「“ガラス師”と“徒弟狙撃手”の号哭」
詠飛と麗華が付き合うことになった夜。
新参者の刺客が2人に襲いかかる……!!
※若干BL注意なのかな?
ですが、その気は本人らには無いです。
※約6,000字です。
前日…
後醍醐家前の道
後醍醐 詠飛
麗華の姿が見えなくなるまで見送ろう。
俺はそう考え、いつまでも華奢な後ろ姿を見ていた。
そのとき、麗華の目の前に若い2人組の男らが立ちふさがったのが見え、俺は麗華の眼前にガラスのシールドを張り、到着するまでの時間を稼いだ。
そして俺が麗華の隣に立つと、若い2人組の男らは暗くてもわかるくらいに口元を歪めていた。
「約束破りの後醍醐詠飛に、その彼女の多村麗華。間違いは無いな?」
耳にかからない程短い黒髪で190cmくらいはありそうな細身の男は、俺と麗華を見比べて容姿とは似つかない程の低い声で言った。
その手には逮捕状のような「殺害許可状」が握られていた。
「その通り。貴様ら見ない顔だな」
「そりゃそうや。だって俺ら、最近デビューしたんやで? あ、せやせや。名乗らなあかんかったなぁ……藍竜組の一番槍の菅野や。そんでこいつが裾野」
「てめぇはぺらぺら勝手に俺の許可も得ずに名乗りやがって」
「なんやて!? そーんなこと言うんやったらお前から殺すで、裾野!」
と、裾野と同じくらいの長さの茶髪を整髪料で多少遊ばせた、俺と変わらぬ背丈の菅野は自身の背丈くらいはある槍の矛先を裾野に向けている。
「……とにかく。俺らは後醍醐詠飛と多村麗華を殺すように依頼されている。ここでは場所が悪い。お前のところの山を借りるぞ」
と言い終えるや否や、裾野と菅野は後醍醐家の山に向かって閃光のように走って行った。
そう言えば、殺し屋養成学校ではそのような訓練があるとか無いとか傑が言っていたが、このことだろうか。
後醍醐家 山
後醍醐 詠飛
後醍醐家の保有する山は東京ドーム20個分の面積がある。
照明がある訳もないので、もう夜も深いと何も見えない。お互いに不利な状況だ。
俺は麗華に体育座りをしてもらい、そこにドーム型のガラスのシールドで包んでやった。
裾野は剣術、菅野は槍術。
冷静なようで神経質な裾野に、短気で猪突猛進型の菅野。
どちらもかなり腕が立つ故俺はかなりの苦戦を強いられていた。
もう空の端が明るい紫になってきている。
一方……
片桐組 鷹階
黒河 月道(後醍醐 明)
片桐組は全寮制。と言ってもそこに居るのは10歳から19歳までの男子のみ。
俺ときちべえは同じくらいに拾われたから特別扱いになる。
男の子のみっていうのは片桐総長が男尊……忘れた。とにかく女が嫌いだから。
鷹階はスナイパー等の長距離武器の寮。ペアの場合は誕生日が早い方か、年上の方が決めていいから鷹階にしたのだけど、相棒は本当は近接武器系の狼階に住むべきなんだけどね。あとは情報系の烏階、重量系の象階がある。ちなみに7階建てで、1階から5階は寮でその上は立ち入り禁止だ。
真隣のベッドでティッシュと向かい合う、同い年の癖に身長が110cm程しかないこの男は俺の相棒で忍者の生まれ変わりと呼ばれている、佐藤永吉だ。
「まだ寝ないの?」
「ちょっ……今は話しかけんな」
その上ずった声の直後、ティッシュを引き寄せて一通りの処理をし終えた永吉は、ベッドに大の字で寝転がった。
俺はそれにつられてベッドに寝転がった。
「そう言えば、俺の元兄貴のことなんだけど」
殺し屋組織はお互いに公認のスパイが居て、誰がどこに行くかは基本的に頭に入っている。特に藍竜組は片桐組のライバル組織なので詳細まで知っている。
「ん? もしかして藍竜組のコンビがなんちゃらってやつ?」
「そう。あれ、本当だと思う?」
「んー、本当だな。それにしてもあいつらの邪魔をしろってさ、片桐さんって何考えてんの? てか、今行かなくていいの?」
「……いいよ、行かなくて」
「ん? 元兄貴だぞ? 助けなくていいのかー?」
「いい」
「ふーん。俺がお前なら行ってる。お前のこと引っ張ってでも」
「……きちべえは本当の兄貴が居るからだよ」
俺は思わずため息をついてしまった。あーあ、幸せが逃げる。
「俺には偽物の兄貴っていうのがわかんない。兄貴は兄貴じゃん」
「……」
「黙るなよー」
「だって俺には関係ないから」
と言った後に俺は後悔した。
きちべえは人の命を奪うことには文句は言わないけど、放っておいて亡くす命に関してはやたら命の大切さを訴えてくるのだ。
今日もそうなるか、と覚悟をして目を瞑るとボフという音が両耳の近くで聞こえてハッと目を開けるとそこにはいつもよりも近くに、きちべいの顔があった。
「なに?」
「すっげームカついた。るろちゃんさぁ、女の子のこと考えてるのかよ?」
「こんな体勢で言わないでよ。……そんなこと考えてなかった」
「……」
きちべえのシーツを握りしめる力が強くなったのを感じた。
多分、沸騰してるかも。
「黒河月道!!」
「なに? 女の子は罪がないからとか言うの?」
「……うん」
きちべえには先に結論を言うと黙る。これ、どこかに書いた方がいいと思う。
「わかったら退いて。見回りに勘違いされるよ」
と言うと、おとなしく隣の自分のベッドに寝転がった。
そして俺の方に向き直り、
「助けに行く! お前の元兄貴も女の子も助ける! 殺し屋は奪うだけじゃなくて、救うことも出来るんだからな!」
と、片桐総長の言葉をそのまま言うきちべえは、なんだか安いヒーローみたいだった。
俺は子ども用の軽いスナイパーライフルを担ぎ、きちべえは忍者の道具をベルトみたいなものに挟んで出発した。
後醍醐家 山
後醍醐 詠飛
空がだんだんと白んできた頃、3人はかなり息が上がっていた。
お互いに小さい傷を与え合うことはあったものの致命傷を負うことはなかった。
「はぁ……はぁ……殺す……!」
裾野は肩を激しく上下させ剣をこちらに向けている。
「ゴ……ゴキブリ……みたいな……はぁ……やつ……やんなぁ……?」
菅野は槍を構えつつもかなり体力を消耗しているらしく、裾野よりも激しく上下させている。
俺は自分のことよりも麗華のことばかりが気にかかって、どれだけ自分が疲れているかすらわからなかった。
すると突然菅野と裾野が同時に電光石火で斬りかかり、すっかり不意をつかれた俺は背面の裾野の攻撃は防いだが、正面の菅野はシールドを辛うじて張れた俺の心臓や腹ではなく、利き腕を肘から脇付近まで斜め直線上に斬りつけた。
だが掠っただけなのでそうでもないだろうと傷口を見ると、ドバドバと脈打つ度に血がどっと溢れてきた。
「……っ!!」
思わず傷口を抑えると、止まることなく溢れてきた。
このままでは失血しかねない。
「傷口浅いと思った? とんでもないで。なんせ俺の槍は、よ~う斬れるんや。ふらっふらになるやろ?」
菅野はこの状況を楽しんでいるのか、俺の回りを闊歩している。
裾野はその様子を見てかなり呆れているが、俺にはどうでもいい。
それにしてもこれはマズイ。視界が時折真っ暗になることがあり、もう貧血症状が出始めている。
「菅野。後醍醐をいじめる前に女を。お前が殺れ」
「何言うてんの? こーんな硬いシールドがあったら無理や」
「はぁ……そいつが能力者だって言わなかったか?」
そう言うと、裾野は力なく座り込む俺の腕をねじり上げた。
そっと背後を確認すると、麗華を守っていたシールドが消滅していた。
また暗くなる……意識が朦朧とし始めてきた。
菅野は槍を真上に振り上げていて、麗華はすっかり怯えきって後ずさりをしている。
「詠飛くん……私……怖いよ……どうして……? どうして詠飛くんがガラスを使えて……どうして殺されないといけないの?」
麗華は溢れそうな涙を必死に堪えていた。声はもう涙声でかなり震えている。
「それはなぁ……後醍醐詠飛が婚約すべき相手ってヤツをずーーーっと無視してたからや! そもそもお前が何か言ったんちゃう!?」
「違います! 詠飛くんも……っ私も……好きで……!!」
「笑わせるんやないで!!」
菅野はそのまま振り下ろそうとしている。
俺が代わりに死んでもいい……頼むから麗華だけは……!
その言葉がどうしても口に出せなかった。
声を発することも出来なかったのだ。
裾野は俺を見下ろし、殺し方を考えているのか舌なめずりをしている。
――そのときであった。
何かがナイフで斬れる音と、銃弾がそれを弾く音。
ほぼ同時なようだったが、俺の耳が正しければ銃弾の方が遅かった。
時折暗くなる視界の中ナイフを探せば、地面に転がっている。
……だが。
ただ目の前に広がっている光景は、首を斬られ倒れる麗華と傍らに立つ10代の目立つ顔をした茶髪の女だった。
少し前…
後醍醐家 山
後醍醐 明(黒河 月道)
闘っているところが見えて隠れられる茂みに着くと、俺はスナイパーを構えた。
その間、きちべえはずっと小声で応援してくれていた。
「お前ならできる」とか「助けてやれ」とか言って。
俺の狙いはいつの間にか姿を現した赤いドレスが目立つ女の子のナイフ。
あれを弾けば、黒髪ロングの女の子は救われる。
俺は全神経を集中させた。
黒髪の女の子が後ずさりした先には赤いドレスの女の子がいて、その首元にナイフを当てるのが見えた。
――今だ!!
俺は心の中で叫びながら引き金を引いた。
ナイフには当って手元から離れたけど、もう遅かった。
スコープ越しに見えた景色は、たくさんの出血と力なく倒れていく黒髪の女の子だった。
自慢じゃないけど、俺は今まで狙撃に関しては外したことが無かった。
いつも1番。いつも優秀。いつも片桐総長に褒められていた。
そんな俺が生まれて初めて……自分の失敗で人の命を奪った。
救えた命だったのに――
ひょっとしたら、将来相棒を目の前で失うかもしれない。
自分の失敗で。俺のせいで。
そう考えこむと自然と視界が霞んできた。
そして次の瞬間――
「うああああああああああああああああああああ!!!!」
これもきっと生まれて初めて。
幸いにも同じタイミングで叫んだ元兄貴のおかげで俺の方に視線が行くことはなかったけど、きちべえに押し倒された。
「るろちゃん?」
小声で話しかけるきちべえも今にも泣き出しそうだ。
「……‥ひっ……うっ……うっ……」
俺は嗚咽を繰り返すばかりで何も話せなかった。
すると、きちべえはぎゅっと俺を抱きしめ、
「涙も嫌なことも半分こ。相棒が居るなら半分こにしないと乗り越えられない。涙を流して枯れたなら、それを次の成功に繋げろ」
きちべえは自分の言葉みたいに言うけど、2つとも片桐総長の言葉だ。
それでも嬉しかったけど。
後醍醐家 山
後醍醐 詠飛
「うああああああああああああああああああああ!!!!」
俺は10歳のときに能力を預けられ、人生初の能力の暴走をさせたのだが恐らくその恐怖以来の号哭であった。
その最中に微かに俺以外の声が聞こえたが気のせいだろう。
俺は力なく倒れている麗華の元に走り寄ってやりたかった。
「麗華……! 麗華ぁぁ……!!」
俺は必死に手を伸ばそうとしたが、ねじり上げられているのでそれは出来ない。
生まれて初めて真剣に好きになった人。そして最後に好きになった人。
お互いに興味が無いものが一緒。深い森の奥にある後醍醐家訪問も楽しみにしてくれた。
2年間も思い続け、やっとお互いに通じた恋心。
接吻もその先もしなくていい。そんな気楽な仲にも関わらず。
結婚も視野に入れていた彼女を俺の目の前で――
もう俺の心中はガラスが砕け散り、全てのパーツがもう二度と戻らない状態になっていた。
頭の中には何も思想や理想、当主のことなど吹っ飛んでしまい、身体は血を欲して脈打ち、腕から大量に流れうちアスファルトにシミを広げる。
もう俺も長くないが、麗華は怯えきった上にナイフで首を……後ろから突然斬られて強制的に終えられる人生を送った。
それが言葉に出来ない程悔しくて、がっちり握られている手を退けようとしたが、裾野はねじり上げた俺の腕を離し腹を蹴り上げて俺を倒すと、
「放っておけば失血死する。弓削子、お前の初仕事は結構なもんだった」
と、女改め弓削子の短い髪を撫でた。
「いいのよ。安い仕事だわ。これで諦めるわよ。普通の人間との結婚も」
弓削子はそう言うと、俺を仰向けにした上に首元を10cmはあるであろう赤いハイヒールでぐりぐりと踏みにじった。
「そこで2人仲良く死んどきや。あ、死んだら結婚もないで?」
と、言い終えるとすぐに高らかに笑い飛ばす菅野。
そして、3人は笑い合いながら立ち去って行った。
もう俺には泣く気力も、動く気力も残ってはいなかった。
ただただ咳をしたり、胃液や血を吐くのがせいぜいだった。
そのとき、人の足音が聞こえ俺は虚ろな目でその人物を見上げた。
身長は低く頭や口元には黒い布をまき、そこから覗く大きな目から注ぐ意思の強そうな鋭い眼光。その人物はまるで忍者のような出で立ちだった。
「大丈夫かー? 女の子は駄目だったけど、こっちは生きてる!」
「ひっ……そう……。くっ……うぅ……」
「まだ泣いてるのかー?」
「うん……うぅ……ひっ……」
聞いたことのある声がしたがそんな筈はない。
あの子はあの日に死んだのだから。
それ以降、俺の記憶は途切れてしまった。
後醍醐家別棟 騅の部屋
後醍醐 騅
僕はまだ空が白んできてきた頃に目が覚めてしまった。
まだ午前5時。
詠飛兄さんが目の前で死んじゃう夢を見たから、僕はびっしょりと汗をかいていた。まさか剣と槍に殺されたりする人じゃないよね。
それも詠美姉さんが言ってたけど、最強お兄ちゃんなのだからね。
僕はシャワーを浴びて汗を流したあと、詠飛兄さんが本当に生きているか気になって、こっそり本棟へと足を運んだ。
いつも通りノックをすると、いつもよりも元気の無い声で応答があった。
後醍醐家本棟 詠飛兄さんの部屋
後醍醐 騅
部屋に入ると血生臭い臭いがした。
それもそのはずで、詠飛兄さんの右腕には血の滲んだ痛々しい包帯が巻かれ、その付近をガラスたちが囲んでいたのだ。
「詠飛兄さん……」
「負けた。新手の殺し屋だった」
ぽつぽつと呟く詠飛兄さんの顔は病的に青白かった。
それに、目のあたりには乾ききった涙痕がしつこいくらいに残っていて、目も赤く腫れ上がっていた。
僕はそれに対して何も返せなかった。
これに関して何も知らない僕が許せなかったけど、殺し屋相手に僕が勝てる筈がないのもわかってる。
それに、僕は人と自分を守るための護身術しか知らない。
僕は気が付くと、また別棟の部屋に戻っていた。
さぁ今日は学校を休もう。
――この日が後醍醐詠飛と後醍醐明の人生を大きく変えた日であることは、最早言うまでもない。
緊急投稿にも関わらず、読了いただきましてありがとうございます!
次回投稿日は4月30日土曜日です。
お楽しみに。