を元の場所に戻してしまった。

「9月5日にも会いたい」

「わかった。えっと……それは?」

「え? これは絶対に他人に見せられない物。」

月道ははぐらかすように笑顔を取り繕うが、おそらく殺しの予定だろう。

「怒られるの?」

「殺される」

その一言は僕の心の奥に突き刺さった。

片桐組はそんなに厳しい世界なのだろうか?

「ねぇ……月道?」

「もうこの話は止めて。お願い。……騅は部活やってる?」

「ううん。だけど結構遠いから……」

「信頼している人に迎えに行かせる」

ということはリムジンかセンチュリーか何かで来るのだろうか……?

「え!? 目立つよ」

「プリウスだから目立たない」

そう断言されても車のイメージが湧かない。小さいのかな?

「そ、そっか。今日はその……ありがとう」

僕が立ってお辞儀をすると、月道はゆっくりと首を横に振った。

「それは終わってからにして。あと、作戦会議をこんな部屋でやらせてごめん。寮の部屋だとうるさい相棒が居るから無理で、その点この部屋は如何わしいことにも使われるけど、防音設備が整ってて作戦会議もしやすいから」

「そうなんだ」

僕は男の人同士が付き合ってしまう理由が何となくわかってしまったが、それは口に出さないでおいた。

「9月5日もこの部屋?」

「そう。予約しておく」

月道はそう言い終えるとゆっくり立ち上がった。

そして僕の方に振り返り、

「次会った時に〈殺し方〉と逃走ルートを伝授する」

と、眼の奥をギラつかせて言う月道は殺し屋そのもので、僕は腰を抜かしてしまった。


 僕は月道と一緒なら何でも出来る気がしている。

詠美姉さんを殺すことだって。2人なら。

別れる間際に「一緒に俺も逃げるから」と無表情でも言ってくれたことが何よりも支えになった。

――あと2ヶ月。運命の時は近づいている。



一方…

後醍醐家本棟

後醍醐 詠飛



 俺は一通りの雑務を終わらせ、多数の名家との会合も終えて疲労困憊の状態で帰ってきた。

そんな俺の眼前に広がっているのは、階段の踊り場で詠美を後ろから取り押さえ、今にも階段から落としそうな傑の姿だ。

勿論傑の手には拳銃が握られている。

俺は傑を睨みつけ、

「詠美を放せ!!」

と、力の限り叫ぶと傑はそれを何と鼻で笑った。

「詠飛兄。忘れた訳じゃねぇよな?」

「何のことだ?」

「俺と純司がまだ小さい頃、純司が1歳だった頃だ。川に遊びに行ったよな。山奥の流れのゆるやかな小川、覚えてるよな?」

「目上に何て口を利いている……?」

「答えろ、詠飛兄」

「その通りだ。それがどうした?」

「こいつが小さかった俺らに何をしたか、偶然にも詠飛兄は見ていなかった」

傑の言う通りだ。

俺は1人で山菜を採っていた。

だが、あの日から何年も経った後に純司に泣きながら言われたことのある話で、それは俺が詠美に対し厳重注意をして解決したはずだった。

 今更この男は何を言うのだろうか?

俺は疑念の目で傑を見つめた。

「純司が話したのは、ほんの一部だ。続きを話してやる」

詠美がこれに何も言わない訳がないと思いよく見ると、口元にガムテープが貼られている。


「何十年も昔、後醍醐兄弟は山奥へ行った。詠飛兄は山菜を採りに行くと離脱し、幼い俺と純司は姉さんに付いて行き滝壺まで来た。滝壺が危険なことはその当時の俺らは勿論知らないので、水遊びに飽きるとすぐに服を脱いで水の中に入って行った。どんどん深くまで行く俺らを姉さんは止めなかった。そして俺が気を失う間際に見た姉さんの顔は、完全に悪い奴の顔だった。死ねばいいのに。そういう顔だった。その日以来俺らは姉さんのことが憎くて憎くて、殺し屋になった日には殺そうと思ってた。だけどそこに立ちはだかったのは親族殺しの禁止」

そう言い終えると貼っていたガムテープを剥がし、拳銃を詠美のこめかみに当てた。


 俺は膝から崩れ落ちそうだったが、傑が脚色している可能性も十分あり得ると思い、自分を奮い立たせた。

すると傑はわざと音を立てて歯ぎしりをした。

「姉さん、どうして俺らを殺そうとしたのさ?」

「殺そうとなんて……してないよ!!」

「嘘つくな!!」

「私はただ……イタズラばかりしてる2人に少しでも……」

「制裁でも与えようとしてたのかよ?」

傑の顔がどんどん怒りで赤くなっている。

比較的短気で思い込みをすると中々曲げない傑のことだ。

ここは詠美にはっきり否定してほしいのだが、詠美は言葉を濁している。

仕方ない、助け舟を出そう。

「詠美、はっきり言いなさい」

俺がなるべく角が立たないように言うと、詠美は頭を垂れた。

「ごめん、お兄ちゃん。本当はね、傑が……もっと大人しくなるようにと思って、放っておいたの。そしたらまさか……純司も一緒だったなんて………」

弱々しく言う詠美の言葉に、傑の堪忍袋の緒が切れた。


 何と無抵抗の詠美を階段から突き落としたのだ。

打ちどころが悪く最初の一段で目を閉じている詠美に、俺がガラスでクッションを作って階段の途中で受け止めると、傑は俺を殺気が溢れかえった眼で睨み徐ろに引き金を引いてきた。

その動作、撃ち方は完全に殺し屋の傑。

だが俺は落ち着いてガラスで銃弾を防いだが、聞こえたのは弾く音では無く割れる音。

「っ!?」

思わず目を見開く俺に傑はニタニタと笑いながら、

「そこらへんの銃弾じゃねぇからな」

と、嫌らしく言ってきたので、久しぶりに心中が冷えた。


 そして俺は家が壊される危険を感じた故外に誘い出し、完全に傑の間合いのまま向かい合った。

「どうしてあいつを庇う?」

眼が完全に殺し屋のそれと化している傑の声色は唸る狼そのものだ。

「あれでも俺の大事な妹であり、大事な16代目だから」

それを聞いた傑は腹を抱えて笑った。

「ふふっ……16代目は俺じゃねぇの? あと、純司が最近やってる研究知ってもそれ、言えんのか?」

「……何だ?」

「純司が人払いをしてまでしていた研究は、姉さんを誰にも気付かれずに殺すこと。黒河の毒弾みたいに気付いたら体内から消える物質を研究していた」

傑はどんどん俺との距離を詰めてくる。

銃使いがこんなことをしてきたことはないので、俺はゆっくり後ずさりをした。

一触即発の事態となったが、俺は傑を傷つけたくはないのでガラスを出さないと決め込んでいた。


 するとどこからともなく現れた黒猫が、俺と傑の間を飛んですり抜けていき、フーと威嚇したのだ。

その姿に俺と傑は目を丸くした。

それに傑の方を見るとすっかり殺気を無くして猫の方に駆け寄り、

「うおっ、あの時の猫!」

と、威嚇を無視して顎の下を撫でている。

俺はその様子を見てホッとしたが、どっと疲れが溜まっているせいか、座り込んでしまった。

そこに猫を抱きかかえて近寄ってくると、

「詠飛兄にガラスを出すつもりが無いことくらい見抜いてたぜ。まぁあのままだったら心臓に一発ぶち込んでたけどな」

と、無邪気な笑顔で言う傑は殺し屋になってからかなり言葉遣いが悪くなった。

だが肝心のこういう心さえ失わなければ俺は良いと思ってしまう。

とは言ってもいつか傑が17代目になる日が来るのだ。

「不安だ……」

俺は猫を抱きながらそんな後醍醐家の将来を案じていた。



後醍醐家本棟 傑の部屋

後醍醐 傑



 俺は部屋に戻ってベッドを迫り上がらせると、そこに思い切りダイブした。

電話の相手は黒河だ。

「これでいいんだろ?」

「ありがとう」

黒河はまだ子どものクセに中々エロい声で話す。全く誰に似たんだか。

「これで詠飛兄は俺か純司をまず疑う。騅にはいかねぇようにしたし、聴取で俺らも無言を通してやってもいい。なぁ黒河、約束は守ってもらうぜ」

「……希望を言われてなかったんだけど、俺に何をさせる気なの?」

「俺らが最近寝不足にさせられている理由は知ってるよな?」

「もちろん」

「お前がヤツを殺れ。失敗すれば俺がお前とヤツを殺る」

「……わかった。その代わり、無言を通して」

「あいよ。あー黒河」

「何? こっちも忙しいんだけど」

「子どものクセにエロい声出してると、片桐組連中に襲われんぞ?」

と、俺がクククと笑いながら言うと、黒河は何も言わずに電話を切りやがった。

 やっぱりそういう反応か。

お前が女だったら襲ってやるぞって言った方が切られずに済んだか?

ま、今となっちゃそいつは叶いそうにもねぇな。

俺はそんなことを考えながら、携帯を枕元にポイッと投げた。


「騅、しくるんじゃねぇぞ。お前には詠飛兄以外の全員がついてる」

俺はそう目を閉じて呟いた時には、もう既に眠りの世界におちていた。



―2 1 8 3 2069!

読了いただきまして、ありがとうございます!

次回投稿日は、何も無ければ5月28日土曜日です。

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