「勤務報告―交差する2人の思い―」
殺し屋を普通の人がやっていることに驚く騅。
映画やアニメでは何となくそんな雰囲気のある俳優やキャラがやっているというのに。
そして就職した詠飛が勤める先で起こった出来事とは……?
※注意は特にありませんが、登場人物たちの偏見があります。
気になる方は、そこの箇所を読み飛ばすことを御薦めします。
2年後…
シックストゥエルブ 後醍醐家店
後醍醐 詠飛
本日はOFCとして初仕事をして丸2年が経った日。それまで400店舗以上の店で経験を積み、やっと掴んだ座であった為、スーツを着る時もいつもより気合が入り、ついつい鏡の前で凛々しい顔をしてしまったものだ。
そんな2年前の俺は、ある人のことばかりを考え見続けていた。
2年前…
シックストゥエルブ 後醍醐家店 事務所
後醍醐 詠飛
「本日からOFCとしてお世話になります、後醍醐詠飛です。至らない点もあるかと存じますが、どうぞ宜しくお願い致します。」
そう挨拶すると、従業員の方々とオーナーさんも笑顔と拍手で俺を迎えてくれた。今売り場に出ているバイトさんたちには後で挨拶をすることになったが。
従業員はバイト・パートさんも含めて15人。ちなみに店長というポジションは無く、オーナーさんが兼任している。
「よろしく。オーナーの加藤です。」
加藤さんは俺よりも遥かに年上の38歳。身体も一回り大きいが、俊敏そうな印象である。
「おぉ! イケメンOFCじゃん! えーっと、社員の栗原でーす! しくよろっ!」
栗原さんは短い茶髪をかなり遊ばせた男性。俺より年上の30歳ということにかなりの衝撃を受けた。
「社員の相田です。以後お見知り置きを。」
相田さんは堅実そうで黒縁メガネが似合う黒髪短髪の35歳男性。
できればこういう人と仕事がしたいものだ。
「はじめまして。社員の多村麗華です。宜しくお願い致します。」
多村さんの方に視線を向けた瞬間、俺の中で何かがプツと切れる感覚がした。
しばらく仕舞い込んでいた感情のような―心をガチガチに縛っていた鎖がこの人の目を見た刹那に音を立てて解けたような、説明の仕様が無いこの感情――
まさか――
――それはない、ありえないだろう。
たしかに俺の好みというものは、背は160cm以上163cm以下、細すぎず適度な筋肉があること、足が長く、長いストレートの黒髪、前髪があること、目は大きすぎない、二重、鼻は高め、薄い唇、顔は俺より小さいこと。
顔や容姿だけでもこれだけあるのに、それを満たしている女性が居るとは……。
学生時代、散々冷やかしていた奴らに見せたいものだ。
俺は他のバイト・パートさんたちの自己紹介もろくに耳に入らない程、どこか他の世界へと頭ごとふっとばされた感覚のまま、ほぼ全員の自己紹介が終わった。
「それでは、店内のチェックをさせていただきますので、宜しくお願い致します。」
俺がカバンを持ち、そう言って事務所を出るときに多村さんの方を振り返ると、彼女は人懐こい笑顔で送り出してくれた。
ここ一週間売り場に出てみると、様々な問題が浮上してきた。
お客様の入退店の挨拶は完璧なのだが、セールやオススメ商品等の声掛けが一切無い。それにバイト・パートさんの仕事のペースが遅い人が多く、仕事が終わっていないのに雑談に花を咲かす従業員もいる。
一方社員側はと言うと、相田さんは丁寧で早いが、従業員への注意のときに口調が強くなりすぎる。
栗原さんは商品を雑に扱いがちだがかなり早い。そして自分のやることが終わると、売り場を徘徊するだけになってしまうのも問題だ。
オーナーはほぼ事務所作業をしていて、終わればさっさと帰ってしまう。
多村さんは愛想がいいせいか、かなり常連が多いようだ。だが、少しだけ立ち話が長い気がする。パートの荒木さんによると、レジは2つあるのだが「多村さんじゃないと嫌だ」と駄々をこねる客もいるため、かなり手を焼いているそうだ。
俺はしっかり店の様子を見ているつもりだが、多村さんが入っている日はどうしてもそちらに目を向けてしまうことが多かった。
たまに目が合うと微笑んでくれる彼女の笑顔に、日を追うごとに益々惹かれていった。
そしてある日、たまたま一緒に仕事をあがったので、シックストゥエルブで買い物をすることになった。
「あの、後醍醐さん。」
いつも仕事後も結ったままにしているのに、今日は髪をおろしていて、俺はつい目のやり場に困ってしまっていた。ただでさえ、大きい胸の方に視線がいってしまうというのに。
「はい。」
「このあと、お暇ですか?」
「ん? はい。」
俺はサラダとスープをカゴに入れながら何気なく返事をしていたが、食事の誘いだったのではないか、と考え込むと、耳が熱くなってしまう。
「あの……よろしければ、この後のお買い物にも付き合っていただけませんか?」
「はい。……ちなみに何の、ですか?」
と、彼女を見下ろして言うと、麗華さんの顔がみるみる内に赤くなっていっている。
一体どこに連れていくつもりなのだろうか?
「あの……その……後醍醐さんは、どんなっ……あ、ごめんなさい! お、お店についたらでも良いですか?」
麗華さんはラーメンの器で顔を隠しながら、そそくさとサラダとおにぎり2つを取るとレジに直行していたが、列が出来ていれば真ん中に並ぶルールを無視していたので、パートさんに注意されてしまっていた。
本当に一体何を買うつもりなのか……俺は首をかしげて考え込んでしまった。
麗華さんのことだ、怪しい店では無いだろう。
買い物後、一通り挨拶をしてその店に向かう時にもずっと赤い顔のまま伏せていて、店の前についてみると、そこはマコールという下着専門店であった。ガラス張りのショーウィンドウには女性用の下着が飾られている。
なるほど、下着か…………ん!?
「多村さん……?」
俺が顔を覗き込むと、麗華さんは顔を手で覆ってしまった。
「あのっ……男性用を……買いたくてっ……!」
麗華さんはそう言って奥の方を指差すので、その先を見てみると確かに男性用のコーナーがあった。
……彼氏がいるのだろうか?
それなら、わざわざ俺を誘わない気はするのだが。
その後に自分でも恐ろしいような考えが浮かんだが、すぐにかき消した。
もう頬を叩かれるのは勘弁して欲しい。
「理由を聞いてもよろしいですか……?」
そう言うと、麗華さんはパッと嬉しそうな顔になり、
「お父さんの誕生日プレゼントです。」
と、ハキハキとした声で言った。……何故それを先に言わぬのか。
「わかりました。一緒に探しましょう。」
俺と麗華さんは店の中に入り、一緒にお父さんの好みも考えながら買った。
店の外に出ると、もう日が沈んでいて少し肌寒かった。
「多村さんはどちらの方向ですか?」
と聞くと、俺の指差した方とは反対方向を指差し、「あちらです」と会釈をしながら言い、そのまま別れた。
本当に仕草の1つ1つが可愛らしい方だ。
俺は一抹の幸福を心に感じつつ、家路を辿った。
そしてまたある日、ついレジに立つ多村さんのことをじっと見ていたことをパートの荒木さんにそのことに気付かれたときのこと。
俺よりもかなり背が低く、年上の荒木さんは、俺のところに来てニッと歯を見せて笑った。
「多村さんのこと、気になるの?」
「え……」
と、返答に困っていると、荒木さんは更に笑い皺を深くして、
「図星でしょ? おばちゃんには、わかるのよ~? 年はあなたより2つ下で彼氏無し。半年前に別れたみたいだけどね。ということは、今が狙いどきよ! 応援してるから!」
と、早口で言い終えると、そそくさと掃除を始めてしまった。
その後も何人かの学生バイトさんらに指摘され、そんなにもわかりやすい態度を取っていたのか、と耳まで赤くなってしまったことがあった。
「さて、どうしたものか。」
俺はそのことを思い出しながら報告書を書いているときに、つい呟いてしまったが、幸いにも事務所には誰も居らず愚痴を聞かれずに済んだ。
俺はとりあえず何通りかのやり方を考え、明日オーナーさんと話し合うことにした。
翌日…
シックストゥエルブ 後醍醐家店
後醍醐 詠飛
午前中に出勤しオーナーさんと話し合いを進めていくと、「申し訳ない」と何度も謝られた。
どうやら相田さんの堅実さと手腕を買いすぎた結果だったようだ。
栗原さんと相田さんには厳重注意、多村さんを売り場に回す等の対策がとられ、バイト・パートさんたちには注意を促した。
その後数ヶ月もすると売上が右肩上がりになり、セールでも地区上位に食い込めるレベルになってきた。その上、従業員同士のコミュニティも広がり、お互いに連絡先を交換した。俺と多村さんも然り。
それでも俺はまだ彼女に告白するに至っていなかった。
というのも、あれ以来せいぜい挨拶と世間話程度が限界で、中々プライベートの話をお互いに出来なかった。
2年後に戻る。
喫茶店「ふるよし」
後醍醐 詠美
今日は小学生の頃から仲の良い、麗華と瞳と喫茶店でお互いの仕事の話をする為に集まった。
どうやら麗華は仕事よりも恋愛の話をしたいみたい。
いつも通りの窓側の植物の見えるテーブル席で、3人はコーヒー1杯でしばらく瞳の話を聞いていたが、麗華の話になると私と瞳はぐいっと身を乗り出した。
「最近好きな人が出来たの。」
と、頬をほんのりピンクに染め、うつむく麗華。
麗華はコンビニの社員で、恋愛の悩みなんて私たち親友に持ち込んできたことなんて無かった子だ。
「どんな人~? おじさん? おじいさん? それとも、クソみたいなおじさん?」
「ちょっと瞳! 何で年上限定なのよ。ごめん麗華、どんな人~?」
「あのね、コンビニのOFCをしている人なの。あ、OFCっていうのは経営を助ける人なんだけど、多分詠美ちゃんのお兄さんかな? 後醍醐詠飛くんって。」
私は思わず口をあんぐりと開けていた。
嘘……お兄ちゃんの好きな人は麗華で、麗華の好きな人がお兄ちゃん?
ということは、両思い!?
そう考えるとどうしても言ってやりたくなるのが私の性なんだけど、それを言っちゃうと多分ガラスの破片でズタズタにされそうだから、やめとこっと。
「う、うん。お兄ちゃんだよ。」
「それってすごくない!? 付き合っちゃえば?」
「えー! 何言ってるの、瞳。私なんてすぐ断られちゃうよ~。」
「大丈夫よ。あの堅物が麗華みたいな美人の頼み、断る訳ないし。」
と、私は頬杖をついてまだ高い青空を見上げた。今日もいい天気。
「よし、じゃあ電話しちゃお!」
と、言い終えるや否や瞳は麗華の携帯を取り上げた。
「え!? 瞳、流石にそれは……ねぇ?」
と、麗華に同意を求めたけど、麗華は顔を真赤にして髪の毛で顔を覆っていたから、多分聞いてないかな。
そうこうしている内に、勝手に電話をかけてしまった。
「あ、もしもし~? 麗華の友だちで~す。麗華がどうしても話したいことがあるみたいで、9月3日に喫茶店「ふるよし」に午後7時集合で! お願いしま~す。」
と、一方的に言って切ってしまった。人の都合を考えないのは、瞳の悪いところだ。積極的なところは良いんだけどね。
その後もお兄ちゃんの話で持ちきりで、麗華はずっと顔が赤いままだった。
数日後の夜…
喫茶店「ふるよし」
後醍醐 詠飛
突然多村さん、というよりもその友だちから食事の誘いを受けた俺は、何とかこの日に有給を取って出かけた。
2人で話がしたいということで、窓側の植物のよく見えるテーブル席を予約しておいた。
紅茶一杯で1時間くらい世間話をしたところで20時30分を過ぎ、多村さんは段々そわそわと落ち着きのない様子になってきていた。
「寒い?」
「あ、いえ……その……えっと、後醍醐さんには彼女はっ……その…」
顔が見えなくなる程うつむき、口をもごもごと動かして言いにくそうにしているが、俺も正直それが聞きたかった。
「俺には居ないよ。」
と、笑顔を取り繕ってはみたものの、彼女は更にうつむくばかりだ。
「そ、そうなんですか……!私は居た――」
「いや、過去の話はいいよ。それよりも、麗華さんに言いたいことがあるんだ。」
俺がまっすぐに麗華さんのことを見ると、彼女はぱっと顔をあげ何度も頷いた。
「実は俺――」
「あ!私……」
と、顔を真赤にして言うと彼女は突然立ち上がり、
「わ、私! ……その……あなたのことがずっと好きでした!!」
彼女の大きな告白に、店中が水を打ったように静まり返った。
貸し切りにするべきだったか、その時に後悔はしたが、そんなことよりも彼女が俺のことを好きだったことの方が余程心を熱くした。
「こちらこそよろしく、麗華。」
俺は立ち上がって彼女の髪をふわっと撫でた。
すると店中から割れんばかりの拍手で祝福された。
こんな感情も何年ぶりだろうか。
気が付くと俺は笑みをこぼしていた。
彼女の方を見やると、彼女は売り場で見せる笑顔ではなく、とびきりの笑顔で微笑んでいた。
帰り道は途中まで一緒だったので、途中まで送ってから帰ることにした。
もちろん、手を繋いで。
「今日はありがと……ね。詠飛くん。」
敬語をやめて欲しいと頼んだが、やはりまだ慣れていないようだ。
「あぁ。ここから山に入ると俺の家だ。いつでも遊びに来るといいよ。最近、山の入口にインターフォンも設置したからな。」
「本当だ! ありがとう。明日もお休みだから、寄ってみるね!」
麗華は俺の手を離し歩いて行こうとするので、その腕を優しく掴んだ。
「引き止めて悪い。その――」
「そういうことは後でいいの。その先も正直興味無くって。そのことを言ったら、2年付き合った彼氏にフラれちゃったの。詠飛くんがそういう人なら、えっと……」
「いや、俺も同意見だ。あれの意味がわからない。麗華、夜も深いから。気を付けて。」
俺はそう告げて彼女を1人で帰した。
そのことが後の俺を苦しめることになろうとは、このとき思いもしなかった。
??? ???
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多村麗華が後醍醐家前で別れたとき、その様子を暗がりのどこかでずっと追っていた人物が居た。
「あれが後醍醐詠飛の彼女ってやつやんなぁ?」
「菅野、声が大きい。」
「すんまへーん。」
「そうなんです。あの子ったら自分の運命から逃げてあんな女と……!」
「わかりました。お任せ下さい。あと、合鍵も忘れずに。」
「はい。お願いします。」
翌日、後醍醐詠飛と多村麗華はシックストゥエルブに出勤しなかった。
多村麗華は同じ社員の相田とシフトを交換していたというのに。
読了いただきまして、ありがとうございます!
次回は緊急投稿が無い場合は、4月30日土曜日。
緊急の場合は、27日水曜日です。
お楽しみに!




