「僕の回想物語-淡い4年間-(前編)」
隠していた金髪をバラされ、クラスの支持を集めつつも大人の階段を上り始めている騅。
そして月道と片桐組に新しく入った恋との出会い。
やがて騅は小学校を卒業し、中学生へとなっていくのだ……
※偏見、下ネタ注意報発令中(前話で出し忘れましたが…)
2010年3月某日
後醍醐家別棟 騅の部屋
後醍醐 騅
僕は醍醐中学を卒業した。
この3年間はかけがえの無いもの、とか言えたらよかったのだけどそんなことはなかった。
僕はどこへ行ってもイジメられるらしい。
まぁその他にも色々わかったし、成長もしたから聞いてほしい。
2006年4月
白河小学校 6年2組
後醍醐 騅
小6。最高学年。
僕の担任はまた夏霞先生だし、誠とはずっとクラスも離れていたから話してもいない。
でもあとこの1年さえ耐えれば先生とも誠ともさようなら。
僕は腰あたりまで長くなった金髪を靡かせ、何も仕掛けられていない教室のドアを開けて入っていった。
あの時帽子を取られてから、僕はもう隠すのは止めた。
お母さんには何日も怒られたし嫌味も言われたけど、お父さんはすんなり許してくれた。そう言えば、久々に会った両親はひどく老けこんでしまって、お父さんに至っては体調が悪いのか、いつも青白い顔をしていたし、地面につきそうなくらい伸びきった髭も白く縮れていた。お母さんも段々絵本に出てくるような悪い魔女に似てきた。どうしてかな?
そうそう。社長息子、右腕に秘書は、あれから僕のことを表立ってイジメなくなった。
なんかもう飽きたとか言って。
噂だけど、誰のこともイジメなくなってボランティア活動にも参加しているらしい。大した変わり振りだ。
クラスは相変わらずで、窓側の1番後ろの席に座る僕など居ないような扱いを受けている。
楽しそうな女子同士の会話も、教室の端の方でやっている戦隊ヒーローの真似事も全部僕をすり抜けていく。だけど、この教室から見える桜の花びらだけは僕をすり抜けずに相手してくれる。
今日も開け放された窓から、1枚の花びらが僕の机の上に舞い降りた。
――あのね、今日も僕は1人だよ。君もひとりなの?
と、心の中で話しかけると、桜の花びらはまるで否定をするように横に何回か揺れた。ただの風のいたずらなのに、僕は肩を落としてしまった。
そして先生が入ってくると、花びらはビュンと吹いた風に飛ばされて外の世界へと旅立ってしまった。
その姿を見送っていると、先生の目線とクラスメートの視線が僕に集まってきた。それはいつものことだけど、先生のただでさえ鋭い目線が、今日はなんだか痛く感じる。そして僕が先生の方を見ると、
「後醍醐。放課後に体育館裏。」
と、出席簿をこちらに向けて落ち着いた口調と声で言った。
いつも怒鳴る先生が落ち着いている。
僕は心がブルッと震えた気がした。
放課後…
体育館裏
後醍醐 騅
まだ日の高い16時前。
先生は一向に現れる気配がなかった。
僕はすることもなかったから、体育館裏を探検することにした。
すると誰かにぐいっと腕を引っ張られ、背の高い草むらに倒れこんだ。
幸いにもランドセルがあったから背中を思い切り打つことは無かった。
「いたた……」
と、引っ張られた腕を擦っていると、今度は後ろから口を塞がれた。
まだ小さい手なのか、塞がれても恐怖を感じない。
「黙って。夏霞凍雨が教師って本当?」
耳元で囁く声はどこかで聞いたことがある。
とりあえず僕が何度も頷くと塞いでいた手を離してくれたので、そちらの方に振り向いた。やはり明だ。
「あか……月道?」
「そう。よく………忘れた。」
「え?」
「強い……に、こう女が3つの……」
と、地面に漢字を書く月道。まだ幼い字で正直字は綺麗ではなかったが、何となく思い当たる言葉はあった。
「強姦?」
「そう! ……ありがとう。夏霞は強姦の常習犯でこの前亡くなった多村麗華から依頼が来ていた……らしい。」
月道は後ろに結った髪を触りながら言った。
「らしいって。えっと、何しに来たの?」
「見に来た。実物を見ておかないと色々困るから。」
「何でここに来ることを知ったの?」
「殺し屋は地獄耳。」
と、有無を言わせないような顔で言うので僕は呆気にとられてしまった。
「へ?」
「そういうこと。もしかして、あの人?」
と、月道が指差す先には珍しく黒の落ち着いたスーツを着ている先生。
たしかに夏霞先生だ。
僕がまた何度も頷くと、月道は首をかしげた。
「写真と随分違う。」
と、見せてきた写真は僕が入学当時に先生が着ていた特攻服。
流石にこの格好では教えていないと言うと、興味無さそうに「ふ~ん」と言った。
「強姦ってたしか、男が女を無理矢理……その……」
と、僕が顔を赤らめて言うと、月道は何も表情を変えずに、
「知らないけど。」
と、ピシャリと言い放った。
正直ショックだった。
「とにかく、年に200人くらいの女の人が被害にあってるの。だけど、片桐さんが中々手を出せないとか言ってたから、多分相当強いんだよね。」
と、顎をさすりながら言う月道は何だか名探偵に似ていた。
「月道。ごめんだけど、先生に呼び出されてるから。またね。」
と、草むらから出ようとする時に放たれた一言は、
「襲われたらすぐ依頼して。」
という殺し屋らしいものだった。
草むらから出て先生を呼ぶと、かなり苛立った様子で僕のことを見下ろしてきた。
「何をしていた?」
「探検です。」
「……まぁいい。今日呼び出したのは、進路のことだ。お前の成績から察するにどこの中学にも行ける。将来お前の1番上の兄貴が通った大学にも行けるだろうな。まぁ安心しろ。この俺が全私立中学に警告書を送った今、お前が行く先は1つだけ。そう、公立中学だ。公立中学も沢山あるから、1校を除いた全ての中学にも同じ警告書を送っておいてやった。まぁせいぜい頑張れよ、後醍醐騅。」
と、先生は僕の肩を2度叩き、立ち去って行った。
すると草むらから月道がバッと出てきて、僕の目の前に立った。
「きんきら騅。」
そう呼びかけてきた声には先程までの落ち着きが無い。
「ど、どうしたの?」
「多分、また同じ感じの学校に行くことになる。」
「どうして? ……まさか、だから傑兄さんは……」
「そう。傑さんは同じことを告げられたとき、誤爆と称して戦いを挑んだらしい。だけど全く歯が立たなかったとか噂になってたのを聞いた。」
「えっ……じゃあ傑兄さんの左目のことって……」
「それは知らない。話を戻すけど、傑さんはあの中学に行くか、殺し屋の道か。この2択を出されたときにすぐに殺し屋の方を選んだから。」
「じゃあ僕は……」
「こっちの世界向きじゃないから耐えて。」
「・・・」
僕が黙ってうつむくと、違う草むらから忍者のような人が月道の側に走ってきた。月道より大分背の低い黒装束の忍者みたいな人は、月道を肘で小突いた。
「冷たいことを言うなぁ。」
「うるさい。出てこないでって言ったよ。」
「そうだっけ。まぁ騅さん、頑張ってね~。」
と、言い終えた瞬間にその人は煙と共にパッと消えてしまった。
テレビの合成でも無いから、本当に消えたのかな。
「気にしないで。きんきら騅なら平気だから。」
と、視線を斜め右下に向け少し気恥ずかしそうに言う月道に、僕は思わずハッとしてしまった。「初めて見た」と笑って言うか、「そんな表情するんだ~」と、いたずらっぽく言おうか、それとも……と、僕は相当考えこんでついに決めたことを言おうと思ったときには、もう月道は居なくなってしまっていた。
結局言おうとしていたのは、「ありがとう」だったのだけどね。
後醍醐家本棟 傑兄さんの部屋
後醍醐 騅
僕は最近、家に帰るとすぐに傑兄さんの部屋に寄るのが習慣になっていた。
前までは詠飛兄さんだったけどね。
それほど僕はそういう欲が強いらしくて、純司兄さんに聞いてみたら「それは身体的異常かもしれないのに!」と、怒られてしまった。
「今日はどうした? 3冊も貸したのにもう返すのか? まだ2日しか経ってねぇよ。」
と、傑兄さんは布を広げて本の状態を確認しながら呟いた。
「でも、その……えっと……」
「ん? 最後まで出来ねぇのか?」
傑兄さんは耳まで真っ赤になっている僕などお構いなしに結論を言った。
全くもってその通りで、中々上手くできなくてどうしたら良いか困っていたところであった。
「はぁ……」
傑兄さんは長い溜息をついた。そして本をまた包み直し、
「もっと頑張れよ。」
と、消え入りそうな声で言い、僕の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
たしかに数分で諦めていた現状もあるので、ある意味的確なアドバイスであった。
よし、次こそは……‥って、僕は何を考えているんだろう?
2007年3月某日
後醍醐家別棟 騅の部屋
後醍醐 騅
時は流れて卒業式も終えた僕は、夏霞先生のせいで醍醐中学校に行くこととなった。ちなみに白河小学校から進学する人は誰も居ない。
両親はもちろん、兄さんたちにも話せなかったし、あまりお金の力でどうこうというのも嫌だったので受け入れることにした。
それにしても夏霞先生が卒業式後のクラスで放った言葉は、6年2組全員を凍りつかせたものだった。
「誰にも言うなよ。先生にとって女は性欲処理の物だ。それを守る男は邪魔だから殺すし、それが殺し屋としての先生の仕事だった。まぁ人の心も操れたから、かなり有能な殺し屋だった。君たちのことを操って後醍醐のことをイジメさせたようにね。警察に捕まらないの?って顔をしている佐藤さん。もう言ったように、警察の心理すら操っていたから釈放させていたんだ。犯罪者なのに先生やってていいの?という顔の関野くん。もうわかるよな? それにしても偽名というのはかくも生きづらい。顔も大分変えたから……後醍醐傑にすら気付かれなかった。俺の本名は後醍醐、お前ならいつか気付くだろうな! ……また会おう、後醍醐騅!」
今思えばあの時の先生の表情は、誰かに似ているような気がした。
純司兄さんの誕生日パーティーのときに挨拶だけした人。
やたら酔っていた人の側に居た人。
だけど、名前はおろか顔すら思い出せないまま、その日は過ぎていった。
読了いただきまして、ありがとうございます!
次回投稿日は、5月7日の土曜日です。




