「夏休みの思い出(後編)」
後鳥羽に戦わずして負けた後醍醐家。
それに詠飛のやけ酒に悪酔い。
大人の特権を知ってしまった騅ではあるが……。
※登場人物たちの偏見も入ってます。
ホテル日杭ホームフォレスト エグゼクティブツインルーム
後醍醐 騅
詠飛兄さんの隣で寝てからどのくらい経ったのかな。
それにしても、詠飛兄さんって温かいなぁ。それに心地いいし、枕みたいにもふもふふわふわで――
「騅。お前の好きなオレンジジュースだ。……騅? 枕なんて抱きしめてどうした?」
僕こそやらかしていた。
詠飛兄さんだと思っていたモノが枕だったなんて言えなくて、僕はガバッと起き上がり、なみなみとグラスに注がれたオレンジジュースをグイッと飲み干し、
「お、おはようございます。詠飛、兄さん。」
と、うつむいて口の中でもごもご言う僕を、詠飛兄さんは優しく抱きしめてくれた。詠飛兄さんの髪からふわっと爽やかな海のような香りが僕の鼻をくすぐったが、初めてあった時みたいにくしゃみは出なかったし、思わず鼻を近づけて音を立てて嗅いだ。すると、詠飛兄さんは僕の方を見て、
「ん? どうした?」
と、聞いてきたけど、まさかあの時と違っていい香りですね! とも言えなくて、返事に困っていると、眉をひそめていた顔から電球が頭の上に見えそうなくらいのひらめき顔をし、
「香水のことか?」
と、嬉しそうに顔を綻ばせて言うので、僕は何度も頷いた。
「気付いてくれてよかった。この前、BVLGARIという店で買ってみたんだ。気に入ってくれたか?」
「はい! すっごくいい香りです! あの……昨日のことは気にしないでください。」
「あぁ、ありがとう。さて、帰るぞ。」
詠飛兄さんは僕の分のスーツケースの荷物もまとめてくれたみたいで、閉じる時にテトリスのように揃っている洋服たちも見せてくれた。
「すごい……!」
「よく部活合宿と友人との旅行でもやらせてもらっていたからな。A型は皆出来ると囃し立てられたのもあるが。」
そう言いながら兄さんは、エレベーターのボタンを押してくれた。
「そうなんですか……。」
どうも血液型の話は嫌いだ。というのも、僕が何型なのかも知らないし、明の言ってたことも気になる。僕はA型ではない。
そう言えば、誠にこの前、AB型っぽいよ? と言われたけど、二重人格じゃないし、皆のことを何かと頭の中でグループ分けするのは好きだけど上手くない。それに、変人って……いいとこなしじゃん。
それに比べて、兄さんたちはよく皆のことを見ているし、何でもキッチリしてる。カバンの中は常にテトリスだし無駄がない。あーあ、どこかに欠点は無いのかなぁ……?
傑兄さんの欠点……調子に乗るところ? すぐ人を撃っちゃうとか?
でも、殺し屋養成学校に通ってて人を撃つのが仕事になる傑兄さんに、それが欠点とは言えない。
純司兄さんは、自分の世界に入ると簡単には出てこないところ? キッチリしすぎて、繊細なところもかな……?
詠飛兄さんに至っては……う~ん……嫌いな人と好きな人の態度が全然違うとか?
これって皆そうだよね?
そんなことを考えていると、いつの間にかお会計も終わってて、もう空港行きのバスを降りるところだった。
まさかこのあと、欠点の見えない完璧な詠飛兄さんの苦手なものがわかることになるとは、このとき僕は思いもしなかった。
針田空港 出口前
後醍醐 騅
針田空港に戻り、僕らは出口前で執事の迎えの車を待っていた。
すると後ろから詠飛兄さんよりも遥かに背の高い男の外人さん2人組が話しかけてきた。
「Excuse me, sir?」
どうやら詠飛兄さんに話しかけているようだ。
たしかに、僕らの中だったら1番話せそう。
しかし、詠飛兄さんはその問に振り向き頷きはしたものの、真顔で何も言おうともしなかった。
まさか……
「Excuse me,sir?」
外人さんは困ったような表情で詠飛兄さんを見下ろしている。
どうしよう……詠飛兄さんはその目を真顔でずっと見つめてるだけだ。
そんな様子を見ていると、純司兄さんに肘で小突かれ、ウィンクをされた。
そして口パクで言われた言葉は、「話して」かぁ。
僕は深呼吸を何度もした。
英語を話すのは何年ぶりか、数えてみたくもないけど、外人さんが困ったままなのは嫌だ。
「Sorry,sir. He cannot speak English.」
「Oh! Could you tell me a way to this restaurant?」
と、サングラスをした短い金髪の外人さんは、英語版のマップのとあるレストランを指差して聞いてきた。
でも僕にはどうやって行くかわからなかった。
だって地図がかなり複雑でわかりづらかったし、どうやったら近いかなんてわかりっこなかったからだ。
そこで傑兄さんに助けを求める視線を送ると、とある場所を指差して「ここに案内しろ」と、口パクで言ってきた。
その先を見てみるとそこには、「インフォメーション」と書かれたブースの下の方に、「当スタッフは英語・フランス語・中国語が話せます」と書かれていた。
すごい組み合わせだけど、この人の方が喋れるのは当然のことだよね。
僕は外人さんの方に向き直り、
「Look at this! This is "Infomation" in Japanese. She can help you.」
と、インフォメーションをぐいぐい指差して言うと、外人さんたちはハッとした表情になり、
「Oh! Thank you very much!....」
と、僕に礼を言い、もう1人の外人さんと何かを話し始めてその場から立ち去った。
しばらくして見てみると、インフォメーションのお姉さんと話している姿が見え、ふぅと息をついた。よかった、僕の拙い英語で伝わって。
だけど、詠飛兄さんは何だかいつもより小さく見えた。
その様子は皆感じていたみたいで、なるべく触れないようにしていたような気がする。
帰ってから詠飛兄さんに話しかけてみたら、「今は放っておけ」と言われてしまった。
――欠点見っけ。
でも、これって努力次第でどうにかなるから、欠点じゃないかな……?
数日後…
白河小学校付近
後醍醐 騅
僕はぶらっと外に出ていた。
とは言ってもまだ蒸し暑い夏のお昼。詠飛兄さんにも長く外に居るな、と言われていたから、もうそろそろ引き返そうと身体の方向を変えようとしたそのときだった。
男の叫ぶような声が近くで聞こえた。
僕は護身術もある程度できる。人を助けるための武力を今ここで使わないで、いつ使うの?
そう覚悟を決めると僕は声のする方へと足を向けていた。
しばらく歩くと学校の裏のようなところに着いた。
ものすごく奇妙だったことは、そこにだけ黒い雲が漂っているし、やたら建物が高い。どのくらいかって、雲の中に建物が隠れてしまうくらい。
裏口は高い木に囲まれていて、隠れるにはちょうどいい場所だった。
僕はまず高い木の側に隠れてその様子をうかがうことにした。
「お前か。最近調子に乗ってる、新入生殺しのクソ野郎は!!」
すごく背が高くて学ランを着崩した男の人4人に囲まれている男の人が見えるけど、顔までは見えない。黒髪なのは何とかわかるけど……。
「あ? それなら誤爆だ。わざわざ呼び出さねぇでもらえるか? 暇じゃねぇんだよ。撃つぞ?」
囲まれている男の人は立ち上がり、銃口をリーダーらしき人に向けた。
「あぁん!? てめぇ、それで済まされる世界だと思ってんのか!? 俺ら、最上級殺し屋だぞ!? 怒らせていいと思ってんのか!?」
「あーあ、すぐに立場を引っ張りだすヤツは卒業してもすぐに死ぬぞ? 俺には関係ないけど。」
と、散弾銃を肩にとんとんと当てる仕草……もしかして、傑兄さん!?
「後醍醐傑……てめぇは今日が命日のようだな!!」
と、男の人の内1人が大きな拳銃を出して……!
このままでは傑兄さんが撃たれてしまう!
僕は背中に汗がどっと流れ、心臓が必要以上に鼓動を打ち始めてくるのを感じつつ何回か足首を回した。
まぁ大声を出してタックルでもすれば、傑兄さんは撃たれないはず……!!
よし!そう覚悟を決めた僕の足はすぐにでも動く……! って、あれ?
誰かに掴まれた腕は勢いあまって肩が上がる程になってしまっているし、
馬のように駆ける筈だった足は、ジタバタと動かしているだけになっていた。
そうっと後ろを見ると、そこには額にうっすら汗を浮かべる明が居た。
「明……!」
「しっ! ……傑さんか。俺に任せといて。」
と言い終えるとすぐに、背中に背負っていた僕の身長くらいはありそうな長い銃を手にし、何か望遠鏡みたいなのを覗いて引き金を引いた。
だけど大きな音もしないし、誰かの痛がる声も聞こえない。
疑問に思った僕は明の銃口の先を目で追うことした。
するとそこにはネズミのような小動物に身体を食べられてるのか、と思うくらいに地面に倒れ、ジタバタと暴れまわっている4人の男が……って、いつの間に4人も!?
僕が目を見開いて明の方を見やると、明はため息をついた。
「久しぶり、きんきら騅。結局俺はAB型だった。そんなことより、このことは傑さんには言わないでよ。感謝もされたくない。」
「何でそんなこと……。」
「同じ学校に通ってるけど、上級生にああやって喧嘩ばっか売って下級生の僕らからしたら、おかしな人なんだ。いつ誤爆するか……わかったもんじゃない。」
「明もそこに通ってるの……? だってまだ小1でしょ?」
「そうだよ。それと俺は黒河月道。片桐組ライフル部徒弟科所属。後醍醐明は捨てた名前だから呼ばないで。」
「……そっか。僕が言うのも違うけど、その…………ごめん。」
「いいよ。きんきら騅は何も悪くないし。きんきらみたいな人が依頼するとは思えないけど、もし頼りたかったら連絡して。」
明は僕に小さい紙を渡してきた。
そこには偽物の名前と電話番号が書いてあった。
「えっと……」
と、紙と明を見比べながら言葉に迷っていると、明は僕の腕をぺしぺしと叩き、
「ごめん。もう何人か殺してる人間だから。じゃあね。」
と、言い終えるとすぐにライフルを背中に担ぎ、どこかへと走って行った。
明の髪は前よりも伸びてて、後ろで一本に結んでいた。
あんなにクロワッサンに囲まれて幸せそうだった明が殺し屋。
調子に乗って上級生を怒らせ、学校の問題児となっている傑兄さんも殺し屋。
どうしてみんな普通の人なの……?
僕はその場でついぼーっと立ち尽くしてしまった。
すると、あんなに暴れまわっていた男の人たちが動かなくなっていた。
それを見届けた傑兄さんは、「月道のしわざか。またあいつに……」と、大きな独り言を言っていた。
まだそこに明が居ると思っていたのだろう。だけどもう居なくなっていて、代わりにそこには僕が居た。
「騅。月道は?」
「もう行っちゃった。ねぇ傑兄さん。」
「こいつらは毒で死んでる。あー……全く怖い男だよな。この毒も数分経てば体内に溶け込んで消えちまう。」
「……」
「はぁ……俺は調子に乗りやすい。知ってると思うけどな。だから上級生にも喧嘩を売る。だけどな、俺の左目を殺った奴を殺すまで俺はこの世界で生き続けるつもりだ。」
「じゃあ僕には何が――」
「やめとけ。お前の性格から考えると、人を殺すことが楽しくて仕方なくなるから。」
「……えっと?」
「とーにーかーく駄目だ。帰れ。」
傑兄さんは嫌そうに左手を僕に向けて2回振った。
すると、僕ら2人の間に突風が吹き、雨も降っていないのに大きな音と一緒に雷が落ちた。
思わず目を瞑り、開けたときにはもう傑兄さんは居なくなっていた。
「えっ……?」
僕は黒い裏口の門と白い歩道の境界線から急いで家へと逃げ帰った。
夕立が来るかもしれない、と言い聞かせながら。
後醍醐家本棟 1Fロビー
後醍醐 騅
僕が家へと帰ると両親以外の全員が揃っていた。
みんな何だか嬉しそうに詠飛兄さんを囲んでいる。
「あ、騅! おかえりなさーい。お兄ちゃん、ついに就職するの! 社会勉強のために、コンビニのOFC。まぁ経営を助ける役目をね。」
「あぁ。来月から早速な。」
「さっすが詠飛兄!」
「ありがとう。大学では基本的に経営、経済と商学ばかり勉強していたから自信はある。しっかりやってくる。」
「かっこいい……!」
と、僕が思わず呟くと、詠飛兄さんは口元だけをゆるめ僕に笑いかけた。
「詠飛兄は東大だもんなぁ~。俺も理系でそこに行きたいな~。」
「しっかり励めよ、純司。」
「はーい。詠飛兄も頑張れ~。」
と言い負えると、純司兄さんはあくびをしながら部屋へと戻っていった。
傑兄さんは純司兄さんと戻るときに、僕にウィンクをしてくれた。
あの隙に僕の横を通った……殺し屋だったら、殺されてたんだよね……?
そう思うと怖くなり、ウィンクを返せなかった。
すると、詠飛兄さんと詠美姉さんが立ち話で盛り上がり始めたので、僕は別棟に戻ることにした。
後醍醐家別棟 自室
後醍醐 騅
僕は日記を書きながら今日起こったことを頭の中で整理していた。
でも殺し屋って、何であんなに普通で居られるのかがどうしても理解できなかった。
最近道徳の授業で「いのちの大切さ」についてやったばかりの僕には、誤爆で殺すとか、ライフルで撃ち殺すとか……よくわからない。
あんなに普通の目をしているのに。
前と何も変わらないのに。
もっと怖い人たちがやっていると思っていたのに、何でこんなに近くに2人も居るのかな。
そんなことを考えながら、僕は明から貰った紙を握りしめていた。
緊急にも関わらず、読了いただきましてありがとうございます!
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