「後醍醐家と騅」
第2話。
赤子を拾った詠飛が家に帰ると……?
後醍醐家
後醍醐 詠飛
森のなかに佇む大きな家と、別棟とされる縦長の塔のような家。
それが後醍醐家なのだ。
それには無数の蔦が家全体にこびりつくように絡みついている為、ひと目見ると廃家とも見てとれる。
そんな後醍醐家にいつもは何の表情も浮かべず無言で帰ってくるはずの俺が、赤ん坊を抱え息を切らして帰ってきたらどうなるだろう?
蔦の絡んだ古い木製の玄関扉を片手で開け放すと、次男の傑がソード・オブ・ショットガンと呼ばれる小型の散弾銃を構えていた。
彼の左目のみを隠すように長く伸ばした黒い前髪の逆から覗く、切れ長で大きく見開かれた右目から殺意が一瞬読み取れた。
だが俺とわかるとすぐにその色を消して銃をそっと下ろし、細い肩を激しく上下させつつふっと息を吐いた。
「兄さん、あの……何の、冗談……ですか?」
後醍醐家の廊下はコの字型で、傑の部屋はコの字の最も奥だ。
その自室から踊り場までの距離50mに、踊り場までの左右に別れた階段10段、踊り場から大ホール兼玄関までの階段30段、降りたところから俺の居るところまで100m。
いくら後醍醐家の体力自慢である傑でも、こんな状況なら息を切らすのも無理は無いだろう。
「すまん……ま、傑……。俺も、その……」
「いいです……お互い、落ち着いて……から……」
「あぁ……」
しばらく二人で息を整えていると、背後から1km離れた別棟に住んでいる父親が慌てた様子で走ってきた。
「どうしたんだ!?」
「病院で拾った赤ん坊です。名は、騅と……書いて……ありました。俺は一度見た赤ん坊は放っておけない性分なんです。……この子を、この子を……後醍醐で養子縁組、しましょう……。」
俺が消え入るような声で言うと、傑は不可解そうな顔をし、父親は迷いがあるのかうつむいて、当主になってから伸ばし続けているという黒く長い顎鬚をいじっていた。すると騅は俺を見るなり、きゃっきゃっと声をあげ始めたのだ。
「お父様……!」
俺の助けを乞うような子犬の表情に、いつも首を縦に振ってしまうのが父親の悪い条件反射だ。
「うむ。仕方あるまい。この子の親が見つかるまで、後醍醐の姓を名乗らせるとしよう。しかし、猶予はこの子が成人するまでだ。責任は詠飛、お前が負え。世話は別棟側がやる。」
「ありがとうございます!」
と、俺が深々と頭を下げると、傑は散弾銃の銃口で自分の顎を掻き、つまらなさそうにしていた。だがそれも無理はない。まだランドセルを背負い始めた年なのだから。すると傑は、父親の死角から俺の方を睨み上げた。
「兄さんはいいよな。責任を負えるプリンスの立場で。」
「傑、やめなさい。詠飛はもう16歳になる。それに長男だ。俺の世継ぎ第一位になるのは当然だ。他の家も同じ仕組みなのだから我慢しなさい。」
「はーい。」
と、傑は散弾銃を肩にとんとん、と当てながら自室へ戻っていった。
「すみません、お父様。では、自室にて書類の処理を致します。」
と、軽く会釈をすると、父親は作り笑顔を浮かべ颯爽と去って行った。
本棟、本家を統括しているのはプリンスである俺なので、難しい書類の処理もやらねばならないのだ。
俺は早速階段の踊り場の真下にある父親の肖像画……いや、隠し扉を押して五畳半ほどの殺風景な部屋に入った。
深い青色の煤けた無地の壁紙に、青い使い古され毛の倒れた無地のカーペットに、白いというよりも、使い古されたせいか、灰色にも見える社長机。その上には、“後醍醐家第15代目当主(仮)後醍醐 詠飛 Godaigo Eihi”と彫られた金の新品のプレートと、机上用の小型の木製収納ケース、そして無数のペンや鉛筆が花を作る黒く大きめの水筒程の筒形のペン立ての隣には、万年筆入れを少し大きくしたような半透明の入れ物に消しゴムと修正ペンが並んでいた。
俺は木製収納ケースの一番下の“養子縁組”と書かれた引き出しから用紙を3枚取り出し、一通り書き終えると、後醍醐の印を数秒ほど押し付けそっと離した。
これで騅は後醍醐、か。それにしても、あの意味のありげな笑顔は一体……?
彼はこの運命をわかっていたのか?それとも――
しばらくして机上の黒い内線電話が鳴るまで、俺はつい物思いにふけってしまっていた。
まさか後醍醐の運命を良くも悪くもこの子が動かしていくことを、その時俺は思いもしなかった。
次回は、騅の乳児期~幼稚園生活から始まります。
引き続き、ご意見・ご感想お待ちしております。