「夏休みの思い出(前編)」
ねじまがった英雄、誠の思惑に騅はいつ気がつくのだろうか……?
今はただ、頼りになる誠が居てくれてよかった。そうとしか思っていないだろう。
そんな騅の夏休みはというと……?
夏休み始めの頃…
後醍醐家本棟 1Fロビー
いつの間にか夏休みになっていた。
いじめは収まらないし、誠は相変わらず英雄のように飛んで来る。それも、いつもナイスタイミングで来るんだ。
僕はそんなことを考えながら、ロビーの肖像画を逆年代順―新しいもの順に眺めていた。
すると2Fから慌てて降りてくる傑兄さんが見えて、話しかけようと視線を向けたけど、僕には気づかずに、詠飛兄さんの部屋へと消えていってしまった。
僕はそれを見送ると、視線を肖像画へと戻した。そこには、日本語と英語で紹介文が書かれていた。
[初代当主・後醍醐 渚。後醍醐家を創立した偉大なる人物。その貢献度は、かの故・大河 駿養子当主の悪行を遥かに凌ぐ、賞賛されるべきものである。]
僕はよくわからない説明を読み終わってから、肖像画をまた見てみた。
「すごい……何て言うんだろう……強そう? 違うなぁ……かっこいい? 何か違う……う~ん……よくわからないけど、当主って感じ……でいいかな?」
僕は力強く描かれた肖像画を間近で見て、そんなことを呟いていた。
するといつの間にか執事が隣に来ていて、一緒に肖像画を眺めていたが、すぐに僕の傍を去っていった。
その去り際の一言は、
「渚様はさぞお美しい方だったそうですよ、騅様。」
というもので、男なのに……? という疑問がまず浮かんでしまった。
その時僕はふと、明を見かけたときのことを思い出していた。
1ヶ月前…
白河小学校 正門前
とても蒸し暑い夏のことだった。
その日は特別太陽が高くて、頭の上で目玉焼きが焼けそうなくらい日差しも強かった。
僕はいつも白河小学校と彫られた横長のプレート側の正門前で、詠美姉さんの迎えを待っている。
そのときに起こった出来事だった。
―人違いだと思った。
―何度も見てしまった。
―あんなの、明じゃないと思いたかった。
だって……黒髪を長く伸ばして後ろに結っていたし、こんなに暑かったのに、黒い、何て言うのかな……銃の映画に出てくる人が着ているような服を着ていて、何人かに怒られながら走ってたんだから。
どうしてわかったかって……顔は変わらないからね。
他の兄妹が見ても、一発でわかったと思うよ。
そのあと、迎えに来た詠美姉さんに聞いても、何も答えてくれやしなかった。
そして何度も、
「去る者追わず、来る者は拒まず。」
と、僕にそれ以上何も言わせないように、強めの口調で言うのだった……
現在に戻る…
後醍醐家本棟 1Fロビー
後醍醐 騅
僕は回想の世界からゆっくりと今に戻ると、肖像画はほんの一瞬だけど、笑ったように見えた。だけど、また視線を向けると、怖い顔になっていた。
「あれ? 騅だ~。どうしたの?」
と、急に後ろから話しかけてきたのは、純司兄さんだった。
振り向くと、純司兄さんは笑顔……というよりも、意地悪なことを考えている理科の先生みたいだった。
「肖像画を見ていたんです。色んな人がいるなって……。」
「ふ~ん。騅、妙だと思わない?」
と、口元を歪める純司兄さんは、今まで見てきたおっとりした感じの雰囲気とは違った。
僕はどう答えていいのか、戸惑ってしまった。
何がいいのか、ぐるぐると頭の中を言葉が回ってしまった。
それが見苦しかったのか、純司兄さんは笑いを堪え、僕の肩をポンポンと叩いた。
「何を考えているのかわからないけど、多分違うかな~。俺が言いたいのって、詠飛兄の部屋に行った、傑兄のこ~と。だってさ、あまりに長くない? 聞き耳立てに行こうよ、ねぇ?」
それを聞いた瞬間、僕は顔の筋肉が緩んでいくのを感じていた。
頭の中には、“内緒だよ”という、自分の声なんだけど、そんな音が響き渡っていた。
だからかな、僕はすぐに何度も頷いてしまった。
目を輝かせて。
僕と純司兄さんは、詠飛兄さんの部屋の肖像画兼ドアに右耳を当て、左耳は人差し指で塞いで、より聞こえるようにした。
すると防音していなかったのか、会話がまるまる聞こえてきた。
「結局さぁ……詠飛兄は、それに愛とか感じないってこと?」
「当たり前だ。だいたい、いつまでその話をさせるんだ?」
「あーごめんごめん。授業だとあまりにも淡白だったからさ。詠飛兄に経験があるとは思わなかったけどね。4回だっけ?」
「……あぁ。」
「いいなぁ。早くやってみたい。」
「あのような行為は、単なる作業だ。お前もいずれ分かる日が来る。」
「へぇ~ありがと。悩んでたけど、いろいろわかったよ。じゃ、また相談しに来るよ。」
「あぁ。いつでも来い。」
と、優しい口調で言う詠飛兄さんの声が聞こえた時、純司兄さんは僕らの方に近づいてくることに慌て、落ち着きがなくなってきていった。
そして、僕の肩をさっきよりも強めに何度も叩き、
「ま、まずい……! 騅、俺の部屋に来て!」
と、右腕を引いて走り出し、階段に差し掛かったところで、傑兄さんの大胆な大きいため息が聞こえ、
「おーい! 純司と騅だろ!」
と、響かせるような声で呼びかけてきた。
その瞬間2人で舌を同時に出したことは、言うまでもない。
すると傑兄さんが階段に立ち尽くす僕らを見つけ、ニヤッと口元を緩ませた。
「傑兄はぬかりがないなぁ~。」
「当たり前だ。」
と、傑兄さんは詠飛兄さんの声を真似て言った。すると、純司兄さんもそれにつられて真似をし始めた。
そう言えば、詠飛兄さんは事あるごとに、当たり前だ、と言っていたような…。
「騅にはまだ早ぇ話だったぜ~? あ、お前もか。」
と、僕の方と純司兄さんの方を交互に見ながら言う傑兄さんは、どこか僕らに勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
「う、うるさいなぁ! ……想像できなかったよ。」
「まだまだ子どもだな。ま、殺し屋養成学校だから、濃いビデオを見るわけじゃねぇよ。先生がそういう骨格模型を使って~――」
そう言いながら、ジェスチャーで右手と左手を絡み合わせていく傑兄さん。
その様子を見ていた純司兄さんの顔は、みるみる赤くなっていき……
「あー!想像できないことは止めてよ!」
と、傑兄さんの肩を揺らしにかかる純司兄さんの腕を払いのけ、傑兄さんはまたニヤッと歪め、
「悪い、悪い。あと、牛乳飲めよ。純司、騅に追いつかれてるじゃねぇか。」
と、いじわるな口調で言うと、純司兄さんは僕の方を向いた。
たしかに、視線がぴったりと合う。
「あーあ。139cmって、平均なんだけどな~。」
そんなに頬を膨らませて、嫌そうに言われても困ってしまう。
僕はずっと身長が高い方だったから。
それから太陽が高い内に2人と別れ、別棟に戻ったのだけど、そこでお母さんと鉢合わせてしまった。
まず僕がニット帽をしていないことに怒って、頭の方を睨んできたし、本棟に無断で行ったことにも怒っていた。
そんなお母さんの説教が何時間……もう数えてないけど、また別棟の扉が開いた時に夕焼けになっていたから、3時間くらいかな。
しかもそのときに入ってきた人物は、驚いたことに詠飛兄さんだった。
「母上、困りますよ。あと、騅の部屋に入りますよ。」
と、何の表情も浮かべずに、むしろ、睨んでいるような感じの詠飛兄さんは、初めて見た。何というか……変なオーラを感じた。
詠飛兄さんの後についていき、僕の部屋に入ってから時計を見る限り5分経っているけど、机の方を向いたまま、何も話そうとしてくれない。
そう思ったとき、詠飛兄さんは僕の方を向き、笑いかけてくれた。
「すまないな、騅。お前ら2人が聞いていたことは知っていた。子孫を残す為に、人類が何を為すか、知っているか?」
「‥…いいえ。」
「傑にも話したが、俺はそれに対し、傑のような一般的な人が感じる興奮、欲求、そして憧憬の念も無い、ただの作業としか考えられなくてな。そのせいで、4人の女性に頬を叩かれた。騅、お前にはそうなって欲しくない。詳細は理解し兼ねると思うから話さないが、とにかく女の子を大事にしてくれ。……お願いだ。」
詠飛兄さんは、僕の目の前で膝をつき、両肩に手をやり、その目には涙も浮かんでいた。
だけど僕はどうしたらいいか、わからなかった。
窓から見える夕日が段々落ちていって、空が紫色になり始めていた。
額に汗を浮かべる詠飛兄さんと僕は、どれだけそうしていただろう。
何分経ったのか、何十分だったのか、僕は背後から聞こえる時計の針の音を聞きながら、額から落ちる汗に目もくれず、詠飛兄さんの肩に手を置き、そのままぎゅっと抱きしめた。
すると、詠飛兄さんは強く抱きしめ返してくれた。
服に兄さんの汗がつく感覚がしたけど、何も気にならなかった。
それはきっと、兄さんも一緒だったのかもしれない。
だから僕らは何も話さずに、しばらくまたそうしていた。
これが僕なりの返事で、詠飛兄さんはそれを受け止めてくれた。
それがたまらなく嬉しかった。後醍醐家の中でも1番信頼できる兄さんだから。
数日後…
後醍醐家別棟 騅の自室
後醍醐 騅
そんなことを日記に書きながら、ペンに滲んでくる汗をティッシュで拭きとった。
そして机に置いてある小さいカレンダーに目を遣ると、数日後の8月12日は家族旅行と書かれていた。
行き先は長崎県。日帰りなのは、兄妹だけで旅行をするから、とお母さんに言われた。
僕はホームフォレストに行くのがとても楽しみで、その日もその次の日も、詠飛兄さんのことも思い出していたからだけど、寝つけなかった。
緊急にも関わらず、読了いただきましてありがとうございます!
次回投稿日は、予定日の土曜日です。
お楽しみに♪