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「決意」

後鳥羽潤と初めて会い、血液型を言われるが聞き入れない騅。

そんな彼にも……もう1つの顔が。

ついにこの時が来てしまったようですね・・・

2011年7月…

鳥羽高校 屋上

後醍醐 騅



 僕の通う鳥羽高校は偏差値75の名門校だ。

それに全員名家の出身で、貧乏人はおろか中産階級の人間も居なかった。

もうここではイジメられることも、金髪をからかわれることも無くなった。

それはもちろん、皆が大人になったというのもあるかもしれない。

それに名家の人たちには独特の気品があり、争おうとも(けな)そうともしない。

 制服は中学のときみたいな安っぽい学ランではなくて、素材も太陽光に当たるとなめらかに上品に光る高級のものを使っている紺のブレザーだ。胸には金刺繍の鷹の紋章がある。

ネクタイは濃い青と白のストライプ、ズボンは薄いグレーだ。

 僕のいる2年B組は選抜クラスで、学年1位から38位が日々頭脳戦を繰り広げている。因みに僕は学年3位なんだ。中学のときは1位だったから、少し残念だけどね。でも、この順位も次の期末次第でどうにでもなる。


 屋上は気持ちがいい。

夏とはいえ今日は風が強くて涼しい。

僕はそうして屋上の柵に腕を乗せて景色を楽しんでいる。

すると屋上の扉が開く音がしたので、ハッと我に帰って振り返るとそこには――


(せいや)……?」

黒髪短髪の彼は小学生のときと何も変わっていなかった。

強いて言えば、ブレザーのボタンを開けネクタイもゆるくしているくらいだ。

「騅。久しぶり。」

かなり低くなった声でも口調で本当に誠であることがわかる。

「うん……。」

「どうしたの?光明寺家の闇云々ってまだ気にしてる?」

「ううん。」

「なんか歯切れ悪いなぁ。でも大丈夫だよ、もう心配要らない。」

そういう誠は本当に嬉しそうで、心から笑っているように見えた。

だけどすぐにハッとした表情になり、

「あ、そうだ。騅に言わないといけないことがあるんだ。」

と、僕の右隣に来て同じように腕を乗せた。

「え?」

僕が誠の方を見ると、何度も深呼吸をしている。

中学のときに大川さんがしていたそれに似ているので、僕は背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「後醍醐家は女でも継げる。要するに、詠飛さんの次は傑さんじゃない。詠美さんなんだ。他の家では絶対にありえない女性当主が今までにも居たんだ。」

淡々と言う誠に僕は段々心に穴が開くのを感じている。

 心臓の音がうるさく身体中に響く。

どんどん脂汗をかいていく。そして全身の痙攣が始まってきている。

「どうして……それでは、僕が後醍醐家を壊してしまう番がくる。」

「そうかもしれない。って、声震えてるよ?」

「…………どうしよう?」

僕が涙声で言うと、誠は俺をキツく抱きしめた。

僕よりも背の低い誠の行動は、端から見ると抱きしめているというよりも、抱きついている風に見えているだろう。


 僕の心は揺れている。

この家を出ても僕は養子である前に拾い子。行く場所など無い。

そんな僕を拾った主はお父さんが探してくれているけど、一向に見つかる気配はない。


 ならどうする?

僕は忙しなく頭を回転させた。どうしよう?

すると誠は僕のことを離して僕の目をじっと見てきた。

その目は覚悟を決めた目である。

「騅。これから俺は酷なことを言うよ。聞いてくれる?」

「う、うん……。」

「騅のお兄さんは殺し屋だよね?」

誠は僕の揺れる瞳をじっと捉えて言う。その声には気迫すら感じられた。

「………本気で言ってるの?」

「うん。殺し屋なんて頼めば殺してくれるじゃないか。考え過ぎないでよ、騅。じゃ、またね!」

誠は先程とは打って変わって軽い口調で、僕の肩をぽんぽんと叩き走り去ってしまった。


 僕に関わる人はみんな、こうやってズルいことをして去って行く。

誠も、潤さんも、明……黒河月道も。


 家に帰ってからも、ぐるぐると頭の中を幾つもの選択肢が回っては少し大きくなり、僕に選択を迫ってきた。


――学歴も二強の息子の肩書も捨てて逃げる。

生活に困って結局どこかで死んでしまう。

そう思うのも、バイトをしたくても僕に元の戸籍も苗字も無いからで、今の戸籍である後醍醐を使っても外に出てしまっては嘘がバレるのも時間の問題。


――お父さんに言って取り付けてもらい、他の家に行く。

でもこれは……二の舞になる可能性が高い。


――じゃあ……殺す。

それは警察に捕まることや後醍醐家の世間体を汚すこと、そして何より兄さんたちからの恩を仇で返すことになる。

でもこれは――僕が殺した場合だけ。

傑兄さんみたいな殺し屋がやれば、僕は捕まることはないのだ。


 そう気が付いた時には、傑兄さんの部屋のドアをノックしていた。

そして部屋に通されたとき、僕は頭を下げられるだけ下げていた。

「どうした?」

傑兄さんは僕の顎を片手でぐいと上げ、涙ぐんだ目を見るなり眉をひそめた。

「傑兄さんに………一生のお願いがありますっ………」

僕のどっと流れる涙から何かを察したのか、

「俺に出来る仕事か?」

と、涙を指ですくって包み込むような優しい声で言った。

僕は鼻を(すす)りながら大きく頷いた。

「詠美……姉さんを……っ……」

「気づいたのか。まぁ……その判断が正しいかどうかは俺にはわからねぇけど、お前が決めたのならそうしろ。あと、その依頼には応えられねぇよ。殺し屋が自分の身内を殺すのはタブーなんだ。」

傑兄さんは僕の髪を乱暴に撫でつけると、突然床に向かって引き金を引いた。

 僕の身体がビクッとなった爆音と共に床から迫り上がってきたのは、立派な白いベッド。そしてそこに寝転がると、

「悪ぃな……騅。ここ最近依頼続きで寝てねぇんだ。……俺はお前の味方だ、安心しろよ……むにゃむにゃ……」

と、ほぼ寝言のように言って布団を被った。


 僕がため息をつきながら傑兄さんの部屋を出た瞬間、偶然通りかかった純司兄さんにぶつかってしまった。

純司兄さんは目を丸くして僕の方を見た。

それはまるで突然小石を当てられた猫のようだった。

「騅……!?」

「ご、ごめんなさい!」

「い、いいけど。傑兄に何かされたの?」

「いえ! 本当に……! すみません……!」

と、僕が走ってその場から逃げると、純司兄さんはすぐに傑兄さんの部屋をノックしていた。



 僕は部屋に戻った。

リヴェテが僕の足元で丸くなっているが、それを振り払った。

そして机の引き出しをガサゴソとあらゆる物を放りながら探した。

たしか、黒河月道の名刺があった筈だ。

――これじゃない! あれじゃない! それでもない!!

僕は今までの日記もペンも、今まで貰った未開封の誕生日プレゼントも放り投げながら、たった1枚の紙切れを探していた。

 どんどん荒れる部屋。せっかくキレイにしたのに、という思考はどこかへ吹っ飛んでいった。 

その時にぎゅっと握ったのは、最近買ったクロワッサンの形をしたもふもふの携帯用の小さなキーホルダーだった。

「……明と密かにおそろいにしたんだっけ。でも、あのときはたしか大きなぬいぐるみをあげた気がする。今でも大事にしてるかな?」

僕はつい口元を緩めながら、独り言を言ってしまっていた。

 それからもまた探していると、僕は1枚の紙の感触を中指に感じた。

「あった!」

それを引っ張りだして見ると、やはりそうだった。

僕は早速その番号にかけてみることにした。

 呼び出し音が長く感じる程、僕の心臓の鼓動は早くなっていたし、全身から汗が噴き出していたが、自然と涙は収まっていた。

「はい。片桐組黒河。」

月道の声はどこか女性らしくて、色気を感じる声だった。

僕とは大違い。って、僕は低い声が誇りだったりするから良いんだけどね。

「月道!」

「……きんきら騅?」

「そう!」

「依頼の電話でいいの? 私的な電話なら嫌なんだけど。」

「依頼……だよ。」

僕の心はまた揺れている。月道は殺し屋。

後醍醐の戸籍から外れているから、彼なら問題はない。

だけど、本当に電話一本で受けてくれるのか。

僕はそれが心底不安だった。

「依頼ね。何?」

「後醍醐家第16代当主になる予定の後醍醐詠美を殺して下さい。」

僕は言い終えてから後悔していた。

もしかしたら信じてもらえないのではないか。

後醍醐以外の全名家が男性のみに継承権を与えている現状で、嘘だと言われて電話を切られるのではないか。

携帯電話を握る手にじっとりと汗が滲んでいた。

「いいよ。だけど、条件がある。」

「……条件?」

「一応元身内だから、組織には極秘でやらないといけない。だけど銃の残弾数は毎回確認されるから、俺はあくまでも見張り役で、きんきら騅が失敗した場合や詠飛が来てしまった場合だけ撃つ。やるのは……きんきら騅だよ。」

僕はその言葉を聞いて、思わず携帯電話を落としてしまった。

そしてそれにすぐに気が付いて拾うと、しっかり握りしめた。

「他を紹介する?」

「・・・」

「ねえ、聞いてる?」

「ご、ごめん。」

「いいよ。会って話そう。俺の名刺からかけたのなら、そこに片桐組の住所がある筈。門番には話を通しておくから。」

「あ、ありがとう……。こんなお願いできるの……明だけだから……」

「他の方が殺してもらえるし便利だけど、俺でいいの?」

「明じゃないと……」

「何で俺限定なの? 殺し屋なら腐るほどいるし、きんきら騅がわざわざ手を汚さなくて済むのに。」

言われてみればそうだった。

明だって危険な思いをするのだ。

それでも赤の他人に虫を潰すみたいに殺される詠美姉さんを見たくなかった。

純司兄さんは虫を殺すみたいにやるだろうし、傑兄さんがもし殺すならきっと銃弾を何発も冷酷な顔で撃つだろう。

詠飛兄さんは………絶対にこんな僕を叱るし、家から追い出すだろう。

僕には明しか……居ないのだ。

「僕が手を汚すのは構わない。せめて一緒に過ごした人に……殺してほしいから。」

「ふぅん。」

「あ、あと明。どうして知ってるの?」

「殺し屋は地獄耳って言わなかった?」

「……たしか、そんなことを言ってたような……。」

「わかったのなら、今すぐ来てもらえる?」

「うん……。」

「あと、明って呼ぶのはやめてって言ったよね?」

月道の電話の向こうから快活な男の声が聞こえてきた。

多分中学の時に会った忍者みたいな人だろう。

「ごめん。えっと――」

「待ってるから。」

その一言で電話は突然切られた。

ツーツーツー……電話の終わりを告げるその音が虚しく僕の中で響いていた。


 僕は今から隣の部屋に居る詠美姉さんを殺す計画を立てることにした。

監視カメラの場所はリヴェテのおかげで掴んでいる。

それにメイドたちを引っ込めさせるのは、お父さんに頼めばいいだろう。

問題はお母さんだ。

でも僕は何故か顔が綻んでいた。

 なんでかって、小学校入学の日に一緒に準備をしていた2人を思い出していたんだ。

あの時お母さんは、違う提案をした詠美姉さんのことを睨んでいた。

それにこの前部屋の前を通りかかったとき、「詠美は純司に魔法でいっそのこと……」とか物騒なことを言ってたから、僕が言えば協力してくれるだろう。


「ふぅ。」

僕は胸を撫で下ろした。

そしてリヴェテの方を見ると、机の横にちょこんと座って彫られた数字を見上げていた。

それにつられて見てみると、数字が見事に変わっていた。


――2 1 8 3


 僕は急に寒気を感じた。

別に今日殺す訳ではない。そう言い聞かせていても、どうしても身体が震え上がってきた。

今まで殺してきた側を散々言ってきた僕がついに手を汚す。

その事実が、その実感が密かに僕の中で湧いてきていたのであった――

緊急投稿にも関わらず読了いただきまして、ありがとうございます!

次回投稿日は、5月21日土曜日です。

お楽しみに♪


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